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沙里央
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柘榴とAI

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今日も購入されない。
いいねすら付かない。
一生懸命作った自分の作品が、飛ぶように売れたらいいのに。
そんな時、目の前に不思議な宝飾店が現れるらしい。
「その人にぴったりのジュエリー」を用意してくれるんだって。
+
「もう!やっぱり全然売れてないし!」
独り言を言いながら、私はスマホ画面を睨み付ける。
画面には、ネットショップのページが表示されている。
ハンドメイドを始めたのは半年前。
ここ数年でハンドメイドアクセサリーの人気が向上し、ネットでも一般人が作った作品が簡単に販売できるようになった。
道具一式をネットで注文し、届いたと同時にさっそく作品作りに取り掛かった。
しかし、出品しても一向に売れる気配はなかった。
「杏さん、仕事中にスマホをいじるのはやめてください。スマホはロッカーに入れておく決まりですよ」
説教をしてきたのは、同じ和菓子屋でバイトをしている陽菜子。
ちょうどそのタイミングで入ってきたお客のババァの接客を陽菜子に任せ、スマホを店の2階にある更衣室のロッカーに仕舞いに行く。
陽菜子は私に文句ばっかり。
後輩のくせに、いつも姑みたいな事を言ってくる。
階段を下りて店の方に戻ると、陽菜子の耳障りな声が鼓膜に響いてきた。
「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」
自動ドアの扉の前までお客を案内し、お辞儀をして見送るのがこの店のルールだ。
深々と頭を下げ、客が駐車場に向かったのを確認した陽菜子が店の中に戻ってきた。
私は、陽菜子とは極力話さないようにしている。
陽菜子は、私と同じく『cochiminna』という、大手ハンドメイドサイトで作品を販売している。
今や、出品する度に作品が即売り切れてしまう人気作家だ。
以前、休憩中に私がハンドメイドアクセサリーをネットで販売していると話したら、その後、陽菜子もいつの間にか始めていた。
私の方が先に作っていたんだから、本来なら私に許可を得てから始めるのが筋ってもんじゃないの?
「あらぁ~、杏ちゃん、おはよう」
女性の副店長がいつものように急に現れた。
「おはようございます」
今日は、私と副店長と陽菜子の三人体制だ。
店は駅からは遠いものの、リーズナブルな価格で進物などを気楽に購入できるという理由で、わりと繁盛している。
しかし、お客の癖もかなり強い。
「あんた遅いわよ!箱一つ包むのに何分掛かってんの!」
「申し訳ございません……」
「しかも熨斗の字が下手すぎる!こんなの先方に渡したら恥をかくわ!」
箱に入った和菓子は、包装紙を掛け、必要な場合は熨斗を付ける。
熨斗に書く文字は基本的に店員の手書きなのだが、私は本番に弱いせいか、字が上手く書けず、いつもお客に理不尽に怒られていた。
どうせ人に渡したって、熨斗なんて捨てちゃうんだから別に良くない?
渡した相手に、すぐにフリマアプリに出品されてたりして!
だけど私、もう大人だから声には出さない。
「お客様、うちの者が失礼致しました。熨斗ですが、こちらでいかがですか?
憤慨しているお客に、陽菜子が新しい熨斗紙を持って現れた。
「そしてこちらは今週販売されたばかりの新商品です。どうぞ」
そのお客に新商品の試食を薦めながら、陽菜子はにこりと微笑んだ。
「うん……あら、美味しいわ。これは自宅用で五つ頂こうかしら。熨斗の字も綺麗。さっきの下っ手くそなやつと交換してちょうだい、大至急ね」
そう言いながら、私の方を一切見ず、こちらに和菓子に刺さっていた爪楊枝を渡してくるお客。
ちょっ……、先の方を向けて渡さないでよ。
「かしこまりました」
陽菜子は、私の字で書いて貼ってあった熨斗紙と、私がさっき包んだばかりの包装紙を外した。
そして新しい包装紙であっという間に箱を包んで熨斗を付け、紐を掛けて綺麗な蝶々結びを完成させた。
「お待たせ致しました!お値段3580円です」
早っ!
