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星屑ロンリネスの意味がわからなくて、
眠れぬ夜を過ごした事がある、
カエデ・ロンリネスです! こんにちロンリネス!
……は?
*
今は辰夫さんの背中で大空を飛んでるところです!
略して、カエデ・オンザ・トカゲ!(KOT!)
……は?
*
「うわぁ………凄い……」
私は上空から見る目の前の雄大な景色に感動していました。
眼下に広がる緑の絨毯のような森、
遠くに連なる青みがかった山々、
そして頭上には果てしなく広がる青空。
風が頬をなでる感触と、
辰夫さんの鱗に触れる手のひらの感覚が、
この瞬間が現実であることを私に教えてくれます。
「カエデ! 高いよ! 怖いよ! 落ちる落ちる落ちる!」
ツバキが私の腰にしがみついて、
ガクガクと震えていました。
そう言えば高所恐怖症だったかな?
こないだ『カメリア聖典(鈍器)』でぶん殴られて、
空を回転しながら吹っ飛んでたけど。
「おお……なんと美しい光景……!
これもまた、聖女様を天空へと導く神の御心……!」
その後ろでは、ローザさんが強風に煽られながらも、
目を輝かせて下界を見下ろしていました。
この人はいつでも元気です。
ここは大人の私が、ピシッとしないとね?
「ツバキ? いい? ホントの恐怖っていうのはね?」
「え?」
私は遠い目をしながら語り始めました。
「いきなり異世界に召喚されてね?
王様や偉い人たちにお腹の脂肪とか注意されてね?
着の身着のまま外界に放り出されてね?
行くあてもなくモンスターがはびこる、
外の世界を彷徨うことを言うのよ……?」
私の目からは、いつのまにか涙が溢れていました。
「カエデ!? 泣かないで! ごめん、私が悪かったから!」
ツバキが慌てて私の手を握ってくれました。
「いったい今まで何があったんだ……」
辰夫さんが、背中に乗ってる私たちの重い空気を気にして振り返りました。
「武器も無くてね……。
モンスターに対抗するために石を投げてたの。
それで気づいたら、石(ウィルソン)と会話できるようになっててね?」
「カエデ、もうやめて! 私が泣きそう!」
「ふふふ……
あ! そうそう。
食糧はその辺の草を食べたんだ。
それでね? 水はどうしたかと言うとね……」
「やめろぉ! それ以上は聞きたくない!!」
私は涙を流しながら話を続け、
ツバキは泣きながら私に抱きついて耳を塞ぎました。
「さすが勇者様……!
己を極限まで追い込み、自然と一体化する荒行……!
聖女様、この『ウィルソン』なる精霊との対話、
ぜひ聖典に記させてください!」
「ローザは黙ってて!! ややこしくなる!!」
ツバキのツッコミが強風にかき消されます。
上野文
9,423
「我の背中の上で何が起こっているんだ……?
そうだ! カエデよ。
お前はサクラ殿と同郷と言ったな。
お前も召喚されたということか?」
「……はい。
いきなりこの世界に召喚されて『お前は勇者だ!』って……。
でもモンスターと戦えないポンコツだって……
お腹の脂肪ばかり見られて……うっ……」
私は胸とお腹を抑えながら、辰夫さんに訴えかけました。
「ゆ、勇者だと!? ステータス画面で勇者の称号があるのか?」
「はい。あります」
辰夫さんは私の脂肪のくだりには触れないように、
話を進めてきました。
やだ……この辰夫さん……もしかして紳士なのかな?
「ふむ……それでさっきの投擲の威力だったというわけか……」
「サクラ殿も勇者……
これはいったい……この世界に何が起きているんだ……?」
辰夫さんがブツブツと独り言を言っています。
「あ。でもレベルは1です。
怖くてモンスターを倒せないので」
「は?」
辰夫さんが空中でピタッと固まりました。
少し高度が落ちました。
「え、ええと……ツバキ、お前はどうなのだ?」
辰夫さんが、気を取り直すようにツバキに視線を向けました。
「私は……キューシューって国に召喚されて……。
なんか『聖女』って崇められてて……」
ツバキが、深い溜め息とともに肩を落とします。
「せ、聖女だと!? あの伝説の!?」
「うん……そして、最初は左目からビームが出るだけだったのに、
いつの間にか、つむじや口からもビームが出るようになって……!
この間なんて、耳からも出て……
カエデには『歩く街灯』とか言われるし!!」
「歩く十字架の街灯だね」
私が訂正を入れると、ツバキがバンッ!と私の背中を叩きました。
「さらにね!?
お尻からもビームが出そうになって、
ローザにお尻ペンペンされて!!
こんな体じゃ、もうお嫁に行けないのぉぉぉぉっ!!」
ツバキの目からも、
カエデとは違う種類の涙がこぼれ落ちました。
「いかにも! 聖女様のあらゆる器官から放たれる御光は、
我ら迷える子羊を導く究極の導(しるべ)なのです!!」
ローザさんが背後で胸を張り、
分厚い本(聖典)を掲げます。
辰夫さんは、カエデ、ツバキ、ローザさんを順番に見つめました。
「勇者(レベル1・草食)と、
聖女(歩く街灯・お尻保留)と、狂信者か……。
サクラ殿の同郷は、どいつもこいつもどうなっているのだ……
まともじゃないんだが……」
辰夫さんから「これ以上関わりたくない」という露骨な空気……
いや、なんならこの場から逃げてやる!
くらいの気持ちが伝わってきましたが、
私には辰夫さんにお願いがあるのです。
「辰夫さん! お願い!
私たちをサクラのところに連れてって!
