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息の詰まるような重たい空気が温度を失った冷凍室に流れていた。
私の心臓は煩いぐらいにドクン、ドクンと脈打って、息を吸うのさえままならなかった。このままでは過呼吸になると、私は、トワイライトの肩で息を必死に吸おうと思った。
トワイライトは心配そうに私の背中を撫でてアルベドを見上げていた。
「アルベド……私は、これからも、狙われるって事?」
「そうだろうな。今回は、まだ警備の薄い聖女の確保が狙いだったんだろうが、もしかしたら次はお前がって可能性も」
「そんな……」
その言葉を聞いて、私の体温はグンと一気に下がった気がした。
ここまで色々頑張ってきて、罵倒や差別に耐えてきたのに、今度は女神と容姿が似ていると逆のように命を狙われる羽目になるなんて。しかも、私を誰も守ってくれないだろうし、本当に引きこもっていた方が安全なのではと思うほどだった。いや、アルベドみたいに、もう安心できる場所はないのかも知れない。
誰もが、私を狙っている気がして、人間不信になってしまう。
アルバは、アルベドにどうすればいいのかと問い詰めたが、アルベドは応えなかった。
「先ほどレイ卿が言ったことを、騎士達に、皇帝に伝えてエトワール様の護衛の強化をしてもらうべきです」
「無理だな。人の考え方はすぐには変わらねえ。これまで、信じてきたものを否定されるとなれば尚更な。人の信仰心ってのは怖いからな、盲目的で。俺の言ったことを話したとして、誰が信じてくれるんだ?」
「それは……」
アルバは、私の為に声を上げてくれたが、アルベドの言葉に蹴られて口を閉じてしまった。
アルベドの言うとおりで、女神の容姿は――――と説明したところで、皆信じてはくれないだろう。それに、私を擁護するためにそんなでたらめを言っているなんて風に思われるのも嫌だ。私の立場ではなく、アルバの立場が悪くなるのは尚更。
もう、私に立ちしてできあがっているイメージを変えるは不可能だろう。
だから、私を守ってくれるのはアルバや少数の人間だけ。そんな少数で、何人、何千、何万といるかも知れないヘウンデウン教の信者、刺客から守ってもらうことは不可能に近い。
「まあ、エトワールの護衛や評判を知って、お前の周りに誰もいないことを彼奴らも分かってるだろうから、いつでも殺せるって高をくくってるだろうな。だから、刺客は案外少数でやってくるかも知れない。大勢で動けば、それこそリスクが高くなるからな」
と、アルベドはあまり嬉しくない情報を付け加えた。
アルバもトワイライトも困ってしまって、二人とも俯いてしまった。泣きたいような表情を浮べていたが、泣きたいのはこっちだと口に出してしまいそうだった。
トワイライトが現われて、護衛が変わって、女神について知って、ヘウンデウン教にこれからも狙われ続けるなんて一気に事件が起きすぎているのだ。もう、頭の中がパンクしそうで、本当にどうすれば良いか分からない。
分からないからこそ怖い。
「お姉様……」
「わ、私は、大丈夫だよ。トワイライト! トワイライトだって、狙われてるんだし、今回だって、怖い思いしたじゃない。だから、だから……」
「お姉様、強がらなくていいんです。私の前では」
「強がって何か」
「震えていますよ」
「……っ」
トワイライトは私をギュッと抱きしめると、私の頭を優しく撫でて落ち着かせようとしてくれた。その優しさに甘えてしまいそうになるが、今は私がしっかりしないと行けない時なのだと必死に言い聞かせた。
でも、怖くて仕方がない。また襲われるんじゃないかと思うと体が震えてしまう。
そんな風に私を抱きしめながら、トワイライトは顔を上げアルベドと向き合った。
「アルベド様、どうすればいいんですか。お姉様が狙われるのはもう、分かりました。だったら、私はどうすればいいですか?お姉様のために出来ることはありますか?」
と、今にも泣いてしまいそうな声で、でも、芯の通った透き通った声で。
私がしっかりして、守ってあげないと生けないたちばなのに、また守られていると情けなく思った。
私も強くならないといけないのに、この子は、先ほど命を狙われたばかりだというのに、私を守ろうとしてくれている。