あれだけ怒っていたお客も、いつの間にか上機嫌になっている。
お客にお釣りを渡してすぐ、陽菜子が私に耳打ちをしてきた。
「杏さんのお客様だから、杏さんがお渡ししてください」
私は陽菜子から商品が入った紙袋を奪い、「お待たせ致しました」と、微笑みながらお客に渡す。
お客は私から商品を受け取るも、陽菜子の方を見て「ありがとう」と口を開いた。
入り口で見送ろうとすると、振り返ったお客が陽菜子に手を振っていた。
「ありがとうございました」
私はそう言いながら深々とお辞儀をするが、お客は無視。
『お前には用がない』、贅肉がたっぷり蓄えられた背中が、そう語っていた。
「さすが陽菜子ちゃん!新作も買ってもらえちゃったわねぇ~」
冷蔵庫から補充用の商品を取ってきた副店長が、陽菜子に話し掛ける。
「……あの、副店長。熨斗の件なんですけど、杏さんと一緒にシフトに入ってる時は私が書いてもいいですか?杏さんさえよければ……」
はあ!?
「うーん、そうねえ……。プリンターで熨斗の字を印刷するのは、十枚とか、注文が多い時だけにしたいし……。杏ちゃん、そういう事で納得してもらえるかしら?」
「……はい、分かりました」
副店長に言われたら逆らう事はできない。
だけど、陽菜子の提案……いや、存在自体にイライラしてしまう。
上から目線がそんなに楽しい?
+
それから、陽菜子と同じシフトに入る時は熨斗の代筆か必要になった。
「熨斗、お願いします。『お祝い』で」
「『お祝い』ですね。はい、どうぞ」
他の注文を受けながらも、さらさらと私のお願いした熨斗紙に綺麗な文字を書き上げる陽菜子。
バイト中は、嫌でも陽菜子と話をしないといけないので、かなりのストレスになる。
振りだとはいえ、陽菜子に『お願い』をしなくちゃいけないなんて。
一方、私はというと、「おい!これ、帰ってから確認したら熨斗の上下が間違ってたぞ!恥かかす気か!!」 と、お客に恵まれない日々が続いている。
和菓子ばっかり食べてないで、カルシウムを取れよ!
「雨が降ってきたからお客様の足も遠のいちゃって。3人もいると持て余すわね~。そういえば陽菜子ちゃん、例の作家さんとのコラボ、どうなったの?」
副店長の口からは昼食の激辛ヌードルの匂いが激しく漂ってきて、歯茎と歯の間には唐辛子が三粒引っ付いている。
「コラボって……?」
何それ。私、聞いてないんだけど。
「あら、内緒だったの?ごめんなさいねぇ~。そうだ!私、在庫整理してくるわ~」
逃げるように副店長が冷蔵庫に向かった。
「どういう事?」
私は陽菜子を睨みつける。
「……実は、ドール作家の遊羽忌夢さんからオファーを受けて、ドールの洋服に付けるアクセサリーを作る事になったんです。バイトも辞める事にしました」
は!?辞める!?
「ハンドメイドだけで食べていくつもりなの?」
「たくさん商品が売れるようになって、もっと作業する時間が欲しいって思ったんです……。あと、」
「へぇえ!良かったね?辞めた事後悔しないといいね?いいよね、実家暮らしはいろいろ頼れてさ!」
陽菜子の顔付きが急に変わり、私から目を逸らさぬまま口を開いた。
「少し無茶かなって思いましたけど、今、挑戦しなかったら後悔すると思ったんです。次の人が入ってきて、仕事を一通り覚えてもらう間は店に残るつもりですから杏さんは安心してください」
……何こいつ、偉そうに。
「ほらほら。陽菜子ちゃんの勤務時間は終了ちゃったわよ~。早くタイムカード押してちょうだい。お疲れ様~」
補充する和菓子が入ったトレイを運びながら、副店長が戻ってきた。
「じゃあ、お先に失礼します。……杏さんも、お疲れ様です」
私は返事をせず、二階にある更衣室へ向かう陽菜子を睨み付けていた。
数分後。
着替えを済ませて階段を降りてくる陽菜子。
従業員用のドアを開けて店から出た陽菜子が 向かったのは店の隣のドラッグストアだった。
ガラス張りの店内からは外がよく見える。
買い物でもしてから帰るのだろうと考えながら見ていると、ドラッグストアの駐車場に停めてある一台の車の前で陽菜子が立ち止まった。
車のドアが開き、陽菜子と歳の変わらないの男性が出てきて、二人は笑い合いながらドラッグストアに入っていった。
……へぇ。陽菜子、彼氏がいたんだ。
+
タイムカードを押した私は、更衣室の中で一人苛立ちを感じていた。
接客も得意で字も上手くて彼氏もいて、何より自分が好きな事で生きていけるなんてズルい。
順風満帆という言葉を具現化したような陽菜子。
陽菜子が語っていたのは私が叶えたかった夢だ。
だけどそれを叶えられている人間なんて、世の中にどれくらいいるの?
