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温かい風が髪の毛を包み込み、水分が少しずつ飛んでいく。
女性はブローブラシを使い、根元から毛先まで丁寧に形を整えていく。
髪が乾いていくにつれて、徐々にヴァイオレットの色味が姿を現し始めた。
ブラックアッシュの深い色合いの中に
光の加減で、ほんのりとヴァイオレットのニュアンスが浮かび上がる。
派手さはなく、むしる上品でやわらかい透明感がそこにはあった。
毛先に向かうにつれて、ヴァイオレットの色が少しずつ濃くなり
自然なグラデーションを形成している。
くせ毛風パーマで自然な動きも加わり、全体の印象がぐっと垢抜けていた。
「お疲れ様でした、完成しましたよ。いかがでしょうか?」
女性が鏡を傾けて、俺に最終的な仕上がりを見せてくれた。
俺は思わず息を呑んだ。
そこには、まさに俺が思い描いていた通りの
光の加減で表情を変える美しいブラックアッシュ×ヴァイオレットグラデーションのマッシュウルフの俺がいた。
「わぁ…すごい!想像以上です!光に当たると本当に綺麗に紫が見える!透明感もやわらかさも、全部理想通りです!」
俺は興奮して立ち上がり、くるりと後ろを向いて自分の髪を確認した。
マッシュウルフの軽やかな動きと
ブラックアッシュからのヴァイオレットの繊細な色合い
そしてくせ毛風パーマが絶妙にマッチしている。
この髪ならどんな日常も少しだけ特別に感じられるだろう。
俺は満面の笑みで女性にお礼を言った。
「気に入っていただけてよかったです」
新しい髪型は、俺の心にも新しい風を吹き込んでくれたようだった。
俺は、この新しい自分に、心が躍るのを感じてロッカーに向かうと荷物を取り出した。
会計を済ませて、外に出ると風邪で髪が靡くのを感じた。
俺はなんだか嬉しくなって思わずスキップしそうになる足をぐっと堪えた。
そんなとき、急にお腹が空いてきて
ズボンのポケットから取り出したスマホで時刻を見ると、既に午後1時を回っていた。
(お腹も空いたし…近くでゆっくりしよっかな)
ふとそんな思いが頭をよぎった。
風を一身に受けながらたどり着いたのは
鮮やかな赤と黄色のロゴが目を引く見慣れたマクドナルドだった。
扉を開けると、揚げ物の香ばしい匂いと、子連れの楽しそうな声が飛び込んできた。
いつものカフェとは違う、賑やかな雰囲気に少し気圧されながらも俺は注文するべくレジへ並んだ。
順番が来ると、元気な店員さんの声に、我ながら爽やかに答えた。
てりやきマックバーガーのセットと
サイドはポテト、ドリンクはコカ・コーラ。
髪色を変えたばかりの浮かれた気分と、小腹の減り具合が相まって
ジャンクなものが無性に食べたくなったのだ。
注文を終え、番号札を手に空いている席を探す。
窓際の、人の流れが見える2人席の奥に腰を下ろした。
手荷物のショルダーバッグと、着ていたもふもふのカーディガンを手前の椅子に置き、一息つく。
(やっぱ、いいな……)
窓に映る自分の姿に、思わず目を奪われる。
光の加減で表情を変えるブラックアッシュとヴァイオレットのグラデーションは
マクドナルドの蛍光灯の下でもその存在感を主張していた。
毛先のくせ毛風パーマも相まって、動きのある軽やかな印象だ。
(こんな髪色、今までの人生で初めてかも…)
今までどこか無難な髪色ばかり選んできた自分にとって、この紫髪のマッシュウルフはまさに
「新しい自分」の象徴だった。
鏡を見つめながら、指で軽く毛先を遊ばせる。
サロンの女性が言っていた「透明感」と「柔らかさ」が、確かにそこにあった。
やがて番号が呼ばれ、トレーを手に席に戻る。
熱々のポテト、包み紙に包まれたてりやきマックバーガー
そしてキンキンに冷えたコカ・コーラ。
シンプルだけど、それがいい。
まずはポテトを一本。
カリッとした食感と、ホクホクのじゃがいもの甘みが口の中に広がる。
塩加減も絶妙で、思わずもう一本と手が伸びた。
次に、てりやきマックバーガーを一口。
甘辛いソースとジューシーなパティ、シャキシャキのレタスがたまらない。
食べ慣れた味は、俺の心をじんわりと満たしてくれる。
熱いポテトとハンバーガーを流し込むように、冷たいコカ・コーラをゴクリと飲む。
シュワシュワとした炭酸が喉を刺激し、爽快感が全身を駆け巡った。
周りを見渡すと、友人同士で賑やかに話す学生
タブレットで動画を見ている小さな子供
そして一人静かに食事をするサラリーマン。
客層も様々で、それぞれの日常を垣間見るようだった。
そんな店内の様子をぼーっと眺めながら、俺はまたーロコーラを流し込んだ。
