テラーノベル
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最初に前へ出たのは、
ガイ・ギルフォードだった。
会場が沸く。
「ガイだ!」
「決めろ保安官!」
ガイは歓声にも動じない。
静かに的を見据える。
風を読む。
旗の揺れ。
砂の流れ。
観客のざわめきすら計算に入れるように、
ゆっくりと息を吐いた。
そして――放つ。
ヒュンッ!!
矢は一直線に飛び、
的へ突き刺さった。
どっ、と歓声が上がる。
中心。
だが、わずかに外れている。
髪の毛一本分ほど、
右へ。
それでも十分すぎる一射だった。
「見事!」
「さすがガイ!」
ガイは静かに弓を下ろす。
表情は変わらない。
だが、その目は次を見ていた。
“マーリン”。
筋骨隆々の大男が、
ゆっくり前へ出る。
観客席がざわついた。
「でかい……」
「なんだあの男」
マーリンは無言。
ただ巨大な長弓を持ち上げる。
ミシリ、と弓が軋んだ。
常人なら引き切れぬ強弓。
だが男は、
まるで子供の玩具のように引き絞る。
そして放った。
轟、と空気が震えた。
次の瞬間――
ドッ!!
矢は、
的の真芯へ突き刺さる。
歓声が爆発した。
「ど真ん中だ!」
「なんて射だ!」
ガイの目が細まる。
――こいつ。
ただの力自慢じゃない。
マーリンは静かに矢を見つめる。
その口元には、
わずかな笑みが浮かんでいた。
そして最後。
“アーサー”。
白髪の老人が、
杖をつきながら前へ出る。
会場のあちこちから笑いが漏れた。
「おいおい」
「爺さん帰って寝てろ!」
だが老人は何も言わない。
ただ、
静かに弓を構えた。
その瞬間だった。
サイラスの表情が変わる。
「……来る」
空気が変わった。
老人の背筋が、
すっと伸びる。
先ほどまでの老いぼれた姿が、
まるで幻だったかのように。
弦が鳴る。
放たれた矢は、
音すら置き去りにして飛んだ。
次の瞬間。
――バキィッ!!
会場中が凍りつく。
老人の矢は、
マーリンの放った矢を真っ二つに砕き、
そのまま的の中心へ突き刺さっていた。
沈黙。
誰も声を出せない。
割れた矢の破片が、
ぱらぱらと地面へ落ちる音だけが響く。
そして遅れて、
会場が爆発した。
「うおおおおおおおお!!!」
ガイが絶句している。
マーリンは目を見開き――
次の瞬間、
腹を抱えて笑い出した。
「はははははッ!!」
「やるじゃねえか、!!」
リチャードは、
ゆっくりと外套を脱ぎ捨てた。
白布が地面へ落ちる。
次の瞬間――
競技場全体がどよめいた。
「まさか……!」
「リチャード殿下だ!」
「聖地奪還軍の英雄……!」
ざわめきは瞬く間に熱狂へ変わる。
歓声。
拍手。
地鳴りのような叫び。
王国最強とうたわれる王子が、
自ら弓大会へ参加していた。
リチャードは観客席を見渡し、
豪快に笑った。
「このリチャード――!」
「潔く負けを認める!」
さらに歓声が爆発する。
負けすら絵になる男だった。
陽光を背負い、
大弓を肩に担ぐその姿は、
まるで戦場から帰還した英雄そのものだった。
「母上!」
「いま戻りました!」
リチャードは貴賓席へ向かって大きく手を振る。
王妃エレノアは、
呆れ半分、誇らしさ半分といった顔で息子を見つめていた。
隣のジョンは、
苦笑しながら肩をすくめる。
競技場の熱気は最高潮に達していた。
その一方で。
観客席の隅。
フードを深く被ったサイラスだけが、
静かに頭を抱えていた。
(どうしても自分が主役じゃなきゃ)
(気が済まない人っているよね)
呆れたようにため息をつく。
だがその口元は、
どこか少し笑っていた。
あわただしく壇上の準備が進められていた。
従者たちが赤布を敷き、
黄金の飾り台が運び込まれる。
王妃自ら、
優勝者へ褒賞を授けるためである。
黄金の弓。
そして、
王家からのねぎらいの言葉。
観客たちは固唾を呑んで見守っていた。
やがて、
エレノア王妃がゆっくりと壇上から降りる。
老いた優勝者――“アーサー”の前へ。
その瞬間だった。
ロビンは、
静かに白髪の鬘を外した。
しわだらけだった顔が消える。
背筋が伸びる。
緑衣の若者の素顔が現れた。
会場がどよめく。
「――っ!」
「まさか……!」
最初に叫んだのは、
ノッテンガム卿だった。
顔を真っ赤に染め、
唾を飛ばす。
「ロビン・フッドだ!!」
「捕らえよ!!!」
兵たちが一斉に動こうとした。
その瞬間。
空気を切り裂くような怒声が響いた。
「――王妃殿下の御前である」
全員の動きが止まる。
白髪の老騎士。
ウィリアム・マーシャルが、
数人の騎士を率いて前へ進み出ていた。
「控えよ!」
低い声だった。
だが、
戦場を幾度も沈黙させてきた男の声だった。
騎士たちは反射的に足を止める。
マーシャルは剣に手を添えたまま、
王妃とロビンの前へ立った。
まるで、
二人を守る壁のように。
観客席は静まり返っていた。
誰も声を出せない。
ただ、
異様な緊張だけが競技場を満たしていく。
その光景を、
離れた場所から見つめる男がいた。
サイラス。
フードの奥で、