ほとんどの人間が、妥協で、お金を稼ぐ為に仕事をしてるんでしょ?
バイトだって私より後から始めたくせに、人望も夢も掴んでしまうなんて、不公平すぎる。
私はロッカーに拳を叩きつけた。
苛立ちを抱えながら着替えを済ませて階段を降り、従業員用の出入口のドアを開けた瞬間だった。
「ようこそ。お待ちしておりました、杏様」
そこには見知らぬ空間が広がり、その中心に、綺麗な顔をした長身の男性が立っていた。
「は?何ここ!?」
私、店の外に出ようとしただけなのに!
「ここは願いを叶える宝飾店です。杏様の願いは『陽菜子様に負けたくない』でございますね?」
「はぁあ、陽菜子!?あんなの大した事ないし!そもそも負けてるとか思ってないし!」
「左様ですか。杏様にぴったりの商品をご用意させて頂いたのですが」
店の男性は残念そうな表情を浮かべながらそう言った。
何落ち込んでるのよ。
私が悪いみたいじゃない。
「だーかーらー!商品って何なの!? 私、家に帰りたいんだけど!」
「こちらの商品は『右腕になるアームレット』、二の腕に着けるジュエリーです。この商品を右腕に着けると、身の回りにいる人達に一目置かれ、『あらゆる人の右腕』になれる存在になれるのです!」
怪しいし駄洒落かよ。
ていうか、いつの間に商品を手の上に乗せたの?
「あなたは今の生活に満足しておられませんね?このアームレットを右腕に着ければ、人生が一変する事は間違いないでしょう!」
そんな事言われてもなぁ、私、お金もないし。
「お代は頂きません。こちらの商品は杏様にプレゼント致します」
プレゼント?
「はい。ですので、どうか受け取って頂けませんでしょうか?」
「じゃあ一筆書いてよ。『今後一切の請求はしません』って。そしたら受け取ってあげる。後から払えって言われても絶対に払わないからね!」
「かしこまりました」
店の男性の手には、いつの間にか紙と万年筆があった。
「これで宜しいでしょうか?」
店の男性があっという間に書いた念書を受け取り、私は頷いた。
「いいよ。貰ってあげる。よく分からないけど」
店の男性は指を揃えた右手を差し出し、そっと扉の方に向けた。
「現実世界に戻れば分かります。当店の商品は、きっとあなたのお役に立つ事でしょう」
気が付くと、私は自分の住むアパートの前に立っていた。
夢、じゃない。
私の右手には、確かにさっき店の男性が書いた制約書が握られていて、二の腕にはアームレットが着いていた。
+
次の日、いつも通りバイト先へと向かうと、かなり店が混んでいた。
「杏ちゃんおはよう。悪いんだけど、熨斗お願いできる?『御仏前』で。朝からプリンター故障しちゃって使えないのよぉ~」
制服に着替えて店に入った途端に副店長に熨斗紙を渡され、私は慌てた。
「お願い、急ぎなの。ここだけの話、上手に書けなくても怒らない常連様だから」
副店長が耳元で囁く。
陽菜子の方をちらりと見ると、別の接客をしている。
副店長も別のお客の方に行ってしまった。
私はしぶしぶ筆ペンを握り、キャップを取り、熨斗に文字を書き始める。
……ん、あれ……?
上手に書けてる……、よね?
「こちらでよろしいでしょうか?」
書き上げた熨斗紙をお客に見せると「うん、いいね。それで頼むよ」と、絶賛された。
包装も、いつもより手際よく、綺麗にできている気がする。
「お待たせしました」
商品を入れた紙袋をお客に渡し、出口まで見送る。
「ありがとうございました。またどうぞお越しくださいませ」と、いつも通りのテンプレを口から発しながら頭を下げる。
するとお客が私の方にくるりと振り向いた。
「前にうちの母が熨斗の事で怒ったみたいで悪かったね。字、綺麗になった。たくさん練習したんだね」
「……あ、ありがとうございます……」
不意を付かれたので驚いた。
何だろう、この感じ。
よく分からないけれど、今まであまり感じた事のない気持ち。
店の方に戻ると、「ほんと、今の熨斗、上手に書けてたわよ!この調子ね」と副店長が歯茎を見せて笑った。
陽菜子も、私の方を見てにこりと笑っていた。
……そうだよ!
