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#追放
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──その時だった。
ぴたっ、と。
何かに引っかかったみたいに、体が止まった。
「……え?」
落ちてたはずなのに、止まった。
「どうしたの?エストちゃ──……あれ?止まった?」
辰美が私を見てから周囲をキョロキョロし始める。
風も、さっきまで耳を裂きそうだったのに、
今は、嘘みたいに静かで──
気づけば私たちは、”立っていた”。
……いや、立ってるはずなのに、なんかおかしい。
地面の感触はない。
踏んでるはずなのに、踏んでないみたいな、変な浮き方をしている。
胃袋だけがふわふわと宙に取り残されているような、気持ち悪い感覚だ。
「……着いた?」
私はみんなを振り返る。
「着いてない」
ツバキお姉ちゃんが即答した。
いつもの軽口じゃなくて、ひきつった硬い声だ。
「だって見てよ、これ」
震える指で差された先を見て──私は、言葉を失った。
“下”がある。
でも同時に、”上”にも同じ景色がある。
手を伸ばしたら触れそうな距離に、同じ奈落が、鏡合わせのようにべったりと貼り付いて存在している。
「……え?」
上下が同じ。左右も同じ。
どこを見ても奈落なのに、
私だけが、どこにも行けていない。
「重力、バグってない? 物理法則どこ行ったの?」
ツバキお姉ちゃんの声が小さい。
「……読めません。ここ、普通じゃない」
辰美が冷や汗を滲ませながら、折れた翼をかばいつつ周囲を見回した。
「竜族の方向感覚でも、ここは……読めない」
「なにそれ怖い……帰りたい……」
ツバキお姉ちゃんの声が一段と小さくなった。
その時。
カエデお姉ちゃんが、結界の外にそっと手を伸ばした。
すり抜ける。
「……あれ?」
次の瞬間──
伸ばしたはずの右手が、自分の背中側から生えてきた。
「「「えええええええ!?」」」
私たちの声が重なる。
一番大きかったのはツバキお姉ちゃんだった。
「今、後ろから出てきたよね!? 上じゃないよね!? なにこれどういうこと!?」
カエデお姉ちゃんは、出てきた自分の手をまじまじと見つめた。
「……ねぇ、ツバキ」
「なに!?」
「ここって、どこに進んでも、ぐるっと繋がってるんじゃないかな」
ぽつり、と。
パニックでも怖がってるわけでもなく、ただ静かに言った。
「……は?」
「だからさ、”落ちる場所”じゃなくて、”ループしてる場所”なのかも」
カエデお姉ちゃんがウィルソンを空にかざして、ゆっくりと一周させた。
ツバキお姉ちゃんの目が、わずかに細くなる。
恐怖で歪んでいるはずなのに、
その奥で、冷静に何かを計算している。
「……ループ……じゃなくて、位置が固定されてないのか」
「そこまでは分からないかな」
カエデお姉ちゃんは、ウィルソンをくるりと回した。
誰も答えられなかった。
でも──なんか、合ってる気がした。
「……『奈落とは、落下する場所にあらず。”方向を失う場所”なり』……っと」
ローザさんがメモをする。
「それっぽくまとめんな!!」
ツバキお姉ちゃんが即座に噛みついた。
「主よ、この試練に感謝を……」
ローザさんが静かに十字を切る。
「感謝!?今!?」
ツバキお姉ちゃんが半歩下がった、その瞬間だった。
──視界の奥で、何かが動いた。
「……あれ」
私は思わず呟く。
「今、なんかいた」
「やめて」
ツバキお姉ちゃんが両耳を塞いだ。
「でも──」
目を凝らす。
暗闇の奥。そこに──いた。
黒い。
人の形をしてるけど、
ドロドロに溶けたコールタールみたいな、曖昧な影。
それが──逆さまに、頭で、歩いていた。
「……いる」
「やめろって言ってんの!!」
“それ”が、ピタリと動きを止め、こっちを向いた。
上下も左右もわからないのに、なぜか”正面”だけが、はっきりとわかる。
そして──ぐにゃっと、顔の半分が三日月型に裂けるように、笑った。
「──来ます」
辰美が翼を広げ、私たちを庇う。
折れた翼が、それでも大きく、力強く展開した。
「ウィルソン、行くよ……?」
カエデお姉ちゃんがスッと真顔になって、
石を完璧な投球フォームで構えた。
「それ戦力なの!?」
ツバキお姉ちゃんの声が震えている。
「うん」
カエデお姉ちゃんは、当たり前みたいに頷いた。
「頼りない!!」
ツバキお姉ちゃんが下を向いた。
“それ”が一歩踏み出した瞬間──
フッ、と消えた。
「え?」
次の瞬間。真横。すぐ隣。
結界に、べちゃっと張り付く顔。
「来た来た来た来た!!」
ツバキお姉ちゃんがその場でへたり込んだ。
ドロドロの巨大な顔が、結界をなぞる。
じわ、じわじわ……と、結界が侵食されていく嫌な音が響いた。
「辰美!」
私が叫ぶ。
「わかってます!!」
辰美が深く息を吸い込んで、炎のブレスを吐いた。
ゴオォォッ!!
