「お姉様が、女神の生まれ変わりだって……あの人達、騒いでいたのを耳にしました」
「私が、女神の生まれ変わり?」
記憶が曖昧なので、本当かどうかは分かりませんが。と、トワイライトは付け足して、申し訳なさそうに眉をハの字に曲げた。
私はトワイライトの言葉が理解できずに頭が痛くなった。
私が女神の生まれ変わりとはどういうことだろうか?
聖女は、女神の化身、女神が人間の姿になったもので、私はてっきり女神は金髪で純白の瞳を持っているものだと思っていた。だが、きっとヘウンデウン教の奴らは、さっきの反応を見る限りだと、私の養子を見て女神だと間違えた。
ということは、女神は銀髪、夕焼けの瞳を持っていると言うことなのだろうか。
考えれば考えるほど訳が分からなくなってきた。
でも、私を見て、誰も私を女神だなんて言わなかった。皆、女神は金髪純白の瞳だと考えているようだし、私はこんな容姿だから聖女じゃないなんて言われ続けているわけだから、本当に意味が分からなかった。でも、トワイライトが聞いたと言うことを信じていないわけでもないし、現に私も先ほど女神だと言われた。
私は、助けを求めるべく、アルバの方を見た。だが、彼女は首を横に振った。
「私は、女神は金髪、純白の瞳と書物に書いてあったのを見たことがあるので、私もどういう理由でヘウンデウン教がエトワール様を女神の生まれ変わりだと言ったのか分かりません」
「だよね……女神も、きっと聖女と同じ容姿なんだろうな」
私はそう呟いて、神殿に置かれている女神の像を思い出した。勿論あの石膏像には色など塗ってなく純白で。何色かなんて想像はつかなかった。でも、きっと、帝国民の目にはあの像が、金髪純白の瞳として映っているのだろうと想像し溜息が出る。
トワイライトは、私の聞き間違いかも知れません。ともう一度繰り返して、しゅんと子犬のように小さくなってしまった。
「ごめん、疑っているわけじゃないし、私もさっき言われたからどうしてかなって思って。トワイライトは女神について何か知ってる?」
そう、彼女に聞くと彼女は首を横に振った。
「いえ、何も。私は女神の声しか聞いたことないので」
と、サラッと女神の声を聞いたと発言した。それにはこの場にいる全員が驚いたが突っ込まないことにして、私はさらに考えた。
だが、答えが出るはずもなく、これ以上考えなくて良さそうと思ったとき、黙っていたアルベドが口を開いた。
「ヘウンデウン教の奴らが言っていたことは本当だ」
「え?」
皆一斉にアルベドに視線を集め、言った本人であるアルベドはとてもつまらなそうな表情を浮べていた。また、そんなことも知らなかったのかとアルベドはため息をついて、私達を挑発しているようにも思えた。態度が気にくわない。
「そもそも、何で女神が金髪純白の瞳って言い伝えられているか知っているか?」
と、アルベドは質問を投げるが、皆応えることが出来ない。
アルベドはそんな私達を鼻で笑うと、仕方がないとでも言うように説明を始めた。
曰く女神は、ダイヤモンドを散りばめたような美しい、透明感のある銀髪を持っているそうだ。その特殊な髪は、空の青や川の緑、燃える炎の赤など自然の色をうつすらしい。そうして、女神が下界へ舞い降りるとき、空が黄金色に染まるそうだ。そのため、透明感を放っている銀髪はその神々しさと、黄金をうつして金髪に見えるそうで、皆その様子を金粉が舞っているようと、女神の髪色を金髪と勘違いしたらしい。それが、伝わっていき、女神は金髪だと、そうして女神の化身の聖女は金髪だと言うことになったらしい。
聖女は、女神の化身であるが、劣化版に過ぎず、女神のような神々しさはない。だが、他の人間とは違う美しい容姿を持ち、輝いて見えるのだそうだ。劣化コピーであるが故に、聖女の髪には透明感と言うより色が濃く濃度の高そうな髪色になるらしい。それは、人間の身体でありながら体中に魔力をためているからであって、女神の自然の魔力を吸い取るような力がないためらしい。聖女の金髪は、魔力がたまって輝いて見えるのだとか。
「じゃあ、瞳は? 白なんて夕焼け色と間違えるわけないじゃん」