だって私、やればできるんだから!
+
【とても素敵な商品でした。ありがとうございました!】
cochiminnaでは商品が少しずつ売れ始め、購入者からの良い評価も増えていった。
休日しか時間がないから、あまりたくさん作れないけど。
あの宝飾店で貰ったアームレットを着けてから、制作技術がどんどん向上していった。
あの不思議な店はあの日以降現れてないし、あの店の男性も何者が分からないけど、私、すごくいい物を貰っちゃた。
+
「そういえばさぁ、ドール作家とのコラボってどうなったんだっけ?」
私は、向かいの席で昼食の豆ご飯を口に運ぶ陽菜子に聞いた。
今日もお客が少ないので、陽菜子と休憩時間が被ってしまった。
「……実は、まだできてないんです。遊羽さんのドールにぴったりの、アクセサリーのデザインが浮かばなくて。遊羽さんは『焦らなくていい』って言ってくれてるんですけど」
「ぷっ!それ、バイト辞めてハンドメイドだけでやっていこうとしてる人のセリフじゃなくない?プロからしたら『舐めてんのか?』ってなるよ? 本当は遊羽さんもしびれを切らしてるのかもね!?」
「……そうかもしれません。私、もう休憩終わりだから行きますね」
陽菜子は泣き出しそうな表情になり、すぐに更衣室を後にした。
ざまあ!
この前に私に楯突いた時の威勢はどうしたの?
その時、主に製造に携わり普段は顔をあまり見せない店長が、色とりどりの和菓子を盆に乗せて休憩室に入ってきた。
「何かあったのかい?せっかく二人にも見てもらおうと思ったんだけどな」
「気にしないでください。それよりそれ、新作ですか?」
「そうなんだよ!今までで一番の自信作!実は、S-1グランプリからオファーが来てるんだ。」
「S-1グランプリって、令和に一番輝いてるショップを競うネット番組ですか?」
「そうよぉ~、優勝したらもっと忙しくなるから、杏ちゃん、頼むわねぇ~」
いつの間にか背後からぬっと現れ、私の両肩に手を掛けながら激辛ヌードルの匂いを撒き散らす副店長。
「ちょっと副店長、気が早いよ!」
大笑いしながらも、まんざらでもなさそうな店長。
「……副店長、店はいいんですか?」
「お客様の入りが悪いから陽菜子ちゃんに任せてあるの。何だか、いつもより元気がないみたいだけど……」
陽菜子の奴、いつもの『私、繊細なんですアピール』発動しやがって。
「お昼の豆ご飯、陽菜子の母親が寝ぼけて塩を大サジ二杯入れたとか言ってた気がします。そのせいじゃないですか?」
店長と副店長は不思議そうに顔を見合わせた。
正直、店の方は流行らないでほしいな。
同じ時給だったら、仕事量は少ない方がいいもんね。
++
「私の代わりに、遊羽さんのドールの為のアクセサリーを作ってくれませんか?」
その提案をしてきたのは陽菜子本人だった。
驚いて返事ができないでいると、「どうしてもデザインが浮かばないから、今回は諦めようと思うんです。遊羽さんに伝えたら、『じゃあ、別の作家さんを紹介してほしい』って言われて……」 と陽菜子が続けた。
「……別の作家っていうのが、私?」
私は人差し指を自身の鼻に当てた。
陽菜子が頷く。
「お願い、できますか……?」
有名ドール作家の作品とコラボしたら、私の知名度が爆上がりするんじゃない!?
