そして、翌週。
お正月気分もすっかり抜け、朔也と美宇はいつもの日常に戻っていた。
朔也は美宇に同居を提案し、美宇も快く承諾した。
アパートを退去することを大家の瀬川に伝えると、彼女は快く了承してくれた。
美宇が住んでいた部屋は、すぐに隣人の絵美が借りることになった。
絵美の恋人で医師の高見沢圭は、小峰医院を継ぐ予定だったが、医院のリフォームがまだ進んでいない。
真冬で地元の職人が出稼ぎに出ているため、人手が揃うのは春以降になるらしい。
二人が住める賃貸物件も見つからず、当面は美宇の部屋を倉庫代わりに使うことになった。
この日、美宇が仕事から帰ると、アパートの前で絵美にばったり会った。
「美宇ちゃん、お帰り」
「ただいま」
「どう? 引越しの準備は進んでる?」
「はい。荷物も少ないので、すぐ終わりそうです」
「いいなぁ~、私は物が多すぎて整理が大変! 少し減らさないと……」
「でも、春頃まではここにいるんですよね?」
「うん。春から医院のリフォームが始まるから、その後に引越しかな」
「じゃあ、ゆっくり整理すれば大丈夫ですよ」
「そうなんだけど、仕事が暇な今のうちに少し片付けておかないとね。でも、美宇ちゃんの引越し先が近くて良かった。少し離れるけど、ご近所なのは変わらないからね~」
「ふふ、そうですね。それに、絵美さんが小峰医院に引っ越したとしても、同じ町内だし」
「そうそう、その『小峰医院』っていう名前、変える予定なの」
「そうなんですか?」
「うん。もっと今風のオシャレな名前にしようって、今二人で考えてるんだ~」
「わぁ、それは楽しみですね。でも、いよいよ絵美さんも院長婦人になるんだ~」
「やだ、恥ずかしいからやめてよ! でも、病院の名前が決まったらすぐに知らせるね~」
絵美はそう言って、楽しそうに笑った。
その笑顔は、幸福感に満ちていた。復縁した恋人との毎日が充実している証拠だ。
(良かった……絵美さんも幸せそうで……本当に良かった)
美宇は微笑みながら絵美に挨拶をして、部屋へ入った。
2月になり、美宇は朔也の家に引越した。
大きな家具はなかったので、業者は頼まずに、朔也と蓮にすべて運んでもらった。
綾も手伝ってくれたので、引越しはあっという間に終わった。
引越して二日目の夜、美宇と朔也は蓮の店で夕食をとった。
二人が交際を始め、同居することになったことを、曽根夫妻は心から喜んでくれた。
「朔也先輩、最近浮き足立っちゃって、おかしいくらいですよ」
蓮が冗談めかして笑うと、美宇は首をかしげた。
「そうなんですか?」
すると、綾も笑顔で続けた。
「そうなの。うちにコーヒー豆を買いに来るとき、無意識に鼻歌なんか歌っちゃったりしてね~。それに、ケーキも頻繁に買ってくれるでしょう? 前はそんなことなかったのにね。まあ、うちとしては、ありがたいんだけど~」
綾の言葉に、朔也は照れくさそうに言った。
「だって、美宇が綾ちゃんのケーキのファンだからね」
「綾さんのケーキ、とっても美味しいんですもん」
「もし美宇が太ったら、綾ちゃんのせいだな」
朔也の言葉に、綾が慌てて言った。
「ひどーい! それなら、美宇ちゃんに運動させないと!」
すると蓮がすかさず言った。
「ケーキを控えさせるんじゃなくて、運動させるの?」
「そうよ。ケーキを控えたら、うちの売り上げが減っちゃうじゃない」
「うちの嫁さんはしっかりしてるなぁ~」
呆れたような蓮の声に、三人は声を上げて笑った。
そこで、綾が再び口を開いた。
「美宇ちゃんはもともと細いから、少しくらい太っても大丈夫よ。それより、私の方が大変なんだから。歳のせいか、最近全然体重が落ちないのよ~」
嘆く妻に向かって、蓮が優しく言った。
「僕は少し太った綾も、可愛いと思うよ」
そこで、朔也が笑いながら口を挟んだ。
「はいはい、ごちそうさま~」
「ふふふ」
美宇もつられて笑った。
薪ストーブの温もりに包まれた店内には、四人の笑い声が響いていた。
この地に来てから、美宇は笑顔が絶えなかった。
凍えるように厳しい寒さの中、なぜか東京にいたときよりも笑顔が増えていた。
それはもちろん朔也の存在もあったが、それだけではない。
この街の人々の温かさが、美宇を幸せな気持ちにしてくれていたのだ。
この場所だからこそ、この幸せを味わえるのかもしれない……美宇はそんなふうに思った。
そのとき、蓮が朔也に尋ねた。
「新作は四回目の焼成で成功したんですって?」
「そうなんだ。久しぶりに手こずったよ」
「今度の個展で発表したら話題になるでしょうね~。残念ながら僕たちは行けないけど、終わった後にいろいろ聞かせてください」
蓮に続いて、綾も口を開いた。
「新作の写真、美宇ちゃんから見せてもらいました。朔也さんの新境地になりそうな素晴らしい作品ですね。個展での反響が楽しみです」
「ありがとう。どんな反応があるかわからないけど、精一杯頑張ってくるよ。帰ったらここでお疲れ様会をやるから、そのときはよろしくね」
「はい。楽しみにしています」
「美宇ちゃんも、サポート頑張ってね」
「はい。頑張ります」
その後も店内には四人の笑い声が響いていた。
厳しい寒さの中、薪ストーブの温もりに包まれながら、美宇は愛しい人と優しい仲間たちに囲まれて、幸せなひとときを過ごした。
コメント
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朔也さん溺愛してますね🩵 片時も離れたくない😁一緒に住むことになり、更に愛が深まりそう💓 個展が終わったら入籍かな😊 絵美さんも圭さんと新しい生活✨✨幸せになれて良かった💓
皆さんいい人で笑顔がいっぱいでいいですね😊 やっと一緒に住めますね🏠 お互い支え合っていい時間を過ごして欲しいなぁ
いつまでも甘々溺愛の朔也さん💘✨ 無事お引越しも完了して個展に出す作品も新境地になるくらいの素晴らしい出来なのはスゴイ‼️ 愛の力もあるんだよね😋 個展の成功は今の時点でも伝わってくるけど、高評価過ぎて朔也さんだけでなく美宇ちゃんにも様々な目が向けられない事を祈ってます🙏(これまでが幸せすぎるので、取越し苦労ならいいんだけど😥)