炎が”それ”を直撃する。
……でも、炎がバグった空間に引っ張られて、斜め上に逸れた。
“それ”は焦げもせず、ぐにゃっと歪むだけで、また結界に張り付いてくる。
「効いてない!?」
「空間が歪んでて、狙いが定まらないんです!!」
辰美が苦しそうに叫んだ。
「ここで魔法を使うのは……危険すぎます!!」
(どうする……!)
(ここ、普通じゃない……!)
考えがまとまらない。
私が拳をぎゅっと握った、その時だった。
──プツン。
「……あー、もう」
隣で何かが切れる音と同時に、
ツバキお姉ちゃんのパニック声が、ピタリと止まる。
さっきまで涙と鼻水で顔を歪めていたツバキお姉ちゃんが、ゆっくりと立ち上がった。
その顔からは一切の感情が抜け落ちていた。
冷たい手つきで、左目に手を添える。
「……はぁ。だから嫌いなのよ、境界が曖昧な特異点 (シンギュラリティ)は」
ツバキお姉ちゃんが、左目を押さえたまま顔を上げた。
「ふん……理解した。“理”は歪んでいる」
その口角が少し上がる。
「それならば、こちらから合わせるまでよ。くくく……」
空気が──変わった。
「ツバキ?」
カエデお姉ちゃんが、ウィルソンを下ろして静かに言った。
「……あ、一周した?」
「ふん……なんなら五周くらいした」
ツバキお姉ちゃんが、口の端だけで笑った。
(あ。ツバキお姉ちゃんの恐怖がキャパシティを超えて、中二病が再発したんだ……!)
「カエデ」
ツバキお姉ちゃんが、”それ”から目を離さずに言う。
「ん?なに?聞いてるよ」
「あいつ、どこに撃てば────こわぃいいいいい!!!」
一瞬、素に戻った。
「こわい!?」
「こわいの!?」
「ツバキさん……!?」
全員が振り返る。
「せめぎあってる!」
カエデお姉ちゃんが言った。
「…………」
ツバキお姉ちゃんが、こほん、と咳払いをした。
「……どこに撃てば当たる?」
「カエデ。聞いてるか?」
「ん、聞いてるよ」
カエデお姉ちゃんが、笑いをこらえながら答えた。
「ループしてるなら────こ、怖いよぉおおおおお!!!」
「うるさい、私!!」
ツバキお姉ちゃんがツバキお姉ちゃんに怒鳴った……?
「自分に怒鳴ってる!?」
私はドン引きした。
「……『聖女、内なる恐怖と激突す』……っと」
ローザさんはメモ。ぶれない。すごいよ。
「ツバキは24人居るって、サクラが言ってたけど、ホントだったんだ」
カエデお姉ちゃんが手をパチパチ。
え?これ、カエデお姉ちゃんの親友の一大事なんじゃないの!?
「いねーよ!パチパチじゃねーよ!またサクラか!!」
ツバキお姉ちゃんが即座にツッコんだ。
「今何人目?」
カエデお姉ちゃんが興味津々。
「数えんな!」
(いや、少なくとも2人は居るよね?)
と思ったけど怖いから言葉を飲んだ。
覚醒ツバキお姉ちゃんが左目を押さえ、深く息を吸った。
「……集中する。で、カエデ?」
「真後ろに撃てば、前から当たるんじゃないかな」
「…………後ろ?」
「後ろ」
「ふむ。理解した」
「──ほんとに!?!?」
素のツバキが裏声で叫んだ。
誰も何も言えなかった。
でも──合ってる気がした。
「黙れ私」
ツバキお姉ちゃんが言った。
「黙れない!!」
ツバキお姉ちゃんが答えた?