「いいよ!引き受けてあげる!」
私は快く陽菜子の提案を入れた。
++
【遊羽忌夢さんとコラボされたのはこちらのショップですか?素敵なアクセサリーばっかりですね!】
【事前にインスタで出品日時を告知してほしいです。いつもすぐに売り切れてて買えないんです】
遊羽忌夢とのコラボは大成功し、私のネットショップは瞬く間に有名になった。
コラボしたアクセサリーは遊羽忌夢に指定された住所に送っただけだから、まだ直接会った事はないんだけどね。
店の方は、求人募集を見た三十代と四十代の主婦が二人、新人として働きはじめたところだ。
「実は私も店を辞めようと思ってるんです。ご存知の通り私、ハンドメイドの方が忙しくなっちゃって。シフトを減らすだけじゃ時間が作れなくて」
開店前、朝の製造を終えたばかりの店長に切り出した。
「シフトを減らしたのは、そのハンドメイドっていうのが忙しくなったからだったんだね。僕くらいの歳になると、どうもネットとかに疎くて」
私の活躍を知らないのかよ、老害。
「店長もS-1グランプリで優勝したし、これから店の方も忙しくなると思うから申し訳ないんですけど……」
「ああ、お陰様で。取り上えず、後一ヶ月は大丈夫だね?それまでにパートさん達にも何とか覚えてもらわないとなぁ……。でも応援してるよ、頑張りな!」
店長はニコニコしながら加齢臭を放っていた。
後一ヶ月もすれば、この店ともおさらば。
熨斗の字も包装も上手くなり、私を誉める客も増えてはきたけれど、やっぱりおかしなお客もいるからストレスはゼロにはならない。
だいたい私、接客とか、人に頭を下げる仕事とか向いてないんだよね。
「なんか悪いね?陽菜子よりも有名になっちゃって!」
店全体に掃除機を掛け終わったばかりの陽菜子に話し掛ける。
「私にはまだ無理だなって思ったから断ったんです。悪いなんて思わないでください。杏さんの努力が報われた結果ですから」
「努力っていうか、まあ実力?手を抜いて作っても、どうしても才能が溢れ出ちゃうんだよね」
「ヘ、へぇ……。そうなんですか。あ、もうお客様が外で並んでますね?しかも何だか珍しい年齢層……」
店の外にいた10代後半くらいの若い者が、スマホをいじりニヤニヤしながら、自動ドアのガラスをノックするように叩きはじめた。
何だろう? S-1グランプリの影響で、若者が和菓子に映えを求めるブームが来たとか?
「二人とも、少し早いけど、開店しよう。若いお客様達のご来店だ」
製造室から出てきた店長が、やはりニコニコしながら、自動ドアのロックを解除した。
ウィ……ンという無機質な音と共に、ぞろぞろと若者達が入ってきて、その内の一人の男子が、スマホをいじりながら口を開いた。
「あのぉ!ここに、葉栗杏さんって人働いてますかぁー!?」
男子の持っているスマホの構えは、どう考えても画像か動画の撮影モードになっていて、私を撮っているように見える。
「私が葉栗ですけど……?」
もしかして、店外から見えた私に一目惚れして、公開告白に仲間が付いてきた感じ?
「お客様、申し訳ありませんが、店内は撮影禁止ですので……」
店長がさりげなく注意しようとした瞬間、周りの若者達のテンションが一気に上がった。
「はーい!!視聴者の皆さん!パクリ作家、葉栗杏のバイト先はやっぱりここでしたぁー!!」
……はい?
「ドール作家とのコラボが切っ掛けでハンドメイドの売上が上がってきてたみたいですが、実は全部のデザインが他の作家さんのパクリなんですよね!?」
男子の仲間だと思われる女子が、私におもちゃのマイクを向ける。
「ちょっとちょっと。何事ですか? 騒ぐなら迷惑にならない所で……」
店長が若者達から私を隠すように、前に立つ。
「あ、店長さんですか?どう思います? あなたの店の従業員、他人のデザインを盗んで利益を得てたんですよ?」
別の仲間がタブレットの画面を店長の目の前に差し出した。
そこには、私の作品と、他の作家の作品を並べた画像がいくつも載っていた。
「画面の左側の白栗さんの作品がパク、右側の他の作家さんの作品がラレ。つまり、デザインをパクった方とパクられた方って事ですね!」
男子が得意気に説明をしている。
……だって、技術は向上したけどデザインはまったく思い付かなかったんだもん。
だからいろんなサイトで他の作家達のデザインを見て参考にしたの。
同じデザインでも、私の作った商品の方が圧倒的に売れてたんだから、それはもうそういう事でしょ?
元々の作品をもっと上手に作って世の中に広めてあげたんだから、礼こそ言われても文句を言われる筋合いなんかないんですけど!
「君、今の画像を、もう一度よく見せてくれないかい?」
撮影をしていた方の若者を宥めていた店長の表情が、タブレットに向いた瞬間、急に強ばった。
「え?いいっスけど……。ほら」
あ、ヤバ!
店長が画面を凝視した後、私の方を見た。
「……杏ちゃん。これはどういう事だい?
