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「おはようございます」
朝食を食べ終えた後、ド根性野菜の様子が気になって庭に出てみると、庭師のクロードが腕を組みながら険しい顔をして畑の前で立ち尽くしていた。
「おう。あんたが噂の客人かい?」
「はい。よろしくお願いします」
見慣れない顔の上に、猫を引き連れて歩いてるからすぐ分かったよ、と豪快に笑う。葉月の足元には纏わり付くように愛猫が寄り添っていた。
初めて見た時は腰が抜けるかという程に驚いたが、館に来る度に姿を見ていたら完全に見慣れてしまっていた。彼が調理場に顔を出すのと、くーが朝食を催促に来る時間がほぼ同じらしく、何度も見かける内に珍しさが薄れたようだ。
ベルに口止めされているので、幻獣の存在はまだ家族にも誰にも言ってはいない。万が一に口が滑ってしまったとしても、信じてもらえずにボケ老人扱いされるのがオチだろう。猫の為にも自分の名誉の為にも、黙っているのが一番良い。
「それはそうと、これは芋と豆か?」
麻袋の中で芽を出して育ち切ってしまっていた野菜を勝手に植えていたが、老人が難しい顔をしているところを見ると、マズかったのだろうか。熟練の庭師の仕事の邪魔になっているのなら、畑は撤去しないと、と葉月は少し焦った。素人目に見ても、庭の景観を害しているのは丸分かりだ。
「あ、えっと……調理場にあった芽が出てたのを植えてみたんですが……」
「ああ、食材だったのか。よく育ってるなぁ」
怒るどころか、ド根性野菜の育ちっぷりに関心していたらしい。
「豆は支柱を立ててやらないとダメだな。まだまだ蔓を伸ばすぞ、これ」
後の世話なら任せとけ、と荷馬車から使えそうな木やら紐やらをごそごそと探り出してくる。
クロードが支柱の準備をしている合間に水やりをしてしまおうと、葉月は両手を畑に向けてかざした。以前は霧にもならないくらいの水量で、土の表面すら濡らすこともできなかったが、今は小雨程度は出せるようになっていた。まだあまり勢いは無いが、植物の水やりには丁度良い。
濡れるのが嫌らしく、くーはすぐに離れた場所に移動していった。
「ほお。便利な魔法の使い方だな」
面白い物を見せて貰ったと、満足そうに笑われる。どうやら、街の魔法使いはこういう使い方はしないらしい。
「街にいる魔法使いはあんまり見せてくれねぇんだわ」
「ベルさんは、よく見せてくれますよ?」
お茶を淹れたり、髪を乾かしてくれたり、調薬したりと、葉月が知っているのは全般的に細かい作業が多いが、ベルの魔法はよく見かける。結界を張ったりといった大掛かりな物はまだ見たことはないけれど。
「お嬢様とは持ってる量が違うらしいんだわ。街にいる奴らはすぐ魔力疲労するし、必要な時しか使えないんだと」
「へー。そういうものなんですね」
「聞いたところ、あんたも多いらしいじゃないか。あ、そうだ、後でお嬢様に頼もうかと思ってたんだけど、あんたでもいいや、やってくんねぇか?」
荷馬車に戻ってごそごそと荷台から出してきた物を葉月に手渡す。受け取った小袋の中を覗くと、見覚えのある石が3つ。赤色、青色、白色の石なので、火、水、氷の魔石だ。
クロードの家で使っている物が空になってしまったので、ついでにベルに頼もうと思って持って来たらしい。
「魔力補充ですか?」
「おう、頼む。街の奴に頼んでも、遅いくせにバカ高い代金を取られるんだわ」
森に来れなかった時は仕方なく街の魔法使いに依頼していたらしいが、仕事の遅さとぼったくり価格に不満だらけだったようだ。
「じゃあ、畑のお世話のお礼ってことで」
「おう、こっちは任せとけって」
すんなりと交渉成立。
クロードが鼻歌まじりに豆の周りに杭を打ったり、蔦用のネットを設置したりしているのを横目に、葉月はそれぞれの魔石に魔力を込めていく。
魔力の量が随分と増えたとはいえ、さすがに3つ続けてだと疲労感が半端なかった。
「ふぅ……終わったのは荷台に置いておきますね」
「おう、助かったわ。休んどいてくれや」
補充が終わった石を小袋に入れ直してから荷台に置くと、ふらふらと館の中に戻り作業部屋へと向かう。くーもいつの間にか一緒に付いて入って来ていたが、定位置のソファーに上がるとすぐに毛繕いを始めていた。
ベルさんに、いつもの薬草茶を淹れてもらおうっと。
自分で淹れる力はもう残っている気がしない。身体がずっしりと重くて、手足に力が入れ辛い。
成長過程の魔力は使えば使うほど安定してくるとベルから聞いているので、これも良い訓練にはなったはずだ。
「あ、葉月様、丁度良かったですわ!」
作業部屋の扉を叩こうと手を上げた時、マーサに後ろから声を掛けられる。
嫌な予感がして恐る恐るに振り返ると、ニコニコと笑顔で近づいてくる彼女の手に赤色の魔石が握られているのが見えてしまった。重なる時は重なる物である。
「……少々、お待ちいただけますか?」
「ええ。昼食の支度までにいただければ、問題ありませんわ」
意外と時間が無いようだった……。急いでお茶を飲ませてもらわないとっ。
残る力を振り絞って、重たい木の扉を叩いた。