……私はツバキお姉ちゃんとは距離を置こうと思った。
「辰美ッ!」
ツバキお姉ちゃんがバッと振り返った。
(あッ!! 辰美、逃げて)
「ひゃいッ!?」
辰美が、ビクゥッと肩を揺らして後ずさる。
「後ろに一発! 炎をぶっ放せ!!」
「う、後ろに!? 誰もいないですよ!?」
「いいから撃て!! カエデの野生の勘(バグ)を信じろ!!」
「よ、よくわかりませんけどぉぉぉ!!」
辰美が半泣きで振り返り、”それ”とは真逆の誰もいない暗闇に向かって、深く息を吸い込んだ。
折れた翼が痛ましげに震える。
それでも──
ゴォォォォォォッ!!!!
炎が後方へ飛び──消えた。
「えっ……消え──」
辰美が言いかけた、次の瞬間。
ゴボォォォォォォッ!!!
「ギョェェェェェエエエエ!!?」
私たちの”目の前”。
カエデお姉ちゃんが指差した通り、突如として空間を突き破って現れた猛火が、”それ”の背中を完璧に直撃した。
怪物は絶叫を上げ、ドロドロに溶けながら空間のバグごと消し飛んでいく。
「ええええええ!? なんで前から!?」
辰美が目を丸くして、自分の口と前方の空間を交互に指差してパニックになっている。
「やっぱりね。空間がくるって回ってたんだ」
カエデお姉ちゃんが、空中でウィルソンをぽーんと投げてキャッチし、満足そうに微笑んだ。
ツバキお姉ちゃんは、そんなカエデお姉ちゃんを、ジトォォォッと半目で睨みつけた。
「……お前。最初からそれに気づいてたなら、もっと分かりやすく言いなさいよ……」
心底疲れたような、長いため息。
「えー? ウィルソンが『ここ、ぐるっと繋がってるぜカエデ』って教えてくれたから、そのまま言ったのに」
「相変わらずわからん!!」
ツバキお姉ちゃんが叫んだと同時に、周囲の空気がフッと軽くなった。
バグった空間の歪みが完全に消え去り、一本の真っ直ぐな暗闇の道が現れたのだ。
「……ねぇ、みんな」
私は、開けた道をじっと見つめて言った。
「これ、”落ちる場所”じゃないと思う」
「は?」
「”進む場所”だよ」
「……具体的に?」
ツバキお姉ちゃんが、こめかみを押さえながら真顔で聞いた。
「わかんない」
「はい!解散!!」
「待って待って!」
私は慌てて両手を振った。
「お姉ちゃんがいる方向に、引っ張られてる感じがするの! わかるの! だからきっと──」
私の言葉に、ツバキお姉ちゃんはピタリと動きを止めた。
左目から手を下ろし、憑き物が落ちたように、ふぅ、と息を吐く。
そこにはもう、中二病の欠片もなかった。
「……ほんとに、サクラがいるのね?」
「うんっ!」
私が力強く頷くと、ツバキお姉ちゃんは開けた暗闇の道を見据えた。
その顔は、不安そうだったけれど──どこかホッとしたようにも見えた。
「……はぁ。まったく、あのアホはどこまで世話を焼かせるのよ。勝手に死んで、勝手に逃げろって……」
ぶつぶつと文句を言いながら、ツバキお姉ちゃんは一歩、前へ踏み出す。
「行くわよ。さっさと合流して……あいつに、うどん奢らせなきゃね」
「うん!」
「『一行、暗黒の道を征く。聖女列伝の幕開けである』……ッ!!」
ローザさんのペンが止まらない。
「列伝!? 勝手に連載はじめんな!?」
ツバキお姉ちゃんのツッコミが、静かな暗闘に響いた。
(つづく)
──【今週のサクラ語録】──
『ツバキは24人居る。』
解説:
情緒・理性・中二病・パニックなど、状況に応じて人格が高速で切り替わることから、サクラが独自に導き出したツバキの“推定人数”。
なお本人は強く否定しているが、現場の目撃証言は一致しており、信憑性は高い。
現在の確認個体数:2名
ツバキ「ふざけんなぁ!?」