テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝のチャイムが鳴るよりも早く、教室には既に「その日」のルールが貼り出されていた。
──《9月●日ルール:人格破壊DAY ※言い訳×、反応△、無反応◎》
──《今日のボーナスポイント:泣かせたら+20、担任が気づいても+50》
「……終わってんな、マジで」
低く呟いた日下部の声は、誰の耳にも届かなかった。いや、届いてはいたのだろう。ただ、誰も聞かなかったふりをしているだけだ。彼らにとって、これはもう授業と同じ。「制度」ではなく、「生活」の一部に組み込まれた――そして、笑いを取る手段でしかない。
「なあ、遥ぁ。昨日のアレ、覚えてるよな? “好きなとこ10個”ってやつ。結局、答えられなかったよな?」
「……」
「じゃあ今日はその逆。お前の“クソなとこ”をみんなで出してこうぜ!」
「よっしゃ、俺から! こいつ、声がキモい!」
「つか歩き方。あれ、健常者じゃねーだろ」
「えー、あたしはあの笑い方? 無理ー。生きてる意味ある?」
教室の空気が湿っていく。だが笑い声だけは、やけに乾いていた。
日下部は立ち上がる。
「やめろって言ってんだろ。何が面白ぇんだよ、こんなの」
笑い声がぴたりと止まる。その静寂の重さに、彼自身も一瞬、言葉を引っ込めかけたが――やはり飲み込めなかった。
「先生は? 担任、どこいんだよ。毎日貼られてんだぞ、こんなルール。見えてないわけねえだろ」
「先生、来てるよ」
女子生徒の一人が小さく笑って、教室の後ろを顎で指す。
そこには確かに担任の姿があった。だが、机に肘をついて、こちらを見ようともしていない。
「見て見ぬふりじゃないよ。見てるよ、ちゃんと。……でも、ね?」
その「ね?」が何を意味するのか、誰もがわかっていた。
教師の沈黙は、今日のボーナスポイントだった。
「じゃあ日下部くん。次、あなたが“遥のダメなとこ”言ってみて。ほら、ルールでしょ?」
女子が促すように微笑んだ。その目は、完全に「狩る側」のそれだった。
遥は、顔を上げなかった。だが、手だけは机の下でぎゅっと握られていた。
……日下部が、それに気づいたかどうかは、わからない。
数秒の沈黙の後、彼はぼそりとつぶやいた。
「……あいつ、弱いよ」
その場が、ほんの一瞬だけ静まり返った。
が、すぐに笑い声が湧き上がった。
「うっわ、日下部マジで言った!」
「え、ドン引き〜」
「お前も案外楽しんでんじゃん!」
騒ぎの中、遥の顔は変わらない。だが、拳の震えは止まっていた。
その震えが、怒りか、諦めか、それとも別の何かか――まだ、誰にもわからなかった。