ラレの方には、店長がS-1グランプリに新作の和菓子が写っていた。
その横には、店長の和菓子のデザインをアクセサリーにして販売していた私の作品が、パクとして表示されている。
「違うんです!そう、参考にしただけなんです!店長のは食べ物だけど、私のはジュエリーだし!全然別物ですよね!?」
店長は短い溜め息の後、続けた。
「悪いけど、来月と言わず今日限りで辞めてもらえるかな?」
普段はボーッとしている店長が、こんなに怒ってる。
「あの和菓子は、去年に亡くなった妻と一緒に考えた、思い入れのある作品なんだ。……今までクビにならなかっただけでマシだったと思ってほしい」
「おおっとぉ!? すごい展開になってきたぁー!!葉栗さん、店長のアイデアも盗んでたって事ですよね!? そして、クビになる瞬間もLIVEで撮れました!視聴数、伸びてるぅー!!」
撮影担当らしい男子が、スマホを構えながら更に私に詰めよってくる。
やめて!撮らないで!!
私は飽くまでも参考にしただけ!!
悪気なんて全然なかったの!!
だから私を責めないでよ!!
+
私が他人のデザインを参考にした事はあっという間にネット上に拡散され、出品していた商品は売れなくなった。
【パクリだと分かっていたら買わなかったです。返金してください】
購入者からの理不尽な苦情もたくさん寄せられた。
そしてネットの特定班達によって私の住所がバレ、拡散されてしまった。
『パクリ女の自宅はここだ!』と書かれた張り紙が数十枚、アパートのドアの外側から張られたり、落書きされるようになった。
作業風景を撮った時に少しだけ写り込んだ窓の外の景色からアパートを特定するとか、どれだけ暇なの!?
バイト先だってそう。
やはり画像に写り込んでいた、洗濯済みの和菓子屋の制服から割り出されたらしい。
その能力と執念を他の事に活かせよ!
ドンドンと、玄関のドアを外から叩く音に驚き、立ち上がる。
ドアスコープから覗くと、見覚えのない若い男女数人の内の一人がドアを叩いているらしい。
「こんばんはー!ここ、パクリエイターの葉栗さんの家ですよね!?いるの分かってますから、出てきてくれませんかー?」
その後ろの女の手には、やはり動画モードで構えているはずのスマホが見える。
もう、いい加減にしてよ!!
私は両手で頭を抱えながら、玄関と真逆のベランダに逃げ込む為に引き戸を開けた。
その瞬間、景色が変わった。
「当店の商品をここまで使いこなせていないお客様は、あなたが初めてですね」
そこにはあの宝飾店があり、店の中央には肩をすくめて「やれやれ」というジェスチャーをした店の男性が立っていた。
「あんたの店の商品のせいで私、悪者にされてるんだけど!責任取ってよ、ねぇ!」
私は、店の男性の胸をぽかぽかと殴る。
店の男性は顔色一つ変えず、私を見下ろしている。
「……かしこまりました。当店の商品は、アフターサービスもしっかりしておりますから。ですので、暴力はお止めください」
店の男性は、私の両手首を掴みながら、視線の高さをこちらに合わせるよう上半身をかがめて顔を近づけ、微笑んだ。
「わ、分かったら、手を離してよ」
店の男性は笑顔を浮かべているはずなのに、何故だか怖い。
私から手を離した店の男性の手の平には、キラキラと輝くジュエリーが乗っていた。
「時を操るバングル。当店の人気商品でございます。本来は手首に着用していただくのですが、和菓子屋では手首にジュエリーを付ける事は禁止されているようなので、腕の中央に着けて頂けるようにサイズ調整致しました」
店の男性は、バングルから私の方に視線を移した。
「これは飽くまでも助言ですが、遊羽忌夢様とのコラボの件は断られた方がよろしいかと」
「はぁ!?何でよ?陽菜子が作れないって言うから、私が引き受けてやったんでしょ?」
「無理に引き留めるような事は致しません。今度こそ、きっと当店の商品がお役に立ちますよう……」
店の男性が頭を下げた瞬間、私の意識は遠退いた。
+
気が付くと、私はバイト先の従業員入り口の外に立っていた。
鞄からスマホを取り出し、日付を確認する。
ちゃんとあの日……、宝飾店が現れた日に戻ってる!
そして右の二の腕にはアームレット、右腕の中央にはバングルが付いてる!
+
【遊羽忌夢さんとコラボされたのはこちらのショップですか?素敵なアクセサリーばっかりですね!】
【事前にインスタで出品日時を告知してほしいです。いつもすぐに売り切れてて買えないんです……】
しばらくして、陽菜子は前と同じように 「遊羽さんのドールの為のアクセサリーを作ってくれませんか?」と私に頼んできた。
快く引き受けた私と遊羽忌夢とのコラボはやはり大成功し、私のネットショップは瞬く間に有名になった。
デザインはやはり浮かばなかったので、パクリだと言われない程度のかなりシンプルな物にした。
一度目の時とはデザインは全く違うのに、ユーザーの反応は同じなんだ。
結局、商品よりも話題性が大事だって事?
