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「——おはよう、圭吾。そろそろ起きたら?」
カーテンが開くような音が聞こえ、眩しい日差しが顔に当たった。でも朝日とは何か違う気がする。眠い目を擦りながらベッド近くに置かれた小さな丸い時計に目をやると、針は十六時台を指していた。
夕方かよ……こんな時間まで寝ていたとか、割と規則的に生活している俺にとって、コレもある意味『初経験』かもしれない。
「お腹空いたよね。ご飯用意したから食べようか」
そう言って琉成が、美味しそうな匂いのする料理を乗せた木製のベッドテーブルを俺の前に持って来た。 のっそりとした動きで上半身を起こすと、真っ直ぐ伸ばしてある俺の脚の上にそれを置き、背中にはご丁寧に枕やクッションを入れてくれる。
野菜たっぷりのサンドイッチ、トマトのスープ、鶏肉の味噌焼きなどといった料理が鼻腔を擽り、連動するみたいに俺の腹がぐぅと鳴った。テーブルの端には一輪挿しの花まで飾ってあって、まるで子供の頃に観た海外ドラマのワンシーンみたいだなと思う。でもそれをそのまま口に出すのは癪だったので、俺は「まるで介護だな」と言った。
「あははは!カ・レ・シからの“愛情表現”を“介護”ときたかー。でもまぁ否定はしないかな。気絶している圭吾の体を丁寧にタオルで拭いて、着替えもさせてから眠りについたからね」
『彼氏』の部分が他よりも声がデカイ。どうやら親友の延長みたいなあやふやな立場に琉成を置いていた事を根に持っているみたいだ。
「……それは、なんと言うか……すまん」
「いいんだよ。さぁ食べて食べて。血糖値も下がっているだろうから、このままじゃ具合が悪くなってくるかもしれないしさ」
「そうだな。じゃあ……いただきます」
モシュモシュとサンドイッチを頬張り、嚥下していく。味は普通だが、空腹が過ぎていた腹にはご馳走に思えてならない。琉成がまともな料理を作れる事すら昨晩まで知らんかった事を体感し、俺って本当にコイツの事を全然見ていなかったんだなぁと改めて思うと胸が痛くなった。
「美味しい?」
「あぁ」
「良かった。食べてくれないかなーと思いながら作ったから」
「……何でだ?」
グラスに入るフルーツジュースをゴクゴク飲みながら、不思議に思う。
「え、だって昨日下剤入りのご馳走出したの俺だし」
「——ブフッ!」
ほとんど飲み込んだ後だったので辛うじて音だけで済んだ。
ちょっと待て。まさか「また入れたのか⁉︎」と慌てて叫ぶ。
「入ってないよ、大丈夫。ってか、もう入れないから安心して。『……痛いだけで何も出てこねぇ……』って、悲痛な声色でトイレの扉越しに言われたら、流石に俺だって猛省するばかりだったし。普段から腹の中が綺麗な人に下剤は駄目だね」
長い溜息を吐いて、琉成がベッドに座り、項垂れている。その流れで、こちらの合意も無しに処女喪失と童貞卒業を同時に経験させられた件に関しても反省し、もう二度と同レベルの行為はやらんで欲しいもんだと強く思った。
「俺も昼間に下剤飲んだけど効き過ぎてかなり痛くってさぁ、下準備が全部終わった後に鏡見たら頰が痩けてたからなぁ。その時点で『このアイディアはヤバイ』って気が付けってねー」
「ホントソレな!」
琉成までちょっと顔色が悪かった理由がわかり、少しだけスッキリした。
「でも、俺だって欲求不満で死にそうだったんだもん」と言って、上半身を倒し、俺の脚の上に寝そべってきた。
「『もん』って……可愛くねぇから」
「仕方ないだろー。じっくり熟成させて、喰べ頃感たっぷりな圭吾を前したら『俺が我慢する必要ある?』って気分になってくるやん?誕生日効果もあって、変なテンションになっても仕方ないやん?もうえっちな事たっくさんして、俺だけのだーって思いたくなるやん!」
「やんやんうっせぇ、このハゲ。もう二度とやるな」
「え?毎晩スルって言ったよ?有言実行が俺のモットーだし、もう確定だよ?」
キョトン顔で、コイツはとんでもない事を言いやがった。
「巫山戯んなよ……」
「でも気持ちよかったでしょ?自分でくぱぁってまでしてくれて、アレはもう絶景で死ぬかと思ったよ。記憶の宮殿の大広間に豪華な額縁入りで飾っておくくらいに感動モノだったんだから……あ、勃ってきちゃった♡」
鶏肉の味噌焼きを頬張りつつ、頰を染めて『勃ってきちゃった』発言はスルーする事に決める。肉汁うめぇ。
それにしても「“記憶の宮殿”ってなんだ?」と訊くと、「そこそこ有名な暗記の手法の一つだよ。詳しくはそうだなぁ……無理かな、理解してもらうのは。しっかし、くいつくのそっちだったかー。でも、そういうトコロも好きっ」と言って、脚から上半身を起こし、チュッと俺の頬に琉成がキスをしてきた。
「……そりゃどうも」と答え、鶏肉に添えてあったニンジンを口に運ぶ。
昨晩の痴態を思い出したくなくって避けた事は、きっとコイツもお見通しだろう。前まではそんなふうには考えもしなかった。『コイツは何も考えていない』と決めつけていた事を今は恥ずかしく思う。
(んな関係になると、口淫されまくっていた時期でも“親友”的な奴と思っていた事ですらも、悪い事だったように思えてくるな……)
もぐもぐと、用意してくれた軽食を食べ続けながら考えるのはそんな事ばかりだ。