案外長引いてしまった。
そう思いながらも頭の中は畑葉さんのことを考えていた。
玄関とかで待ってるのかな。
とか。
もう諦めて変えちゃったのかも。
とか。
案の定、玄関前に畑葉さんの姿は無かった。
申し訳ないな…
と思いながらも『もしかして』と思い、
あの大きな桜の木が生えている丘に小走りで向かう。
大きな桜の木の姿が見えると共に、
1人の人の姿も見えた。
畑葉さんの姿が見えたんだ。
まさかの待ち合い場所ってここだったのか。
と思いつつも、畑葉さんのところに行く。
「あ!古佐くん!!遅い…」
いつものように頬を膨らませ、怒る。
「ごめん…案外長引いちゃって……」
「まぁいいけど…」
そう言いながら畑葉さんは後ろに手を回し、
何かを隠しているようだった。
「それ、何?」
そう僕が聞いたと同時に畑葉さんは僕の頭に何かを被せてきた。
「お揃い!」
そう言いながら自身の頭にもそれを被せた。
” それ “ の正体は花かんむりだった。
綺麗に出来ていて、器用さが伝わってくる。
「…虫居そう」
またもや僕がそんなことを言うと
「いいじゃんいいじゃん!!気にしない!」
とポジティブ発言で返してくる。
「良くないでしょ…」
そんな僕の呟きを他所に、
畑葉さんはクルクルと舞う。
スカートが揺れて、
しかも花かんむりのせいで、
お花の妖精みたいに見えた。
しばらく見とれていると
「いつまで見てんの!」
と怒られる。
「あ、連絡先交換しない?」
『そういえば』と思い、
ずっと聞きたかったことを聞く。
『やっと聞けた』と安堵の溜め息を零すも、
「あ、私スマホ持ってない」
と答える。
「いや、この前イジってたじゃん」
そう反射的に返すと
「バレた」
と言いながら舌を少し出す。
「ごめん、連絡先は交換できないんだ」
「本当にごめんね?」
そう言いながらもニコニコな笑顔を向けてくるせいで、反省の色が全く見えない。
まぁ、多分何かしらの理由があるのだと思うが。
「行き当たりばったりの方が、なんかいいじゃん…」
抽象的にそう呟いている声が聞こえたが、
意味が全くもって伝わってこなかった。
「ていうか、そろそろテストだね」
そう話題を逸らすと
「古佐くんは自信あるの?」
なんて聞いてくる。
普通の会話だが、なんか違和感を感じた。
なぜだかは分からない。
「まぁまぁかな…」
「畑葉さんは?」
「私は全く無い」
「勉強なんて大嫌いだし〜!!」
そんなことを言いながら地面に寝転がる。
地面は草っ原で、
よく寝転がってる人を見かける。
まぁ、こんな夕方に寝転がってる人は見たことないが。
「この視点で見ると古佐くんの髪に夕焼けは反射してキラキラしてる!!」
「綺麗〜!!」
僕の髪を褒められてる訳じゃないのに、
なぜだか僕は恥ずかしくなった。
「古佐くんも突っ立ってないで、
寝っ転がりなよ!!」
「まだ帰るまで時間はあるんだし!」
そうは言っているが今の時間は5時半過ぎ。
だいぶ経っていると思いながらも、
好奇心に負けた僕は草っ原に寝転がる。
わざと畑葉さんから離れたところに寝転がったのにも関わらず、
畑葉さんはゴロゴロと転がりながら僕の隣まで来る。
「なんで星って夕空には映らないのかな〜」
「古佐くんは、なんでか知ってる?」
そう言いながら僕の方を向く畑葉さんの顔が予想以上より近い事が分かる。
も、『質問されているから返さなきゃ』と思い、
声が上ずりながらも
「太陽の光が強すぎるからだって本で読んだ気がする」
と返す。
「えー!!じゃあ、夕焼け時に星は見えないの?!」
あんまり耳元で声出さないで欲しいな。
「ううん、夕焼けと夜空の間の時間に見えるらしいよ」
「あ、知ってる!!マジックアワーって言うんだっけ?」
「いつか一緒に見ようね」
そんな会話を交わしながらも、
なんだか眠気が襲ってくる。
だが、案外風があり眠気も一緒に飛ばされた。
きっと日中だったら太陽の程よい温かさが心地よくて、眠りに落ちてしまうんだろうな。
そう思いながらも、
やっぱり寝てしまいそうで。
「明日さ〜、ここで勉強しない?」
急にそんなことを言われ、驚く。
だってここには机も椅子も無い。
あるのは草っ原と大きな桜の木だけ。
こんなところで勉強なんてできるはずがない。
そうは思っていても、
この景色を見ながらするのは案外、
勉強を苦に思わないのかもしれない。
そう思ってしまう。
「うん」
短くそれだけ答えると
「え、断られるかと思った」
とまさかの答え。
断った方が良かったのか?
いつもの僕なら断ってたってこと?
「じゃあ、今日はもう帰ろっか!」
いつものように急にそう言いながら畑葉さんは僕より先に立ち上がり、僕に手を伸ばす。
「いやいい、自分で立ち上がれるから」
そう僕が断ると
「釣れないな〜…」
と眉間にしわを寄せながら少し不機嫌になる。
「またね」
自分の家が少し見えてきた辺りで、
いつものように僕はそう言う。
そして畑葉さんに背を向けた。
が、
「あ!!古佐くん、忘れ物!!」
と言いながら僕の方に駆け寄ってくる。
忘れ物?
今日、特に手荷物なんて持ってなかったけど…
もしかしてスマホとか?
いや、ポケットに重みがあるし、違うか。
そんなことを思ってると、
畑葉さんは僕に顔を近づけ、
僕の唇には何かの感触を感じさせた。
そう。
今、僕はキスされた。
畑葉さんに。
なんで?
僕を好きだとか?
有り得ない。
「顔赤すぎでしょ!」
「別に好きとかそんなんじゃなくて、ただのイジワルだから!!」
笑いながら、
少し馬鹿にしながら、そんなことを言う。
『好きとかそんなんじゃなくて』
その言葉が頭の中で何度も響く。
勝手に傷つく僕が馬鹿馬鹿しく思え、
心の中で『意味分かんな』と呟いた。
気まずい空気が続き、
僕が何も言わないでいると
「こんな空気になるならしなきゃ良かった…」
「もう、私帰るから!!」
と少し怒りながら地団駄を踏み、
帰って行った。
何だったのだろうか。
勝手にキスしてきて、勝手に帰る。
本当に不思議な人だと思う。
「僕も帰ろ…」
夕空に独り言を放ち、家へと向かう。