そして札幌での個展の前日、二人は車で札幌へ向かった。
展示作品はすでに運搬され、札幌のデパートに届いている。
助手席にいる美宇は、雪道に揺られながら朔也に尋ねた。
「札幌には、車で行くことが多いんですね」
「そうだね」
「飛行機が嫌だから?」
「ん? それはどういう意味?」
「えっと……香織さんのことがあったから、空港へは行きたくないのかなと思って」
美宇が遠慮がちに言ったのを見て、朔也は笑いながら言った。
「あはは、それはないな。だって、空港が苦手なら東京にも行けないだろう?」
「新幹線……とか?」
「新幹線は乗るまでに時間がかかりすぎるよ。僕が車を使うのは、ただ運転が好きなのと、人混みが苦手だからだよ」
「そうだったんだ……」
「それに、車なら美宇と二人きりで過ごせるからね」
朔也は甘い声で囁くと、左手で美宇の手を持ち上げ軽くキスをした。
その瞬間、美宇の心は愛で満たされた。
「ふふっ、いつも二人だけどね」
「いや、陶芸教室のときは二人きりじゃないだろう?」
「教室は週に三回、数時間だけよ。それも我慢できないの?」
「我慢できないなあ。僕はいつだって美宇を独り占めしたいんだ」
少しかすれた囁き声に、美宇は思わず頬を染める。
それに気づいた朔也が、優しく言った。
「美宇、札幌での三日間を楽しもう! 美味しいものを食べて街を歩いて、美宇の望みは何でも叶えてあげるから」
愛に満ちた言葉を聞き、美宇の心は幸せでいっぱいになった。
「ありがとう。楽しみ!」
「ははっ、じゃあ運転頑張りますか」
「安全運転でお願いしまーす」
二人は同時に笑い声をあげた。
フロントガラスの向こうには、雪が降りしきる真っ白な世界が広がっている。
その景色はまるで、この世に二人だけしか存在しない……そんなふうに感じられた。
二人きりの時間を噛みしめながら、札幌までの楽しいドライブは続いた。
札幌に着いた二人は、まずホテルへチェックインした。
もちろん、二人は同じ部屋だ。
荷物を置くと、朔也が美宇に言った。
「ちょっと会場に行って展示の様子を確認してくるよ。その後、街に出ようか」
「はい」
「美宇はここで少し休んでて。すぐ戻るから」
「分かりました」
美宇は一緒に会場へ行きたいと思ったが、あの高梨亜子がいるかもしれないと思うと口にできなかった。
朔也の仕事の邪魔だけはしたくなかったので、彼の言う通りおとなしく部屋で待つことにした。
美宇は一人部屋に残り、個展が開かれるデパートのホームページを検索してみる。
すると、朔也の個展の宣伝が、ホーム画面に大きく掲載されていた。
(すごい……こんなに大きく宣伝してくれてるんだ……)
それを見て、美宇は改めて朔也が著名な陶芸家であることを実感した。
そのとき、宣伝の右下に『広瀬アートスクール・作品展』の文字を見つけたので驚く。
(そっか……もうそんな時期なんだ)
美宇が以前勤めていた広瀬アートスクールでは、毎年この時期に作品展が開かれ、全国の主要都市を巡回していた。
きっと、美宇が教えた生徒たちの作品も展示されているだろう。
(明日、時間があったら見てみようかな)
美宇は、生徒たちの懐かしい顔を思い出しながらそう考えた。
しばらくして、朔也が部屋に戻ってきた。
「展示はどうでしたか?」
「一部修正したけど、ほぼ完璧だったよ」
「それはよかった」
「じゃあ、出かけようか」
「はい」
「夕食にはまだ早いから、ちょっとショッピングに行ってもいいかな?」
「ショッピング?」
「明日着る服を、美宇に選んでほしいんだ」
その言葉に、美宇は驚いた。
(そっか、さすがにジーンズじゃまずいわよね)
個展の初日は来客も多く、取材も入る予定だ。
だから少しきちんとした格好をした方がいい。
「分かりました。きちんとした格好ですよね?」
「うん、頼むよ。初日は、美宇が選んでくれたものを着たいんだ」
「ふふっ、承知しました。素敵なのを選ぶわ」
美宇は満面の笑みで答え、朔也と一緒にホテルを後にした。
二人はまずデパートへ向かった。
さすが札幌だ。最新の流行の紳士服がずらりと並び、東京に決して劣っていない。
売り場を一通り見た二人は、いくつか候補を決めた後、今度は通り沿いのセレクトショップへ向かった。
朔也が以前行ったことがある店のようだ。
そこで美宇は、朔也にぴったりのジャケットを見つけた。
「これ、すごく素敵! 絶対似合うと思う!」