静かに目を細める。
そして、
森の仲間たちへ、
わずかに指を動かして合図を送った。
リトル・ジョン。
タック。
ウィル。
各所に散っていた仲間たちが、
一斉に身構える。
まだ終わっていない。
空気の底には、
剣を抜く寸前の殺気が、
なお渦巻いていた。
ロビンは、
ゆっくりと膝をついた。
競技場に満ちていた熱気が、
すうっと静まっていく。
若き義賊は、
王妃エレノアをまっすぐ見上げた。
「そなたがロビン・フッドかえ」
王妃の声は静かだった。
「はい」
ロビンは答える。
「私が――」
一瞬、
会場全体を見渡した。
怯えた民。
怒りに顔を歪める役人。
固唾を呑む騎士たち。
そして、
森で出会った人々の顔。
ロビンは深く息を吸った。
「王家の鹿を射殺しました」
ざわめきが走る。
「修道院を襲い、捕らえられた仲間を脱獄させました」
「修道院や城からお金を奪いました」
ノッテンガム卿とヘレフォード司教の顔が歪む。
だがロビンは、
一切目を逸らさなかった。
「この罪を認めます」
堂々と。
逃げることなく。
「なれど――」
その声が少しだけ震えた。
「王妃殿下に」
「この土地で暮らす者たちに」
「追い詰められている者たちに」
観客席の農民たちが、
思わず顔を上げる。
「なにとぞ」
「寛容の慈悲の心をもって」
「救いの手を差し伸べて」
「いただけますよう――」
ロビンは頭を垂れた。
「伏して」
「お願い申し上げます」
競技場は静まり返っていた。
誰も、
すぐには言葉を発せなかった。
それは、
罪人の命乞いではなかった。
民の苦しみを、
王へ訴える言葉だった。
(今しかない)
ガイ・ギルフォードは、
唇を強く噛み締めた。
(俺が生き延びるには――今しかない)
競技場を満たす異様な沈黙。
その中で、
森の保安官は一歩前へ進み出た。
「私からも申し上げます」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「森の保安官――ガイ・ギルフォードと申します」
ざわめきが広がる。
ノッテンガム卿が目を見開いた。
嫌な予感が、
背筋を走る。
ガイは続けた。
「この者の申す通り」
「この地の者たちは、異常な税率と法外な利息で苦しめられております」
観客席の空気が変わった。
農民たちが顔を見合わせる。
騎士たちも眉をひそめ始める。
「その証拠となるのが――こちらでございます」
ガイは懐から書類束を取り出した。
徴税記録。
貸付台帳。
押収記録。
ノッテンガム卿の顔色が、
一瞬で青ざめる。
「なっ――」
声にならない。
あまりにも突然だった。
味方だと思っていた男に、
背中から刺された。
王妃エレノアは、
静かに書類を受け取る。
さっと目を通していく。
その表情は変わらない。
だが、
空気だけが凍りついていった。
やがて王妃は、
何も言わず、
わずかに視線を動かした。
その先にいたのは――
ウィリアム・マーシャル。
老騎士は、
静かに一礼した。
次の瞬間。
動いた。
誰よりも速く。
白髪の巨躯が一気に間合いを詰める。
ノッテンガム卿が、
ようやく後退ろうとした時には、
もう遅かった。
ウィリアムは剣に手をかける。
抜刀。
その動きは、
あまりにも自然だった。
長年、
戦場で磨かれた一太刀。
上段から、
一切の迷いなく振り下ろされる。
銀光が走った。
血しぶきが舞った。
競技場の空気が、
一瞬で凍りつく。
誰も動けなかった。
つい先ほどまで歓声に包まれていた会場は、
今や墓場のような静寂に沈んでいる。
その沈黙を破ったのは――
「ひええええっ!!」
ヘレフォード司教だった。
顔面を蒼白にし、
椅子をひっくり返しながら立ち上がる。
法衣を乱し、
脂汗を流し、
一目散にその場から逃げ出した。
「あっ、司教様!」
「お待ちを――!」
誰かが叫ぶ。
だが、
止まらない。
司教は半狂乱のまま、
観客席脇の下り階段へ飛び込もうとした。
その時だった。
階段の前に、
大柄な影がぬっと立ちはだかる。
丸々と太った修道士。
タックだった。
酒臭い息を吐きながら、
にやりと笑う。
「あわてなさんな」
司教が凍りつく。
「転んじまうよ」
次の瞬間。
タックは、
ひょいと司教の足を蹴飛ばした。
「あっ――」
ヘレフォード司教の身体が宙に浮く。
そのまま、
頭から階段を転げ落ちていった。
ごろんっ!
がんっ!
どごっ!
悲鳴と鈍い音が、
石段へ響き渡る。
観客たちは呆然としていた。
階段の上で、
タックだけが腕を組み、
満足そうにうなずく。
「ほらね」
コメント
1件
やばいってこれ!! 第13話、めっちゃ熱かったわ🔥 まずリチャードの潔さに痺れたし、ロビンの告白シーンは鳥肌たった。謝りながらも目は逸らさない感じ、めちゃくちゃかっこよかった。そしてガイのまさかの裏切り(?)で一気にスリリングになったな。最後のタックのオチも含めて、全員が主役級の動きしてて最高やったわ! 続き気になる〜
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