と、そのときだった。賑やかなカフェの喧騒の中
一瞬、時間が止まったかのような感覚に襲われた。
「あれ、楓ちゃん?」
ふいに横から声をかけられ、咀嚼していたてりやきバーガーを飲み込み損ねそうになりながら
振り向くと、そこにはよく見知った顔があった。
柔らかな笑顔を浮かべた、将暉さんだった。
「あれ、将暉さん?久しぶりです」
俺は思わず椅子から立ち上がると
将暉さんの隣に、すらりとした長身の仁さんの姿もあることに気づいた。
「あっ、仁さんも…!」
「やほ…ってか、楓くんイメチェンしたのか」
将暉さんが目を細めてニコニコしながら、俺の新しい髪色を指摘した。
「は、はい!…..さっき、染めたところで」
少し照れくさくなりながら答えると、仁さんは俺の髪をまじまじと見つめ、ふっと小さく笑った。
「似合ってる」
その言葉に、俺は嬉しさがこみ上げてきて、思わず笑みがこぼれた。
「ありがとうございます、仁さんたちも今からお昼ですか?」
俺が尋ねると、仁さんは頷いた。
「ああ、いつものカフェがちょっと混んでて。他の店行くかってなって」
幸い、このカフェはランチタイムにしては比較的空いていた。
しかし、店内をざっと見回すと、ちょうど俺の隣に空いている2人掛けのテーブル席しかなかった。
将暉さんとさんは、その席に自然と腰を下ろした。
俺はまだ一人でてりやきバーガーを頬張っていたけれど
二人が座ったことで、急に目の前が賑やかになった気がした。
そんなとき、将暉さんが俺の方をちらりと見て、不思議そうな目で問いかけてきた。
「楓ちゃんは誰か待ってるの?」
その言葉に、俺が返事をしようとした、まさにそのときだった。
突然、スマホが震え、着信を知らせた。
ディスプレイに表示された名前に、俺の心臓が少し跳ねる。
朔久だった。
「あっ、ちょっとすみません…!」
将暉さんたちに慌てて断りを入れると、俺は通話ボタンをタップした。
「あ、楓?今いい?」
「うん、朔久?どうしたの?」
「今日の夜空いてる?」
朔久の声は、いつもと変わらず落ち着いていて
それでいて少しだけ期待を含んでいるように聞こえた。
《今夜?うん、大丈夫だけど…》
《ほんと?よかった。じゃあ荻窪駅近くに良いレストラン見つけたからさ、そこ行かない?》
《え、今日の夜だよね?行ってみたい!》
俺は、朔久が見つけてくれたレストランならきっと美味しいだろうとすぐに想像できた。
《ふふ、そう言うと思った。じゃ、8時に予約しておくから、また後ほど》
朔久はそう言って通話を終了した。
俺はスマホをテーブルに置き、将暉さんたちの方を振り返った。
「誰からだったの?」
将暉さんがポテトをつまみながら尋ねる。
「えっと、朔久からです!ディナー誘われて…はは、別にLINEで送ってくれればいいのに」
俺は少し気恥ずかしくなって笑った。
「そりゃあ楓ちゃんの声が聞きたかったんでしょ〜、好かれてるねぇ…」
将暉さんは楽しそうにニヤニヤしながら言う。
俺は慌てて首を振った。
「そっそんなことないですって……!でも、昔から結構朔久って気にしやすいので、ここに来られるよりは良かったかもです…」
その言葉に、仁さんの眉がぴくりと動いた。
「気にしやすい?」
「は、はい…この間遊園地デート行ったときとか」
俺は少し前の出来事を思い出し、苦笑いを浮かべた。
「フードコートでロシアンたこ焼きやるかって話になったときに、『この前仁さんとここ来たときにやろうと思ってたのに完全に忘れてた』って、つい口に出しちゃって…」
「あー…そういえばそんな話してたっけ」
仁さんは腕を組み、納得したように頷いた。
「はい…も、もちろん俺もわざと言ってるわけじゃないんです、すぐいつもみたいに笑ってくれたのでよかったんですけど」
俺がしどろもどろに指先を弄らながら言うと
「へえ、あの社長がじんに嫉妬してるってなんかおもしろいね」
将暉さんは声に出して笑いながら、仁さんをからかう。
「おい」
仁さんは少々不機嫌そうに将暉さんを睨んだが、将暉さんは気にも留めない。
本当に長年の仲のノリという感じだ。
「はははっ、でも、だから今、仁さんと鉢合わせたらと思うと……」
俺には、朔久がどんな反応をするか、目に見えるようだった。
「でも別に付き合ってないんならいいんじゃないか。そんな気にしなくても」
仁さんはあっさりと言った。
「まぁ、そうなんですけど…」
完全に納得したわけではなかったが、そう言われるとそれもそうだった。
「ふっ、モテ男も大変ってわけだ」
将暉さんがからかうように言う。
俺は耳に熱が帯びるのを感じた。
「も、モテてないです!」
俺は必死に否定したが、二人はただ楽しそうに笑っていた。