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「奏。頼むから正直に答えてくれ。あの二人を見たのは、今日が初めてではないだろ?」
奏が怜の事を『怖い』と言っているにも関わらず、彼は冷たさを帯びた瞳で彼女を見据えている。
この視線にかち合ってしまったら、奏はもう逃げられない。
怜から瞳を逸らし、顔を伏せながら小さく肯首した。
「……そうか」
彼がソファーの背もたれに寄りかかりながら、大きくため息を吐く。
「いや、奏があの二人を見た時、『こんな事言いたくないけど…………ホントにサイアク……』って随分冷静になって呟いてたから、もしかして前も見た事あったのかって思ったんだ」
「ごめんなさい。私がこの事を怜さんに言ったら、告げ口するみたいになりそうで嫌だったから、黙ってました……」
それにしても、この葉山怜という男は、奏の些細な言動で思っている事が分かっているようで、何だか手強い。
(私って、自分が思っている以上に、気持ちが顔に出やすいんだな……)
怜と恋人同士になる前、奏は『心の鎧』を纏い、彼の前で自分の表情を無にしていたはずだ。
心を頑なに守っていたものが粉々に砕け散り、怜と恋人同士になってからは、無意識に表情が出るようになったという事か。
「ちなみに、あの二人が一緒にいるのを初めて見たのはいつだ?」
「怜さんと私が付き合い始めたばかりの頃、私が怜さんのマンションから一人で電車で帰った時、立川駅の南口周辺で……」
「マジか……」
うすら寒い雰囲気に包まれたリビングの空気を変えるために、奏は冗談を交えるように言葉を発した。
「っていうか、もう私に色々と取り調べするの、怖いからやめて欲しいんですけど」
『取り調べ』というワードに、怜の顔色が一変し狼狽えた。
彼女が半ば冗談で言った事を、怜が真に受けるとは思いもしなかった奏は、『ごめんなさい……半分冗談です……』と戸惑いながら呟く。
奏の言葉に気付いていなかったのか、怜は、彼女の抱えている失恋の痛手の事や、今回、圭が二股をかけている事で、かなり突っ込んだ事を聞いたのを、今更ながら思い出す。
(奏が恋人になっても……俺は……彼女を怖がらせていたのか……)
胸の内に渦巻いている様々な思いを振り切るように、怜は奏を強く抱きしめた。
「奏……」
長い艶髪に唇を落とし、奏の頭を胸元に引き寄せた。
「怜さん……?」
普段は大人の余裕を見せつける怜が、今は焦燥感を抑え込むように、彼女を抱きしめている腕の力を更に強くする。
「俺は……奏に出会って、ずっと奏だけを想い続けてきた。俺は……奏が大好きなんだ。ピアノを弾いている所も、気の強い性格も、俺だけに見せる、甘えるような仕草も……全部……好きなんだ……」
どことなく不安げで、怯えているかのような声音で怜が奏に告白すると、彼女は、彼の言葉を噛みしめるように頷く。
こんな気弱になっている怜を見たのは初めてかもしれない。
奏は怜を見上げながら、少し伸びてきた怜の黒髪をそっと撫でた。
「怜さん、前に『奏の全てを受け止める』って言ってくれましたよね? 私も、怜さんの全てを……全部受け止めます。ずっと、怜さんのそばにいるから……」
今の奏に言える精一杯の気持ちを、怜に伝える。
こんなに自分を想ってくれる男の人に出会えた事に感謝しつつ、奏は彼の背中に腕を回し、ギュッと抱きしめ返した。
「奏は……俺だけの女だ。何があっても…………絶対に誰にも渡さない……!」
低い声を震わせながら、宣言するように言葉を口にする怜。
ここ最近、よく怜の口から聞く言葉だ。
「私の気持ちは……あなただけ……」
奏は掠れた声音で答えた後、引き締まった怜の頬を両手で包み込むと、初めて彼女から唇を重ねた。
***