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#エッチなの書けないから
m k .(nrkr
10
瑠璃マリコ
19,375
二人の婚約期間が半年目くらいの時期に入ると、今度は呪詛の様に『愛してる愛してる愛してる愛してる——』と何度も何度も何度も毎時間送れと、『私への愛を証明し続けて♡』と指示される様になった。すると叶糸は早々にプログラムを組み上げて、一時間置きに自動的にそれっぽい文章を送るシステムを構築した。即席で作った物だ、どうしたって最新のAI程には優秀では無いにしても『毎分毎秒、貴女の事を考えてしまう』『会いたくてたまらない、次に貴女に会えるのはいつになるんですか?』『恋しくて狂いそうだ、せめて夢の中だけでも会いたいと思いながら眠るよ』だのと、勝手に多種多様な愛を綴って送信し続けるという何ともヒト泣かせの代物をだ。
こっちは課題に研究に、日々の勉強だ何だと常に忙しいんだ。馬鹿みたいな要求に一々応えている暇なんかある訳がないだろ。
というのがその当時の叶糸の言い分である。実に真っ当な理由ではあるが、その文章が叶糸自身から送られてきているモノであると信じている側からしてみれば、この真実はたまったものじゃないだろうなぁ。
(……でも、私が全く同じ事を頼んだら、どういう反応するんだろう?)
——そんな疑問は隅に置いて、手元の報告書を読み進めると、どうやらスリエは律儀に一時間毎に送られてくる文面をすっかり信じ切っていたみたいだ。そういったプログラムを叶糸が組めるとは知りもしないし、納得である。だからって『私も好きぃ♡』と本気で恋愛に沼る様な女性ではなかった。
『結婚相手や交際相手が、私の事を好きで好きで堪らない』という事実だけを愛しているというタイプの人間だからだ。
『愛』だ『恋』だといった類の純真な感情を抱く能力がそもそも欠如しているんじゃないだろうか?と思う程、スリエは元カレや元夫達を少しも愛してはいなかった。なのにスリエは叶糸から送られてきた言葉を全て鵜呑みにし、愛されていると信じ切っていた。『アタシはぁ万人から愛されて当然っ』という自信過剰な自惚れがそう思わせたのだろう。
ある日の事。
叶糸はまだあと二年間は学生のままだ。結婚式は卒業するまで待つとしても、事前に『婚約式』を挙げようという話が急に持ち上がった。『婚約式』なんて平民や男爵くらいの爵位だとすっかり廃れた風習だ。しかもスリエは四度目の結婚なのだから、叶糸的には不要としか思えなかったのだが、『是非挙げたいの!皆にぃ、素敵なヒトと再婚するんだぞぉって自慢したいの!』と言われては断れない。物凄く面倒で、相当嫌々ではあったものの、北尾家側で全ての費用を負担し、準備も全て任せる事を条件に渋々了承した。
婚約式の前日。
『前日入りしてぇ、色々事前の打ち合わせとかしましょ。泊まる部屋も取ってあるからその部屋に直接来てぇ』と言われて都内にある高級ホテルに叶糸は向かった。フロントでルームキーを受け取り、すぐに部屋を目指す。
時間はまだ昼の十三時だ。『何もこんな時間から集合しなくても……』と内心思いながら、辟易した気持ちのまま指定された部屋に行く為にエレベーターに乗ると、叶糸が持っているルームキーに反応して自動的にエレベーターが動き出した。
どうやらリザーブしてある部屋はこのホテルの最上階の様だ。侯爵令嬢であるスリエなら最上級のスイートルームくらい取っていてもおかしくはない。
(……同室なんだろうか。せめてベッドだけでも別だといいんだが)
将来的には結婚する羽目になるヒトだとはいえ、半年が経過した今でも微塵も愛情を抱けていない相手との同衾は死ぬ程勘弁して欲しい気持ちで一杯だ。そんな心境を抱え、エレベーターが指定した階層に到着するのを、現在の階層を表示しているパネルを見ながら無表情のまま待った。
ポンッという音と共にエレベーターの扉がゆっくり開く。どうやらこのホテルのスイートルームは、室内へはエレベーターからの直結タイプだった様だ。ルームキーを持っていないと、そもそもこの階までは来られない仕組みらしい。
大きな窓や豪華な家具類が目の前に広がった。——までは良かったのだが……同時にとんでもない光景が叶糸の目に飛び込んできた。
四人掛け程はありそうな豪奢なソファーで、婚約者であるスリエが、複数の男達と乱行していたのだ。
スリエだけが一糸まとわず、他の男達も中途半端に脱いでいる。無理矢理感でも演出したいのか一応手首が縛られてはいるが、表情は明らかに『性行為をわざと他者に見せ付けて喜んでいる肉便器の顔』だったらしい。