サクラは大切な親友なの!!」
「親友……?」
いぶかしむ辰夫さんに、
私は胸を張ってサクラとの素晴らしい想い出を語り始めました。
「そうだよ! 高校時代なんて、サクラは毎日、
購買のパンを私に買いに行かせてくれたんだから!」
「……行かせてくれた?……ほう」
「下校の時も、サクラの荷物を全部私に持たせてくれたの!」
「……パシリではないのか?」
「違うもん!
あとね、私が買った漫画もサクラが先に読んでくれたし、
返してってお願いしたら『いつ返さないって言った?
永久に借りておくだけだぞ!』って言い包められて、
いまだに返ってきてない漫画がたくさんあるし!
好きな人といい感じになると、
決まって執拗に邪魔されたし……」
自分で口に出していて、ふと足元がぐらつく感覚がしました。
「……あれ? 変だな……。
なんだろう……親友って……なんなのかな……?
やだな……目から水が……」
「カエデ!? 口に出して思い出しちゃダメ!
記憶の蓋を開けたら深淵(サクラ)に引きずり込まれるよ!」
「なんと崇高な涙……! 友を想う慈愛の心……!」
「ローザは引っ込んでて!!
カエデ、しっかりして!!
私だってサクラの被害者なんだから!!」
ツバキが私を励まそうと(?)、
自分がいかにサクラから理不尽な目に遭ってきたかを、
辰夫さんに語り始めました。
「私だってね!?
居酒屋で唐揚げ頼んだ時、
私は絶対レモンかけない派なのに、
サクラが勝手に全部にレモンかけたから怒ったの!
そしたら『は? 絞る手間を省いてあげた神に感謝しなさいよ』って逆ギレされたんだよ!?」
「うむ。それは確かに許せんな。サクサク感が失われる」
辰夫さんが深く頷きました。
私も思わず、前のめりになりました。
「わかる!! あれは絶対に許せない!!
私は唐揚げにレモンかける人、大っ嫌いなの!!」
「でしょ!? なのに中華料理屋に行った時は、
私が酢豚のパイナップル嫌いって知ってるくせに、
サクラはパイナップル大好物だからって、
わざとパイナップル増し増しで頼むの!
『パイナップルの酸味が豚肉を高みに導くのよ』とか言って!!」
「「……いや、それは一理あるな」」
私と辰夫さんの声が見事にハモりました。
「え?」
ツバキが素っ頓狂な声を上げました。
「極めつけはね!?
一緒にお菓子食べる時、
私は絶対に『たけのこの里』派なのに、
サクラは『きのこの山』派で!
『きのこの方がチョコとクラッカーの分離という
二度の食感を楽しめる。たけのこは邪道』って言って、
延々ときのこの山を布教してくるの!!」
ツバキはゼェゼェと息を切らしながら、
自分だけが熱くなったまま、ドヤ顔で言い放ちました。
「ほら!!私の青春も、ほぼサクラの理不尽な押し付けで出来てるでしょ!?」
しかし──。
「「「…………」」」
私と、ローザさんと、辰夫さんは、
急に冷ややかな目でツバキを見つめていました。
「……え、なにこの空気。
さっきまで唐揚げで共感してくれたじゃん。
あと酢豚の時の裏切りなんなの」
「いや……私の『毎日パシリ』に比べると……
後半のスケール小さくない?
ただの食べ物の好みの違いじゃない?」
「うむ……自業自得ではないが……
被害が平和すぎるな……
きのこかたけのこかなど、どうでもいい」
「聖女様……。
きのことたけのこの聖戦(ジハード)は歴史的対立ですが、
聖典に記すには少し世俗的すぎます……」
私と辰夫さんとローザさんから、
三連続で冷たいツッコミが飛びました。
「違うもん!!
私にとってはその日のテンションを左右する大事件だったの!!
わかる!?この地味なストレスの積み重ねが一番キツいの!!
私だって被害者なんだよぉ!! わぁぁぁぁん!!」
ついにツバキが泣き出しました。
辰夫さんは完全に私たちに同情の(一部呆れた)目を向けています。
「カエデよ……ツバキよ……
お前たちも被害者(オモチャ)だったのだな……。
気持ちは痛いほど分かるが、無理だ……。
我はあのパワハラ上司から逃げたのだ……。
今戻ったところで、何時間粘着されるかわからぬ……」
辰夫さんは完全にサクラに心を折られていました。
三人の被害者を乗せた黒竜の背中から、
たまらない哀愁が漂っています。
「ふふふ……サクラ対策なら任せて!秒で機嫌直せるから!
ねえ辰夫さん!
ナーラの街(アンナさんの居る街)に行けるかな?」
ツバキも気づいたようで、小さく「あ……」と呟きました。
「む……? あぁ。ここからならすぐだが……」
◇◇◇
──私たちは、始まりの街『ナーラ』に戻りました。
*
ナーラの街の少し外れで降ろしてもらい、
私は真っ先にアンナさんのパン屋さんまで走りました。
舗装された道を駆け抜けると、
懐かしい小麦の匂いが鼻をくすぐります。
カランカラン……♪
「いらっしゃい! ……あ? あれ? カエデ?」
カウンターの奥で、アンナさんが目を丸くしていました。
「はぁはぁ……アンナさん! ちょっとだけただいまー!
あのね! あのね! ありったけの【焼きそばパン】を売って!」
私は勢いよくパン屋さんの扉を開け、
カウンター越しのアンナさんに抱きつきながら言いました。
「え? あれ? 旅に出て?
ええ? 焼きそばパン?? どうしたんだい?」
アンナさんは困惑していましたが、
その表情からは驚きとともに喜びも感じられて、
私はとても嬉しかったのです。
(つづく)