と、私がアルベドに聞けば、アルベドは白も夕焼け色も間違いじゃないと口にした。
「そもそも、女神は顔が見えないんだ。人の手が届かない神聖な存在だからな。だが、混沌と対峙しその力を使い果たしたとき顔を覆っていたベールが外れて見えたんだろう。その時には、下界で存在を維持できるほどの魔力が残っていなかったため、透明になっていたわけだ。それを、昔の人々は白と勘違いしたんだろ。勘違いが、今の聖女の容姿を形作った。女神とて、信仰されなければその力を失うからな」
そう、アルベドは言って女神と聖女について語り終えた。
彼が語り終える頃には、私は全て納得し、ヘウンデウン教やトワイライトが聞いたという私が女神の生まれ変わりという信憑性が高まってきた。
だが、そうなるとやはり女神と聖女は別物になるのだろうか。
疑問が全て晴れたわけではなく、もしエトワールが女神の生まれ変わりだったとしたら、そんな人が闇落ちしたのによく倒せたなと思うほかなかった。
そんな風に、私が考えていると黙って聞いていたアルバが口を開く。
「レイ卿、貴方は何故そこまで女神に詳しいのですか? 光魔法のものですら知らない歴史を、闇魔法の家門の貴方が」
「闇魔法の家門だからだ。後、その言い方俺嫌いだからやめろ。今度言ったら二度と剣を握れなくするぞ」
と、洒落にならない脅しをかけて、アルバを黙らせた後、アルベドは私の方をちらりと見た。
確かに、彼がここまで知っているのに可笑しいとか何故? という疑問は滅茶苦茶積もったし、あった。だから、ここで彼に応えて貰えるなら嬉しかったし、私も知りたかった。
間違って伝えられたために、私は今こんな風になっているのだから。
「簡単な話だ。闇魔法の者達は混沌を信仰していることが殆どだ。光魔法の者達に対しての恨みや殺意が計り知れないほどあるからな。だから、女神についても詳しい。詳しくなきゃ、倒せないからな」
「でも、そんな、神に反逆を起こそうとしていたって事?」
「まあ、そうなるな。だが、所詮、神と人だ。どれだけ闇魔法の者がよってたかっても女神が倒せるわけでもない。だが、女神も過去に混沌と戦ったことによって力を失って展開へ戻った。もう二度と下界に降りれないぐらいにはな」
そういって、アルベドは呼吸を整えた。
アルベドの言うことには一理あった。確かに、敵の弱点や、敵について調べなければ倒せないし無謀だ。そう思えば、闇魔法の者達は研究熱心だと思った。それと同時に、そこまで光魔法の者達を女神を恨んでいるんだと怖くなった。
「だから、光魔法の者達よりも闇魔法の奴らは女神について詳しい。だから、エトワール、お前が狙われたんだろうな。聖女召喚にて、召喚された女神と同じ容姿を持つお前は」
アルベドはそう言うと、黄金の瞳を細め私を見つめた。
「光魔法の者達はそれを知らない。だから、お前を差別し、偽物聖女だって言うんだろうな。だが、それは闇魔法の者達にとって好都合だ。誰も擁護しない、守ってくれないお前をさらうのも殺すのも簡単だと。皇帝もそれを知らないから、お前を殺そうとしていた」
「レイ卿、そんな言い方は!」
「事実だろ。この間の調査。ヘウンデウン教は何故だかエトワールを狙っていると皇帝は知った上で、行かせた。大切な聖女だと思っているなら、容姿が違えど危険な調査には巻き込まないだろ。この帝国の皇太子様は強いようだからな。彼奴がいれば大丈夫だろうし」
と、アルベドは言ってニヤリと口角を上げていた。
アルベドは何処まで分かっているのだろうか。と、私は彼に不信の目を向ける。
彼の言う話は全て本当だろう。全てを知って、それを小出しにしてヒントをくれているような気もする。
彼の言うことが本当なら、私はこれからもアルバ以外の人に守って貰える確率は低くて、ヘウンデウン教に狙われないといけないということなのだろうか。そんな、命が幾らあっても足りない。
私は、また身体が震えだした。先ほど、もうこんな風に巻き込まれるのはこりごりだと思ったばかりなのに。
(何で私ばっかり――――)
心に出来た傷は、その傷口に塩を塗り込まれたようにズキンといたんだ。