反射的に顔を伏せ、叶糸が胃の内容物を全てその場に吐き出した。何度も咳き込み、その度に段々と吐き出すのは唾液や胃液だけになっていくのに吐き気が止まらない。すぐに清掃しないとホテル側に迷惑だなんて事は一切考える余裕無く、叶糸はエレベーターの扉の『閉』ボタンを叩き壊さんばかりの力で押し、続けてすぐに『一階』も押した。
すぐさま退避したおかげで結局はほんの数分程度の出来事で済んだのだが、あれ以上あの場に居るだなんてとてもじゃないが耐えられなかった。気持ちが悪い、吐き気が止まらない、汚物を不意に顔面へぶつけられたぐらいの不快感を伴う過剰なストレスの中に急に叩き落とされたせいか激しい頭痛にも襲われて、ただそこに立っているのすら辛い。エレベーターの中でも何度も嘔吐き、叶糸の顔色はもう真っ青だ。
(とんでもないモノを見てしまった……)
もちろん『愛おしい女が。まさか他の男とっ!』だなんて発想には微塵も至っていない。ただただ『何だったんだ、アレは』としか考えられなかった。
とにかくこの場から少しでも遠くに離れておきたい。何らかのプレイに巻き込もうと、引き戻されでもしたらたまったもんじゃないなと、一歩、また一歩とおぼつかぬ足取りで必死にホテルの出口まで歩いて行った。
——叶糸が過度のストレスに晒されている最中。
リザーブした部屋の中ではスリエが高笑いをしながら、嬉しそうに腰を振っていた。
『見たぁ?愛してやまない女がぁ、他の男達に汚されているのを見て、苦しんでるあの顔っ。あはははははは!もうホント最っ高!気持ちィィィィッイクッイクッ!——あぁぁぁぁぁぁっ、悲しくってぇ、苦しくってぇ、吐くくらいに絶望してやんのぉ!まぁそうだよねぇ、婚約式だからってぇ喜んで尻尾振って此処まで来てぇ、今夜は抱けるぅ?童貞捨てれるかにゃぁ♡って期待で頭ん中一杯だったのにぃ、婚約者はぁ別の肉棒達とお楽しみ♡とかぁ、もう壊れちゃうよねぇ♡婚約式だってぇアレを呼び出す為の嘘なのにぃ、マジでバッカみたぁーい。んな準備はしてませんよーだ。ヒャハハハハハハッ!あぁアァ、またイッちゃうぅぅぅっ。……あー。ねぇぇ、誰かあの子をぉ連れ戻してきてねぇ、もっとねぇ、あの顔を見ながらぁ、もっとイキたいのぉ♡』
……と、妄言を吐き散らし続けながら快楽に浸っていたが、指示通りに叶糸を連れ戻そうと動いた者は一人もいなかった。スリエの言葉を鵜呑みにした者もだ。金で雇われた男娼達は全員『……イヤイヤ、ちっとも愛してるのにって感じの顔じゃぁ無かっただろ』と酷く冷めた顔をしていたのだが、半年掛けて、待ちに待って仕上げた最高で最低な舞台によって得られる快感で脳内が完全に馬鹿になっているスリエだけは、現状を正しく認識出来ていなかったそうな。
(うぅぅっ。私まで吐きそうだ……)
マーモットな口元を押さえながら、ホログラム風の報告画面をそっと閉じる。文章を読んだだけでもコレなんだ、実際に目撃してしまった叶糸を思うと気が重くなる。今はもう、あれらの全てを完全に忘れてしまっていて本当に良かった。
学生の身でありながら養父の仕事内容をほぼほぼ掌握してる事を最大限に利用して、この時は西條家との縁を避ける事には成功したのに、結局は同等か、ある意味ではもっと酷い女性に汚いシーンを見せつけられるとか、何ちゅう拷問だ。
……しかも、あの直後。体に鞭打って必死に逃げおおせはしたが、叶糸は三度目の人生に幕を閉じる羽目になる。
一部の界隈では『異世界転生装置』だなんて言われているらしい大型のトラックが突っ込んで来たのが原因だったそうな。
過労からくるストレスから飲酒運転をしていて、更には寝不足も相まって、ドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違ったのだとか。勢いよく突っ込んで来たトラックはホテルの正面入り口を破壊。ロビー内をほぼそのままの速度で爆走して多数の被害者を出した。その中に急性の体調不良真っ只中にあった叶糸が混じっていたとか、……運が悪いにも程がある。あの部屋に行く前の彼であれば余裕でこの惨事を完璧に回避出来ていただろうに。
(……もっと早く、君の存在に気付いていれば、こんな事には)
そう思うたびにかなり凹む。大学の構内の一角にある芝生にゴロンと寝転がり、講義を受けている最中の叶糸を待ちながら綺麗な空を見上げたけど、気持ちは全然晴れなかった。
コメント
1件
わぁ……今回も重かったですね。でも、その“重さ”がたまらないんです。 スリエの歪んだ愛情表現、読んでてこっちまで吐きそうになった……叶糸の「反射的に吐く」描写が生々しくて、本当に気分が悪くなるほど没入しました。 ラストのマーモット視点の切なさも刺さる……「もっと早く気付いていたら」って言葉が、この物語全体の哀しさを象徴してる気がします。 月咲やまなさんの描く“闇”は、ちゃんと一つの表現として美しい。また読みに来ますね🌙