その時、花純と美香子はパスタの載ったトレーを手にして席に戻って来た。
二人の席は壮馬達の斜め後ろの席だった。
花純はウニのパスタ、美香子はワタリガニのパスタを注文した。
「カフェなのに本格パスタがあってびっくり」
花純がそう呟くと、
「この二種類が特に人気らしいよ。花純の好きなウニのパスタがあってよかったね」
美香子はそう言うと、粉チーズを花純に渡した。
それから二人は手を合わせてから熱々のパスタを食べ始める。
パスタはとても美味しかった。
そこで花純は気になっていた事を早速聞く。
「で、私がここに出向になった理由って何だったの?」
パスタをもぐもぐしていた美香子は慌ててそれを飲み込むと、
水を一口飲んでから言った。
「聞いたらきっとショックよ。だって花純にはなんの落ち度もなかったんだから」
「えっ? どういう事?」
花純は真っ直ぐに美香子を見つめる。
その顔は真剣そのものだ。
その気迫に押された美香子は、手にしていたフォークを置いてから話し始めた。
「うちの会社の社長令嬢の宮森泉って知ってるよね?」
「え? ああ、秘書課にいるっていう? 顔は知らないけど、彼女がどうかしたの?」
「あの女が原因らしいわ」
「原因? どういう事?」
「ほら、花純、坂上先輩と仲良かったでしょう?」
「? 仲が良いっていうのは違うかも。仕事の先輩だから」
「そりゃあそうだよね。同じ部署にいた私から見ても、二人は仕事上だけでの付き合いだったしね。でもさ、他の部署の人から
見たら親しそうに見えたのかもしれないよ」
「そうなの? でもそれがなんで私の出向と関係あるの?」
「だから、やきもちよ」
「やきもち?」
「そう。宮森泉が坂上先輩の事を好きだったのよ。で、パパに言ったんでしょう? 彼といつも一緒に行動している女をなんと
かしてーって!」
「…………」
花純は絶句する。あまりにも驚き過ぎて言葉が出ない。
自分はそんなくだらない理由で左遷されたのか…そう思うと、悔しい以前に激しい脱力感に襲われる。
「不運としか言いようがないわよ。もし花純が坂上先輩と関わっていなかったら、今頃まだ一緒に本社で働いていたのにって…
私だって凄く悔しいよ。それにうちの会社がそんなくだらない理由で若い社員を左遷するなんて衝撃だったわよ! それを知っ
た課の仲間達もびっくりしてたし…」
「…………」
「あ、でもね、穂積課長はなんとしてでも花純を本社に戻す努力をするって言ってるから…そうそう今日花純の所へ行くと話し
たら、課長がそう伝えておけだって。だから花純、諦めないで元気を出してね」
美香子はそう言い終えると、パスタを食べ始めた。
花純と美香子が話をしている斜め後ろの席で、男が向かいに座る男に目くばせをしていた。
そして二人の男は無言でコーヒーをすする。
二人の男は壮馬と優斗だった。
そこで優斗が言った。
「すげぇ会社だな…今の時代にそんな理由で左遷か…?」
「ああ……」
「あの子、本社ではどんな部署にいたんだろう?」
「庭園デザイン設計部だ」
「えっ? なんでお前知ってるんだ?」
「ちょっと小耳に挟んだ……」
その時優斗は壮馬が優香から情報を仕入れたのだろうと思ったようだ。
「ところでさ…うちの空中庭園、手直ししようと思う…」
「えっ? なんでまた急に?」
「あそこに植えられている植物は、あの環境に適さないものが多いらしい」
「そうなのか?」
「ああ……だから明日担当者を呼んで指示を出そうと思う」
「でも、工事となるとしばらく庭園は使えなくなるんじゃないか? あそこはテレビでしょっちゅう放映されているし、それを
見た視聴者が頻繁に見物に訪れているんだ。閉めてしまうとうちのテナントの売り上げに影響するんじゃないか?」
「新しく生まれ変われば訪れる客も増えるさ。だから問題はない。あとさ、お前に一つ頼みたい事があるんだけど…」
「なんだ?」
「一階に入っている青山花壇の財務状況や会社の内部事情を至急調べてくれないか?」
それを聞いた優斗はハッとした顔をする。
「まさかお前……」
「そう、そのまさかだ」
「お前、いくら伯母さんが花好きだからってそこまでしなくても……」
「まだ決定した訳じゃない。色々調べてから判断するつもりだ」
「ったく……突拍子もない事を考えるのは相変わらずだな。でもお前にはなぜか天才的な商才があるからやめろとは言えない
のが困りものだが…」
優斗はそう言って、漸くサンドイッチを食べ始める。
壮馬は既にサンドイッチを食べ終えようとしていた。
その時、二人の斜め後ろの席から大きな声が響いた。
「なにぃー? で、その食虫植物を買ったのぉー?」
「うん、すっごく可愛いの。見る?」
花純はそう言ってバッグの隣に置いていたビニール袋を持ち上げてガサゴソと開けようとする。
「いい、いい、見なくていいーっ! 食虫植物って虫を食べるんでしょう? 気持ち悪いよぉー。でもその餌ってどうするの
よ?」
「餌はね、熱帯魚用の乾燥した虫を与えたり、あとはかつおぶしやチーズなんかでも大丈夫なんだよ」
「かっ、乾燥した虫ーーーー? ギャーキモチワルイ。花純よくそんなの平気で触れるよね?」
「乾燥してるから大丈夫よ」
花純はギョッとしている美香子を見てクスクスと笑う。
そんな二人の会話を聞いていた優斗が小声で言った。
「あの子、変わってるよなぁ……」
「ああ…相当変わってるな……面白い子だ…」
壮馬はそう言うと微笑みながらコーヒーを飲み干した。
そして優斗に言った。
「行くぞ」
壮馬は立ち上がるとトレーとカップを片付けてからさっさとエレベーターへ向かう。
そんな壮馬を慌てて優斗が追いかけた。
近くに二人がいた事には全く気付いていない花純は、
美香子とのお喋りに夢中になっていた。
壮馬はエレベーターへ向かいながらチラリと後ろを振り返る。
そこには一見すると楽しそうに振る舞っている花純がいたが、
実はその裏には悲壮感と絶望感に打ちひしがれた花純の本来の姿が見え隠れしていた。
壮馬はそんな花純の様子に密かに気づいていた。
コメント
5件
個人的感情で左遷された花純ちゃんのショックは大きいよね…🥲ホント酷い会社💢原因が昼間、店舗に来た坂上さんの態度にあった? 早速、壮馬さんが動き出した‼️
左遷の理由を知り、大きなショックを受ける花純ちゃん。 そして、左遷の理由を 後ろに偶然居合わせて 聞いてしまう 壮馬さんと優斗さん.... 空中庭園の改装を提案する壮馬さんの 今後の動きも気になります。
社長令嬢の宮森泉みやもりいずみ→社長令嬢の宮守泉 では!?