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放課後の教室。薄暗い光が床に伸びている。遥は窓際に座ったまま、視線を定められずにいた。
日下部はその少し離れた席で、じっと遥の背中を見つめている。
言葉はない。
でも、その沈黙はどこか重くて、圧迫的で。
遥の心は揺れていた。
「俺が……あいつを壊した」
そう自分に言い聞かせながらも、日下部の存在が胸を締め付ける。
日下部は言葉をかけようとはしない。
ただ、静かに、確かにそこにいるだけだった。
その“無言の踏み込み”が、遥の深い闇にゆっくりと、侵入していく。
一方、裏で蓮司は冷ややかに仕掛けを進めていた。
「共犯者」──その言葉が教室のあちこちに貼られ、囁きとなって広がる。
蓮司は笑っていた。
誰も気づかないように、ゆっくりと二人を孤立させる罠を張り巡らせて。
でも、日下部だけは諦めていなかった。
「壊れていない」──あの目だけは、遥を見捨てずに燃えている。
遥はその目が怖くてたまらなかった。
壊したいわけじゃないのに、壊れてしまいそうで。
そんなふたりの間で、沈黙のまま、静かな戦いが続いている。
教室の空気は、今日もどこか、歪んでいた。
言葉を交わさずとも、机の配置や誰の声が笑いの中心にあるかで、すべてが明らかだった。
その輪の中心に、蓮司はいた。
あくまでさりげなく、教師からの信頼も、生徒からの笑みもひとり占めにして。
その蓮司が、「面白がって」仕組んだ現在の構図。
遥と日下部――
誰もが無言の了解で、「セット」にされていた。
遥はかつてからずっと、見えないナイフのような悪意を浴びせられ続けていた。
誰も手を下していない、という形で。
そして今、その隣に立つ日下部までもが、「加害側」として描かれるようになっている。
昼休み、ざわめく教室の一角。
遥は黙って、パンの袋を破る。机の上には、誰かがわざとこぼした水滴が乾いている。
「……気にすんなよ」
声をかけたのは、日下部。
だが、周囲の視線は冷たい。
「おまえさ、ほんと“あいつ”の味方するんだな」
誰かの小さな声が、日下部の背後から投げられた。
日下部は振り返らない。ただ、遥の方を見ていた。
遥も、見返さなかった。
「……おまえが、どう言われようと。俺は……気にしねえし」
ぶっきらぼうな声。
それだけだった。
だが遥は、少しだけ目を細めた。
なにも言わず、パンの袋をまた開き直した。
何も守れていない。
けれど、それでも、たった一人で見てきた景色とは、少し違っていた。
蓮司は、窓際で笑っていた。
すべての力関係をわかったうえで――自分の手は汚さず、ただ「壊れていく様子」を眺めている。
次に何を奪えば、遥が黙らなくなるのか。
日下部の「愚直さ」は、いつまで支えられるのか。
それが、蓮司にとっての「遊び」だった。