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アジェーリアにそう言われても、ティアは、はいどうぞとグレンシスに足を差し出すことなんてできない。


なぜなら、恥ずかしいからだ。死ぬほど恥ずかしいのだ。


でもグレンシスは、もじもじとするティアにイラつき始めている。本当に、この騎士様は短気なお方だ。


追い詰められたティアは、泣きたくなる。


嫌われていると思っていたグレンシスから、優しい言葉を掛けてもらえて。自分より遥か身分の上の人間から、心配する気持ちを向けられて。


ティアはこの旅の最中、胸を張って役に立ったと言えることなんて何一つしていないのに。


それなのに、何も見返りを求められずに、こんな扱いを受けて……嬉しくて嬉しくて仕方が無かった。


そんな、ぐちゃぐちゃになった感情のせいで、ちょっとでも気を抜けば、うっかり涙がこぼれてしまいそうになる。


「騎士様……あ、あの……!靴は自分で脱ぎますので……少し、お待ちください」

「わかった」


時間稼ぎでそう言えば、グレンシスは即座に頷いたけれど、恐ろしい程の眼光で、ティアを急かす。


早急に応急処置をしたいグレンシスにとったら最大の譲歩だが、ティアにとったら寿命を縮めるような時間である。逃げたい。


それでもティアは逃れられない運命を受け入れ、ゆっくりと靴を脱ぐ。


しかし負傷した足は腫れだしていて、なかなか脱げないし、アジェーリアから拝借した靴は、真珠とガラスビーズの刺繍が美しい芸術品と呼んでも過言ではない、王室御用達のもの。力加減を間違えてしまえば、破損すること間違いない。


それを意識すれば、どうしたって手が震える。なのに、急かされる視線は絶え間なくティアに向かっている。


「あまり見ないで──」

「早くしろ……いや、もう俺が脱がす。貸せ」


我慢の限界を迎えたグレンシスは、ティアの足に大きな手を伸ばす。


思わぬ強行にティアがびっくりした拍子に、靴がスポンと脱げた……と、同時に、馬の蹄の音がものすごい速さで、こちらに近づいてきた。


「ロハン隊長っ」


馬上のまま声を張り上げたのは、これまでずっと一緒に旅をしてきた騎士の一人──ぽっちゃり体形が特徴のトルシスだ。


グレンシスは治療をしようとする手を止め、部下の方へと顔を向けた。


「何かあったのか?」


緊張感を漂わせたグレンシスの口調に、トルシスはすぐに首を横に振る。


「反逆者たちを鎮圧しました。また、この主犯格と思われる人物も拘束しておりますっ。この後の指示を頂きたく思い、こちらに参りました」

「わかった。すぐに向かう。……殿下、なにがあるかわかりません。恐れ入りますが──」

「わらわも、向かおう」

「ちょ、お待ちくださいっ」


鞍の上で横座りでいるので片足しか鐙に足を掛けていないのに、アジェーリアは見事な手綱捌きで元来た道を駆け出してしまった。


残されたのは、王女のお目付け役の騎士と、その部下と、現在負傷しているティアの3人。ちなみに馬は一頭しかない。


「トルシス」

「……はい」


上官に名を呼ばれた部下は、次に何を言われるのかわかっているようだ。


「それを貸せ」

「………はい」


トルシスは観念したかのように息を吐き、上官に愛馬を譲ることにした。


騎士団は、厳しい縦社会でもある。隊長の命令とあれば、こんな暗闇の山の中であっても愛馬だって差し出さなければならないのだろう。


半ば泣きそうな顔をしているトルシスに、ティアはかける言葉が見つからない。


あと、自分が馬にまたがったグレンシスの膝の上にいるのかも、ティアは理解できなかった。





無言で馬を走らすグレンシスの膝の上で、ティアは置物のように大人しくしている。


少しでも動いたり、声を上げたりしたら、何だかとてつもないことが起こりそうな気がして、全力で今の状態から意識を逸らしている。


そんな息の詰まる時間が過ぎ、かがり火がティアの視界に入った。


乱闘していた場所は、思ったよりも遠くはなかった。トルシスが、自力で戻れる距離にある。


こっそり振り返って、トルシスの姿を探そうと思って、諦めた。


なにせ、身体を動かす度に、自分の身体を抱いているグレンシスの腕がやたらに力を入れてくるのだ。


その度に心臓が跳ねる。生きた心地がしない。


そんな理由からティアが視線を前に戻せば、すぐにアジェーリアの姿が目に入った。馬からは降りてはいないけれど、動く気はないようだ。


グレンシスも馬の脇腹を蹴り、アジェーリアの横に移動する。


その途端、グレンシスがギリッと奥歯を噛んだ。


アジェーリアの顔が今まで見たことない程、青ざめていたのだ。そして、その形の良い唇は小刻みに震えている。


かがり火に照らされたこの場所は、反逆者たちを鎮圧してとても静かだが、夜露をはらんだ草木の香りの中に、かすかに血の匂いがする。


騎士の者で負傷者がいるのだろうか。すんすんと鼻をひくつかせたティアは、匂いのする方に顔を向けた。


「っ……!!」


怪我を負ったのは騎士ではなかった。捕らえられた反逆者の主犯格と思われる男と、その仲間達だった。


負傷した反逆者たちにはそれぞれ治療の為の騎士が付き、有り合わせの布で足と腕、そして頭部を応急処置をしている。


腕を負傷している者は軽傷のようだが、多分、主犯格なのだろう。手当てする騎士の他に、3名の兵士が主犯格の男を牽制するように切っ先を向けていた。残りの二人は意識がない。


すぐに移し身の術を使わなくてはとティアは使命にかられるが、これは王の意向に背いた結果だ。


ウィリスタリア国における反逆者達の末路は、投獄の後に斬首刑と決まっている。


もし仮に移し身の術を使って傷をいやしても、反逆者達は解放された後、すぐに斬首となる。それはかえって、多くの苦痛を与えることになってしまうだろう。


「あの……騎士様」


葛藤の末に、ティアはグレンシスの袖をひっぱり、そぉっと問いかける。


「なんだ?」

「あの方達は処刑されてしまうのですか?」


どストレートなティアの質問に、グレンシスはぐっと言葉に詰まった。


血生臭い発言を婦女子に向けることに抵抗感があるし、安易に答えることができないものでもある。


そんなグレンシスに代わって、アジェーリアが口を開いた。


「させない。わらわの命に代えても、じゃ」


青ざめた顔のままティアににこりと笑みを浮かべたアジェーリアは、おもむろに馬から降りる。


ピンヒールを履いているのに、よろけることもなく綺麗に着地して、主犯格の元へと足を向けた。

エリート騎士は、移し身の乙女を甘やかしたい

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