テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……え、兄さん?」
思わず口からこぼれた声に、兄がぱっと顔をほころばせた。
「わっ、やっぱり楓だ!ひっさしぶり!うわー、元気してた!?」
そう言って、兄は数歩で距離を詰めてきた。
まるで子どものようにテンションが高い。
けど、俺の顔を覗き込んだ途端、その笑顔がほんの少し曇ったのがわかった。
「……あれ?ちょっと痩せた?いや、気のせい?え、でも、ほら、目の下ちょっと…もしかして寝てない?ちゃんとごはん食べてる?」
「ちょ、ちょっと待って、兄さん、落ち着いて!」
矢継ぎ早に質問してくる兄を押しとどめる。
「楓くん、この人がさっき言ってたお兄さん?」
仁さんが俺の顔を窺うように聞いてきた。
「あ、はい」
「なんだか、めちゃくちゃ楓くんに懐いてるんだ
ね」
「懐いてるっていうか…ただのブラコンなだけなの
で」
そう言いながらも、俺の声はどこか照れくさくて、ほんの少し笑っていた。
仁さんが隣でふっと優しく笑ったのが視界の端に見えた。
兄はというと、俺の言葉なんて聞いちゃいない。
「てか、横のあなたは?楓のお友達ですか?」
兄が唐突にそう言って、仁さんの顔をまじまじと見つめる。
「……ああ、ども。犬飼仁です、楓くんとは、飲み友なんですよ」
そう答える仁さんの声は、いつもの穏やかなトーンだったけど
どこか微かに警戒心を含んでいるようにも聞こえた。
「へえー、仁さん、か。楓、最近こういう人と関わってるんだ?なんかちょっと意外かも」
「え、意外って?」
「なんか反社?じゃないけどなんかいかついから
さ」
「兄さん!!失礼すぎるってば……!」
「あーすみません!俺思ったことすぐ口に出しちゃうタイプで…全然悪口とかじゃないんで」
「……ははっ、よく言われますから、気にしないでいいですよ」
兄はニコニコしながら言うけど、俺にはわかる。
その言い方には、どこか探るようなニュアンスがあった。
しかし特に触れることも無く、俺は兄に疑問をぶつけた。
「ていうか兄さん丁度いいや、さっき会いに行こうかなって思ってたところだから」
「え、そんなに俺に会いたかった……ってコト?」
「それは全く違うから。いや、実は……」
俺は兄さんに、さっき仁さんにも話した内容をもう一度繰り返した。
「え、いや、待って楓花屋やってんの?!1人で?!」
「う、うるさ……そこから?」
「いや、驚くって!だって楓だよ!?」
「その言い方がまず失礼だから」
俺がじろりと睨むと、横から仁さんが
「楓くん、お兄さんに店やってること言ってなかったんだ?」
と言った。
「言いたくなかったですから…」
「なんで!普通お兄ちゃんに真っ先に伝えるくない?!」
「ほんと黙って」
兄の顔の前に手を押して
「開いたなんて言ったら絶対毎日来るでしょ、絶対
疲れる」
「そんなん毎日行くでしょ、なんなら閉店まで観察してるよ」
「それ監視の間違いじゃない?」
「ははっ…まあでも、楓がちゃんと働いてるなら、安心したよ」
「……え?」
俺が聞き返すと、兄は少し困ったように笑った。
「いやさ……楓、高校辞めて以来ずっと音不通だったからさ。心配してたんだよね」
「…そう、だったんだ。中々連絡よこせなくてごめん」
「いいよ、別に」
確かに連絡なんてしたことなかったな…
にしてもやっぱ、心配してくれる身内なんて、兄さんぐらいだな。
「ま、それで泊めて欲しいって話?実家は嫌だもんね、いいよ。俺の家おいで」
その言葉に仁さんが何か言いたげそうにこちらを見ていたが、俺の気にしすぎかな、と流した。
「…うん、兄さんありがとう」
その後仁さんと別れ、兄と帰路に着くと
「でさ一楓?俺、楓に聞きたいことあるんだけど」
兄が少し真面目な表情で話題を変えた。
「…なに?」
「あのさ、楓って…」
そこで一旦区切った兄が、真剣な眼差しを向けてきた。
「……犬飼さんと付き合ってるの?」
