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教室の空気は、乾いた笑いと気の抜けたざわめきで満ちていた。授業と授業の合間の十分間は、誰にとってもただの休憩ではなかった。そこは、「時間割には載らない課外授業」の時間だった。
「じゃあ今日の『即興劇場』いくか」
前の席の男子がそう言うと、クラスの数人がわっと笑い声を上げ、椅子をずらして「舞台」を作った。教室の中央にぽっかりと空いたスペースができ、そこに、当然のように遥と日下部が引きずり出される。
「今日のお題は、“親に愛されてない子が、担任の先生に人生相談”!」
「主演は遥。日下部は先生役な」
「先生、ちゃんと“まともそうに見えるけど結局無責任”って設定で頼むわ」
そんな無邪気な笑い声とともに、小道具として使い古しの教科書やモップが投げ込まれる。日下部は立ち上がらなかった。無表情に、机に肘をついて遥を見ていた。遥も動かない。ただ、黙ってそこに立ち尽くしていた。
「ちょ、はじまんねーじゃん」
「なに?演技力足りない系?」
「遥、演劇部じゃなかったっけ〜?」
「先生もなんか言えよ、なあ、“頑張ってるのは分かってる”とか、テキトーに泣かせてみろって」
誰かが笑いながら、教科書を遥の脚に当たる程度に投げた。
そのときだった。
「……ふざけんなよ」
日下部の声だった。掠れた、低い声。けれど、空気を裂くように冷たかった。
「お前ら、何がしたいんだよ、毎日。何が面白いんだよ、これの。……劇場って、これ、全部、自分の退屈を埋めてるだけじゃねえか」
一瞬、教室が静まる。
だが次の瞬間、笑い声が弾けた。
「うわー!出た出た!“正義感”キャラ!」
「“ふざけんなよ”って、名台詞きたなこれ」
「じゃあ来週の劇は、“正義感ぶった親友が闇落ち”でいこうぜ!」
日下部の反応そのものが、次なる「ネタ」として処理された。
遥は、まるでその空気を読み切ったかのように、声も顔も動かさなかった。ただ、ほんの一瞬だけ、日下部の方に視線を寄せた。その視線の先には、どうしようもない諦念と、わずかな哀しみが混ざっていた。
日下部の拳が、机の下で強く握られていた。
教師も、それを止めはしない。
「……はい、授業始めるぞ」
いつものように、黒板を叩いて教師が入ってくる。遥の足元に転がった教科書も、日下部の張り詰めた顔も、そのままスルーされた。
「席つけ。……“即興劇場”はまた今度な」
どこか本気で楽しんでいるような、その言い草に、笑い声がまた教室に戻ってきた。