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「妊娠……」
瑠衣の中に、嘘であって欲しいと思う気持ちと、やっぱり……と思う気持ちがぶつかり合い、検査薬の判定窓を凝視したまま身体が硬直した。
「いっ…………嫌……だっ……」
声を引き攣らせながら零した言葉と、奈落に突き落とされたような思い。
瑠衣の視界が滲み、色彩のある世界から無彩色の世界に引き摺り込まれたような失意。
いつまでもトイレの中に閉じ籠ってばかりいたら侑が心配するかもしれない、と思った瑠衣は、空虚な瞳の色を滲ませたまま、重い足取りでリビングへ向かった。
静かに開いたリビングの扉の音に、ソファーに腰を下ろし膝の上で手を組んで待っていた侑が、弾かれたように瑠衣を見やった。
「…………瑠衣」
今にも涙が零れそうな彼女の表情が、検査結果を物語っている。
ぎこちなく侑の隣に腰掛けた瑠衣が、検査薬のスティックを侑に見せた。
小さな判定窓の中央に、クッキリと描かれている赤い縦線。
初めて見る妊娠検査薬に侑の胸中は騒めき、鼓動がドクリと跳ね上がる。
「…………妊娠……やっぱりしてるみたい。でも…………私は産まない! 無理矢理させられて父親が誰だか分からない子なんて産みたくない!!」
瑠衣の心は既に決まっているようだった。
しかし……と、侑は思う。
こんな事を瑠衣に言ったら、彼女の感情を逆撫でするかもしれない。
瑠衣の腹に宿った子が俺の子だったら……と、侑は僅かな希望のようなものを願わずにはいられなかった。
避妊具を装着して身体を交えても、何らかの原因で避妊に失敗する事だってあるだろうし、彼女が事件に巻き込まれるまでも、何度か情交している。
(こんな事を考えている俺は……彼女を更に傷付けてしまうのかもしれないし、おかしいのかもしれない……)
侑は、今思った事を躊躇いながらも言葉に出してみた。
「…………瑠衣のお腹の子の父親…………俺だという可能性は……ないのか?」
「…………え?」
彼の言葉に瑠衣は濃茶の瞳を一瞬丸くさせたが、すぐに諦めの面差しを浮かばせた。
「先生は行為の時、ちゃんと避妊してくれているし、前に私に叱ったでしょ? 『避妊しないで中出しで抱いて、などと馬鹿げた事を言うな』って……」
「いや……しかし——」
侑が更に言い掛けた所で、瑠衣が彼の言葉をピシャリと退ける。
「先生との子ではないよ。だから産みたくない! いや、産まない!!」