「は?」
なにを言うかと思えば、予想外の質問に思わず素っ頓狂な声が出た。
「…付き合ってるって何が?誰と?」
「楓とさっき一緒に居た人」
「いや、付き合いも何もただの常連さんで…飲み友
達だし」
「だよねー」
「てかなんでそんなこと聞くの」
「いや、なんとなく?」
「兄さんのそういう所本当に嫌だ」
「ごめんごめん。じゃあ今度うち連れてきなよ」
「ええ……無理だって、仁さんファションデザイナーの仕事で忙しいんだから」
「お、結構ちゃんとしてるんだ」
「兄さんのことだからトー横彷徨ってオーバードーズしてるような人だとでも思ってるんじゃない?」
「そこまでは思ってないけど…ギャップすごいなぁと思ってさ」
「まあ、それは俺も思うけど、俺の恩人でもあるんだから」
「恩人……?」
そうして、しばらく歩いてようやく辿り着いたのは、兄の住むマンションの一室だ。
高級そうなマンションの一室
「はい、どうぞ」
ドアを開けた兄に促され、室内に足を踏み入れる。
そこには意外にも落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。
シンプルだがセンスの良い家具に囲まれたリビングには
大きな窓から差し込む柔らかい光が降り注いでい
る。
「お邪魔しまーす」
「適当にくつろいでて」
兄に言われるままソファに腰掛ける。
部屋の中をぐるりと見回すと、壁際には大きな本棚があり
その中には様々なジャンルの書籍が整然と並べられている。
まるで兄さんの性格が表れているようだ。
「あのさ楓。さっきの仁さんのことなんだけど」
兄はキッチンから顔を出して言った。
「さっきは詳しく聞けなかったけど……恩人ってどういうこと?」
「えっと…」
仁さんのことを思い出し、自然と口元が緩んでしまう。
「仁さんは、3回ぐらい俺のこと助けてくれてるんだよ」
「助けてくれた…?」
俺は、仁さんとの出会いから今回の出来事について兄に説明した。
1回目は合コンで無然にも再会し
チャラいα二人に発情誘発剤の混入した酒を強要され飲みそうになって
それを阻止してα二人が会社の後輩だったにも関わらず俺の知らないところで警察に突き出してくれたとき
2回目は花屋の常連の男子大学生にストーカーされていたときに
家が偶然にも隣で、助けに来てくれたこと
「それで……3回目は…ちょっと言いづらいっていうか」
「何」
「その、落ち着いて聞いて」
「……つい先々週、店に変な暗号と花が梱包された箱が届くようになって、それ仁さんに相談してて」
「喋らなくても110番繋げてると逆探知始めてくれるから、とか色々教えてくれてさ…」
「俺が岩渕に誘拐されたときに助けに来てくれたんだ」
「……は?え、ちょっと待って、それって……」
兄は目を丸くして俺の肩に手を添えると
「岩渕って、楓が13歳のときに誘拐してきたあの男でしょ、今日逮捕されたってニュース見たけど…」
「ね…ねえ楓、その拉致されたのの中に居たなんてこと言わないよね?」
なんて震えるように聞いてきて。
やっぱり言うべきじゃなかったかもしれない
と思うが、言わない方がもっと兄に心配をかけることになっただろう。
そう思い、俺は重々しい口を開いた。
「…心配しなくても、俺、犯されたりはしてない。
ただ、誘発剤飲まされて、14年前と同じ……」
「でも、犯されそうになったところで、仁さんが助けに来てくれたんだよ、警察もすぐ突入してきたし、2保護局の人もきて……だから」
そこまで言うと兄が俺を抱き締めて
「ごめんな」と呟いた。
その腕は震えていた。
どうして兄さんが謝るんだろう…?と不思議に思いつつも
「ごめん兄さん、心配させて……」
「楓が謝ることじゃないって分かってる…でも……そういうことがあったなら、もっと早く言って欲しかった」
「うん…」
「ごめんな楓…本当に、本当に無事で良かった」
兄の温もりに包まれながら、俺は改めて自分が恵まれているのを実感した。