(私の問題なのに、私がどうにかしないといけないのに……)
すると、アルベドが顎に手を当てて考える仕草をした。そして、しばらく考えた後、ゆっくりと話し出した。
「そうだな、出来る事なんて限られてくるだろうな。今まで通りお前ら護衛が守ってやることしか出来ねえだろうな」
と、アルベドはアルバとグランツの方を見た。
アルバはグッと拳に力を入れて、力強く握りしめていた。
アルベドの言う通り、他の人達が私のこと何とも思っていない以上は、彼女たちに守ってもらうほかないと。まあ彼女たちと言っても、グランツは私の護衛じゃないけれど。
「まあ、今日みたいに一人でプラプラ歩いていないことだな。後、知らない男についていかないことか」
「え、エトワール様、知らない男についていこうとしたんですか!?」
がばっと、それまで深刻そうな顔をしていたアルバは慌てた様子で私の方を見てきた。アルベドの方を見れば、俺は何も知らないと言った感じに遠くの方を見ていたし、私はアルバに質問攻めにされてしまった。
アルベドが言ったのは、私が会ったって言うヴィという男の人のことだろう。確かに今日あったばかりだし、知らない人だったけど優しくしてくれたし、悪い人ではなかった。でも、もし、あの人が刺客だったりしたら、簡単に殺されてしまうかもしれないから危ない行動だったのは確かだ。
それに、まあ、黙っていた私も悪かったと思う。人を簡単に信じてしまうのは危ないのかも知れない。結果敵にアルバに心配をかけてしまったし、迷惑もかけてしまった。
「もう、絶対ダメですからね、知らない人についていっては! エトワール様、聞いてますか!?」
「聞いてるって、ごめんって」
私は、アルバの剣幕に押されて、謝るしかなかった。アルバは、はぁーと大きなため息をついて、私を離すと、私をじっと見つめてきた。
怒られると思ってビクビクしていると、アルバは私の頭をポンと叩いた。
「あの時、目を離した私も悪かったです。それに、エトワール様があれだけ言われているのに私は貴方を守ることが出来ませんでした。ですから、これを機にエトワール様への忠誠を改めて誓いたいと思います。これからは、絶対に、命をかけてでも貴女をお守りします」
と、私に向かって頭を下げた。
私は、アルバの言葉を聞いて、胸が熱くなった。嬉しかったのだ。アルバはきっと、私の為に怒ってくれたし、私を危険から遠ざけようとしてくれた。きっと、昼間のあの事件のことを引きずっているのだろうと私は申し訳なくなってきた。
でも、命をかけて守るとは言わないで欲しい。アルバも生きて、私も生きる。それが私の望みなのだから。だから、そんなことを言って欲しくなかった。
そう思う反面、やっぱり私の事を思って言ってくれているのだと思った。私を想っての行動だと分かっている。それでも、私は、自分の為に、自分のせいで誰かが傷つくのは嫌なんだ。
私は、前に自分で口にしたとおり「守って貰えるに値する人間」であり続けようと思った。怖がっていても仕方がない。刺客が来るときは来るし、命の危険にさらされることだってこれからも沢山あるだろう。でも、私を一人でも守ってくれると誓ってくれる人がいるなら私はそれでいい。
「それで、もう話はいいか?」
「あ、アルベド、ごめん……」
「いや、別にだらだら話してもらっててもよかったが、帰れなくなったら困るだろ? 聖女二人が行方不明になったなんて騒がれれば、今のこともバレるだろうしな」
アルベドは私達を急かすように言った。確かに、転移魔法をかけてくれるのはアルベドだし、アルベドもやることがあっただろうに、付合ってくれたからここで長居するわけには行かない。
私はアルベドにお礼を言うと、彼はさっさとしろとでも言うかのようにこっちだと冷凍室を出て行く。
私は、アルバ、グランツ、トワイライトに目配せすると、三人ともコクりと首を縦にふって了承してくれた。
それから、来たときのようにアルベドが転移魔法を発動させ、足下には赤い魔方陣が画かれ、その光に包まれ私達は聖女殿近くまで戻ってくることが出来た。目と鼻の先に聖女殿が見えて、戻ってきたんだと思うと同時に、私は疲れのあまり溜息が出た。
(何か、長い一日だった)