だったら話題になった者勝ちじゃん!
+
【一度、食事をしませんか?葉栗さんと、創作に付いてお話をしてみたいです】
遊羽忌夢からDMが届いたのは、コラボをしてから一ヶ月ほど経った頃だった。
一度目は、すぐにあの突撃型YouTuber達が乗り込んできたから、遊羽忌夢からの連絡は一切来なくなっていた。
でも二度目は違う。
私は一人前のクリエイターとして、遊羽忌夢に認められたんだ……!
+
「ごきげんよう。白栗杏さんですね?遊羽忌夢です。以後お見知りおきを……」
田舎の、一時間に一本しか電車がとまらない無人駅を降りると、日傘をさしたゴシックな出で立ちの女性が佇んでいた。
そして私の姿を確認すると、スカートの裾を摘まみ、お辞儀をした。
「さ、お乗りになって」
遊羽忌夢のすぐ側にはリムジン。
髭を生やした初老の運転手が助手席のドアを開く。
私は促されるまま車に乗り込んだ
+
一時間ほどが経っただろうか。
車の窓の外に広大な屋敷が見えてきた。
「ここが私の自宅兼アトリエなの。さ、遠慮せず上がって頂戴」
車を降り、自動で開いた門の中へと進むと、奥に見えていた西洋風の屋敷の前に辿り着く。
客間に案内されると、運転手の男性が、飲み物を運んできた。
……広いな。
私は飲み物を口に運びながら、ぐるりと部屋の中を見渡す。
「うふふ。何もない所でしょう?辺鄙な所だから、あまり人を呼ぶ機会がなくって」
遊羽忌夢は嬉しそうにワゴンで運ばれてきたスタンドから一つ、お菓子を指先で摘まんで口に運んだ。
「都会で暮らそうとは思わないんですか?」
「ここが落ち着くのよ。この辺はすべて私有地だし、どれだけ騒音を立てても誰にも咎められないしね」
「騒音……って、ピアノの音とか?」
私は部屋に置かれたグランドピアノに視線を向けた。
「いいえ、悲鳴よ」
悲鳴って?
そう聞き返そうとしたが、声にならなかった。
カップの持ち手を握る力が失せ、陶器の割れる音が、遠く鼓膜に響く。
何これ……。
何だか、意識が遠くな……って……。
+
どれくらい気を失っていたのだろう。
目を覚ました時、私は何かに手足を十字に張り付けられ、拘束されていた。
視界には、チェーンソーを持った遊羽忌夢の姿。
ひっ……!
声にならない悲鳴をあげると、遊羽忌夢が嬉しそうに笑った。
「大丈夫、怖がらないで。あなたは私の作品のパーツに選ばれたの」
作品!?何を言ってるの!?
部屋は薄暗く、背の高い置物のような物がいくつか並べられており、そのすべてに白い布が掛けられていた。
「ほら、見て頂戴」
大きな何かに被さっていた布を遊羽忌夢が剥ぎ取ると、それは現れた。
人の形をした何か……、おそらく人だったものだ。
そして、何故か右腕だけがない。
「ほら、バランスって大事でしょう?いろんな人体を組み合わせて最高の作品に仕上げるのが私の表には出せない趣味なの。……だから、あなたの右腕を頂戴?」
チェーンソーの刃が、ギュルギュルと勢いよく回り出した。
助けて!
文句言われてもバイト頑張るから。
ハンドメイドで食べていこうなんて思わないから。
誰か……!