美宇が自信ありげに声を上げると、朔也はそのジャケットを手に取った。
それは、イタリアンカラーのグレンチェックのジャケットだった。
「こういう衿のジャケットは着たことないなあ。ちょっと試着してみるよ」
「うん」
すると、スタッフが二人のそばに近づいてきた。
「お手伝いいたしましょうか?」
ファッションモデルのように洗練された男性スタッフが、二人に声をかけた。
「このジャケットに合うインナーとパンツを選んでいただけますか?」
「かしこまりました。お客様はスタイルがよろしいので、こちらなどいかがでしょう?」
スタッフが差し出したのは、黒の細身のパンツとオフホワイトのタートルネックニットだった。
「白……ですか?」
白系のセーターをほとんど着たことのない朔也は、少し戸惑った。
「はい。普通は黒を合わせることが多いですが、あえて外すんです。白系のインナーは顔を明るく見せ、爽やかさも演出できます。お客様はワイルドな雰囲気の端正な顔立ちでいらっしゃいますので、この路線でまとめると意外性があって素敵かと……」
男性スタッフの言葉に、美宇は大きく頷いた。
「絶対素敵だと思う! 朔也さん、着てみたら?」
「うん……じゃあ、試着をお願いします」
「承知しました。どうぞこちらへ」
試着室へ向かう朔也の背中を見ながら、美宇の心臓は高鳴っていた。
(絶対に似合うわ……ああ、早く見たい!)
ジーンズ姿の朔也しか見たことがなかった美宇は、まるで初恋の人に会うような気分で胸をときめかせていた。
五分後、試着室から出てきた朔也を見て、美宇は驚いた。
いつもと違う雰囲気の彼に、再び恋に落ちたような気分になる。
「素敵! とっても似合ってる!」
「そう? じゃあ、これにするかな」
「うん!」
「すみません、じゃあ、この一式をお願いします」
「ありがとうございます。では、お着替えが終わりましたら、お会計をさせていただきますね」
朔也が着替えている間、モデルのような男性スタッフが美宇に笑顔で話しかけた。
「とてもよくお似合いでしたね。あの雰囲気なら、無精ひげをあえて生やした方が、さらに印象が強くなるかと」
「私もそう思いました」
「さすが、よく分かっていらっしゃいますね」
二人は同時にクスクスと笑った。
試着室から出てくると、朔也が美宇に言った。
「なんか、二人で楽しそうに話してたね」
「え?」
「やきもち妬いちゃったよ」
「あっ、あれは違うの。あなたのことを話してたんだから」
「僕の?」
「そう。髭は剃らない方がいいかもって……その方が、ワイルドで素敵になるからって」
「なんだ、そうだったのか」
朔也はホッとしたように笑顔を見せた。
「もしかして、やきもち妬いてた?」
「うん」
「私が朔也さん以外の男性に目移りするわけないじゃない」
「そうなの?」
「ふふっ、当たり前じゃない」
美宇がそう言った途端、朔也のたくましい腕が彼女を抱きしめた。
「キャッ!」
「悪い子だな、僕を心配させて」
「ごめんなさい。でも、そんなにやきもち妬くなんて思ってなかったから」
「僕は一生やきもちを妬くと思うよ。美宇のことが大好きだからね」
美宇は優しく微笑む朔也の瞳に、思わず吸い込まれそうになった。
そのとき、「コホン」と控えめな咳が聞こえ、スタッフが二人に声をかけた。
「お取り込み中のところ失礼いたしますが、お会計をさせていただきますので、どうぞこちらへ」
歩き出したスタッフの後を、二人はクスクスと笑いながら手をつないで歩いた。
そして会計を済ませ商品を受け取ると、二人は店を出て、手をつないだまま夕暮れどきの街を歩き始めた。
コメント
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仲良くお洋服を選ぶラブラブ&甘々な朔也さん&美宇ちゃん👩❤️👨♥️♥️♥️ たぶん展覧会では亜子さんがグイグイと…、それに美宇ちゃんの元彼の佐渡もやって来そうだけれど💦 どう考えても、ラブラブ熱愛中の二人の間につけ入る隙はないよね…🤭🤭🤭
甘ーいラブラブの2人にニヤニヤします😁❤️美宇ちゃんが大好き過ぎて、焼きもち妬いてる朔也さん可愛い💓 スクールの作品展で元カレに遭遇しそうな予感💦亜子さんもグイグイきそうだけど、ラブラブの2人なら何があっても大丈夫そうですね💑

無精髭キラ〜な私でもドキドキするぅん😆 甘々羨ましいなぁ🥰 嫉妬されてみたい‼️😁