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美南ちゃんも溜息まじりに
「ま、と言っても自業自得ってやつよねー」
と、そっけない。
『自業自得』?
どういう意味だろう??
「ま、日菜ちゃんも気にしないでお仕事続けてねー。もし、何か困ったことがあったら、いつでもいいから晴友に言いなさーい」
「え、晴友くんに?…でも晴友くんだって忙しいんじゃ」
「気にしない気にしなーい。男のお客さんに話しかけられたら、会話の内容からぜーんぶ晴友に報告しちゃいなさいね」
「えええ?」
美南ちゃん、なんか面白がってない??
どう見たって、晴友くんは忙しそうなんだけれどなぁ。
男のお客さまが多いとはいえ、今日は常連の女のお客さまだっていらっしゃっている。
晴友くんはお客さまの感想が知りたいから、よく自分から話しかけに行く。
そうすると女のお客さまは、ぽうっとなってうれしそうに話を弾ませる。
その合間に配膳したりスイーツを用意したりするから大変なんだ。
…ほら、今だって高校生の可愛い女の子たちが晴友くんに話しかけて…。
「…晴友くん、相変わらず女のお客さまにモテモテだね」
思わずつぶやくと、拓弥くんは「俺もモテるよ…」と付け足しつつ、
「そうだなぁ、あの営業テクは俺も教えてほしいよ。普段のあのカワイくない態度からどうやったら、あんな愛想よく変貌できるんだか」
「あんたがこれ以上ヘラヘラしたら、むしろうさんくさがってお客さまが注文したがらないわよ」
なんて突っ込みつつ、美南ちゃんはわたしの顔をのぞきこんでにっこり笑った。
「でもね、ああ見えてあいつには好きな子がいるんだよ」
え…?
「『あの子』、最近仕事を始めたから来なくなっちゃって…。
それからというもの、あいつはイライラしっぱなし。『あの子』をどうにもできないから、欲求不満がたまってるんだよねー」
美南ちゃんに拓弥くんがうんうん、と相槌を打った。
「だよなぁー。あいつ、自分では気づいていなかったけど、『あの子』のことマジで好きだったからな。だって、いっつも新作作ったら『あの子』に真っ先に紹介してたじゃん」
「もう『あの子』が来たら他のお客さまと明らかに態度がちがってたよね!それで帰っちゃったら『次はいつくるんだろ』って背中がさびしげでっ。くっふふふ、ほんと間違いなく」
『マジ惚れ!』
とユニゾンして、拓弥くんと美南ちゃんはケラケラ笑った。
対して、わたしの心は絶望のどん底だった。
そういえば…暁さんも言ってたよな…。
晴友くんに…そこまで好きな子がいたなんて…。
わたしが入りこむ余裕…ないかな…。
ツン、と鼻が痛む。
いけない…泣いちゃだめだ、今はお仕事中なんだから…。
「…日菜ちゃん?」
美南ちゃんが、うつむくわたしを見て急におろおろしだした。
拓弥くんと顔を見合わせているけど、ふたりとも「どうしよう」って困ったような顔をしている。
もしかして、わたしの晴友くんへの気持ち、気づかれちゃったかな…恥ずかしい…!
けど…ふたりになら知られてもいいかな。
晴友くんとはうまくいってないけれど、こうしてなんとかお仕事がんばれているのは、ふたりが支えてくれるおかげでもあるし。
ふたりならわたしがここに来た本当の目的を知っても、あきれないでくれるよね…。
わたしは照れ笑いを浮かべた。
「そっか、晴友くんにはやっぱり好きな人がいたんだね。…いいなぁその子、そんなに特別扱いされて…」
「ち、ちがうよ日菜ちゃん!そうじゃないよ!?」
どうしてたのか、美南ちゃんはあわてたようにしきりに首を振った。
拓弥くんも同じように付け足す。
「そうそう!晴友には好きな子がいるけれど、『あの子』って言うのは…えっと…その、つまり…!」
「おいおまえら!なにサボってんだよ」
そこへ、話題の晴友くんが割り込んできた。
「俺ひとり働かせておいておしゃべりとは、いいご身分だな、おまえら」
「サボってねぇよ!バカ晴友っ!元はと言えばおまえが素直じゃねぇから…!」
「はぁ?」
「そうよっ!あんたはすこし日菜ちゃんとスキンシップしなさいよね!」
なんて言うと、美南ちゃんと拓弥くんは逃げるようにホールに戻っていった。
え、え?
そして、なんだか押し付けられるように残されたわたし。
晴友くんも、勢いに押し切られて立っていたけれど、はぁ、と溜息をついてわたしを横目で見た。
「あいつらと、なにしゃべってたんだよ」
気まずい…。晴友くんの顔が見れないよ…。
「…な、なんでもないよっ」
こうなれば、わたしもふたりにならって逃げよう!
…としたら、
晴友くんの手が壁について、長い腕に行く手をふさがれた。
「…もしかして、あいつらに変なこと吹き込まれてないよな?」
「へ、ヘンなこと??」
「俺のこと、とか」
「そ…そんなことないよ?」
「ほんとか?」
晴友くんは、ちょっと意地になっているように引き下がらない。
ほんとうは。
…そうだよ。
って言いたい。
晴友くんには、好きな子がいるって聞いちゃったよ…。
すごくショックだよ。
悲しいよ。つらいよ。
ってうったえたい。
そして…。
くだけそうになる胸と、ツンとなる鼻の痛みをこらえて、わたしは真っ直ぐに晴友くんを見つめた。
ちょっと怖くて、でも、ひきこまれるようにかっこいい顔に、精一杯声にならない言葉を投げかける。
そして伝えたい。
それでも、わたしは、あなたのことが大好きだよ。
って…。
諦められたら、どんなに気が楽になるだろう。
でも、そんなこと簡単にできないほどに、あなたに夢中なんだよ…。
そう伝えたいよ。晴友くん…。
不意に、晴友くんがわたしから目をそらした。
その奇麗な顔には、どうしてなのか、苦々しい表情が浮かんでいる。
もどかしくて、イラついているように…。
晴友くんの腕が、ゆっくりと下りた。
「もういい。仕事戻れよ」
「はい…」
その腕の横をさっと走って、わたしはホールへ戻った。