誰か、助けて……。
++
「やっぱり陽菜子ちゃんも、杏ちゃんと連絡が取れないの?」
副店長が心配そうな表情を浮かべながら聞いてくる。
「……はい。電話を掛けても充電が切れてるみたいで……」
杏が行方不明になってから一週間が立った。
「実家に連絡しても帰ってきてないらしいし、ご両親は行方不明届けを出したみたいだよ。……無事で見つかるといいんだが」
店長が眉間にシワを寄せて溜め息を吐く。
「……そうですね。私も、すごく心配です」
杏は無事な姿で見つかる事は、まずないけどね。
今頃、杏の右腕は遊羽忌夢のオリジナルドールの一部となり、あの屋敷の中に飾られているのだろう。
「そういえば陽菜子ちゃん、お祖父さんを受け入れてくれる病院が見つかったんだって?」
「はい、なかなか空きがなくて、自宅での介護が続くと思ってたんですけど、正直ホッとしました」
「お祖父ちゃんもきっと、陽菜子ちゃんのその気持ちだけで十分だろう。兄妹二人だけでの介護、今までよく頑張ってきたね。いろいろと大変だろうが、これからはもっと陽菜子ちゃん自身の時間を楽しめるように願ってるよ。……おや、もう退勤時間だ。上がっていいよ」
にこりと微笑む店長。
タイムカードを押し、階段を上がって更衣室のドアを開けると、そこにはあの宝飾店が広がり、店の男性が微笑んでいた。
「当店の商品がお役に立ったようで何よりです」
店の男性は、私の右腕に目をやった。
+
遊羽忌夢とコラボするはずのジュエリーのデザインが浮かばずに悩んでいた頃、目の前に不思議な宝飾店が現れた。
「遊羽忌夢様とは距離を置かれた方が賢明かと。そして陽菜子様。あなたは杏様を『この世から消えてほしい』と思うほど憎んでおられますね?」
店の男性は、私の本音を言い当てた。
杏の事はずっと嫌いだった。
毎回大人気ない意地悪をされてストレスは溜まるし、ミスのしわ寄せはこっちに来るし。
それ以上に、無駄に自分に自信があるところがムカついていた。
「ネットショップで販売してるんだー」と、下っ手くそなアクセサリーの画像をドヤ顔で見せられた時は、心の中で爆笑していた。
「私の方が上手く作れるから」
口には出さず、実力で見せつけた方が早いと思った。
最初は不純な動機がだったけれど、だんだん本当にハンドメイド楽しくなってきたのだ。
それにしても、まさか杏が他人のデザインを盗んでいたなんて。
お陰で、私まで過去を数ヶ月やり直さないといけなくなった。
私が右袖をまくると、腕の真ん中辺りに付けていたバングルが現れた。
そしてバングルは私の腕からフッと消え、次の瞬間には店の男性の手の平の上に乗っていた。
「腕の真ん中って、違和感があるかなって思ったんですけど、着け心地が良かったです」
「改良した甲斐があります。ハンドメイド、根を詰めすぎずに自身のペースで頑張ってください。またの機会があれば、私とコラボしていただけますか?」
「えぇ~、それはちょっと怖いかも……」
「それより、先ほどからお兄様がドラッグストアの駐車場でお待ちのようですよ」
「え?」
一瞬、入ってきた風に気を取られ、開いた窓の外にやった視線を再び戻した時、店の男性の姿は消えていた。
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饅頭屋を遠くに見やり、店の男性は話し始める。
「杏様は、自己を過大に評価せず、地道に努力を重ねていればよかったのです。自分のペースで、他人と比べずに生きていれば、穏やかな日常を過ごせたでしょうに。杏様には最期までご理解いただけなかったようですが。せめて今世での教訓を、来世に活かしていただきたいものです」
学生達が、わらわらと列をなして駅の方に向かう。
「あれ?」
その中の一人の女子生徒が呟く。
「どうしたの?」
友人らしき女子生徒が声を掛ける。
「……うん。今ね、そこに背の高い男の人が立ってた気がするんだけど、一瞬で、消えた?みたいに見えて」
「何言ってんの!テスト期間で寝不足だからって、幻覚でも見たんじゃない?」
「たしかに、そこにいたと思うんだけとなー……」
「ほら、もうすぐ電車が来るよ!」
納得がいかない表情を浮かべたまま、女子生徒がその場を後にする。
学生達が通りすぎたその場所にはやはり誰もおらず、アスファルトから生えた野花が静かに揺れているだけだった。
コメント
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うわああ第8話読み終わったよ…!!😭💦 アームレットでどんどん人生変わっていく杏さんが最初は「よかったね!」って思ったのに、まさかの時を操るバングルで陽菜子さんも裏で動いてたとか、遊羽忌夢さんがマジでヤバい人だったとか…もう二重三重に仕掛けが効いてて震えた!! 「右腕」の意味が最後で物理的な恐怖に変わった瞬間、鳥肌立ったよ…😨💔 沙里央さんの世界観、本当に引き込まれるし、最後の「もう戻れない感」がたまらなく切なくてずっと余韻が残ってる…次の展開が気になりすぎるよ!!🌸✨