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大技で一方的に攻め立てるかぐや。佐野がフォールを返す度に、観客が歓声を上げ物凄い勢いで地団駄を踏み会場を揺るがす。ある意味では、ここの名物である『幸楽園ストンピング攻撃』。
そんな中、佳華達はイヤホンから流れる実況を聞きながら、ジッとスクリーンを見上げていた。
『がーん石落としっ! 栗原のバックドロップ(*01)が、デンジャラスな角度で突き刺さる! 川井さん、今の角度はマズイんじゃないてすかっ!?』
『かなり危険な角度でしたね。これだから受け身の下手な新人は……』
佳華は、川井の解説を鼻で笑った。
「ふんっ……受け身の上手い佐野だから、まだ意識が有るんだよ。あんな角度のバックドロップ、並の選手なら一発で失神してる」
こういう解説になると分かっていて川井の解説を許可したのではあったけど、あまりの無能っぷりに佳華は苛立ちを覚え始めていた。
そして、顰め顔でスクリーンを観ていた佳華の眉がピクンと跳ねる。
そこに映っていたのは、正面から佐野の頭を左脇に抱え込むかぐやの姿。しっかりと頭部をロックしたままコーナーポストを蹴り上げ、佐野を中心に空中で身体を大きく旋回させるかぐや。
『月の光に照らされたかぐや姫が宙を舞う――サテライトDDT(*02)だぁーーっ! 佐野の脳天がマットに突き刺さるぅーーっ!!』
かぐやが背中から勢い良く落下すると同時に、その脇に抱えていた佐野の脳天がリングへと叩きつけられる。
「サテライトを出してきたか……」
「そろそろ決めるつもりですね」
サテライトDDT――
かぐやの、もう一つのフィニッシュムーヴ。スイング式DDTやトルネードDDTと呼ばれる技と同じ技だが、かぐやは相手を中心に自分が旋回する様子を月――いわゆる衛星に見立てて、この技をサテライトDDTと呼んだ。
ダブルタイガーの影に隠れがちだが、実際のピンフォール数はこちらの方が多いサテライトDDT。ダブルタイガーを出す前に必ず出す技で、かぐや的には一種の|篩《ふるい》みたいなものなのだ。
そう、ダブルタイガーを受ける資格があるかどうかの篩……
当然のごとくフォールをカウントツーで返し、その篩に残る佐野。
かぐやはグッタリとする佐野の髪を掴んで引きずり起こしながら、高々と右手を挙げ指でVの字を作った。
『栗原ーっ! 高々と手を挙げフィニッシュ宣言! Vサインは勝利のVと共に、ダブルタイガーの合図だぁぁぁーっ!!』
『ふんっ、新人にそこまでしなくてもいいでしょに――まっ、これでこんな茶番も終わりですね』
醒めた解説の川井をよそに、かぐやのパフォーマンスで観客のボルテージが一気に上がっていく。
「これで終わりだな。いくらニィちゃんでも、あれを食らったら返せねぇーだろ」
「ええ、それにあの足では踏ん張る事も出来ないでしょうし」
「さて、それはどうかな?」
「あんっ?」
「えっ?」
二人の予想に――いや、実況や解説を含め観客全てが、かぐやの勝利を確信している中、佳華は一人だけ否定的な言葉を口にした。
「あたしのバンブーハンマーと並んで、ピンホール率100%のフィニッシュムーヴ……こんなところで出していいのかな?」
口角を上げて笑みを浮かべる佳華。それと同時に、かぐやがタイガードライバー(*03)の体勢に入る。
『栗原っ! 佐野の頭を太ももに挟み込み、リバースフルネルソンで腕を極める! そのまま佐野の身体を持ち上げて、垂直落下式のタイガー……ドライバーッ!! 綺麗に決まりました、タイガードライバー91っ! 腕をロックされて、受け身も取れずに脳天から急降下! しかし栗原、まだクラッチを切らない。腕のロックを極めたまま、佐野を引きずり起こしてもう一度、タイガー……ドライバァァーッ!』
完璧な形で決まった、かぐやのダブルタイガーかぐやスペシャル。佳華ともう一人を除いて、かぐやの勝利を疑う者は居ないであろう。
実況と総立ちの観客が一体になって、レフリーの智子と一緒にカウントを始める。
『ワーンッ! ツーッ! スリッおおぉぉおおおぉぉーーーーっ!?』
(*01)バックドロップ
相手の背後から片脇に頭を潜り込ませ、相手の腰を両腕で抱えながら後方へと反り投げる技。
プロレス基本技の一つである。
(*02)DDT
正対する相手の頭部を片脇に捕らえ、そのまま後ろに倒れこんで相手の頭部を打ちつける技。
スイングDDTやシューティングスターDDTといった、様々なバリエーションがある。
(*03)タイガードライバー
リバースフルネルソンの形から相手を持ち上げ、図の状態から両腕を放すと同時に相手の胴を両腕で抱え込み開脚ジャンプ。そのまま尻もちをつきながら、足の間に相手を逆さまに落下させてフォールを奪う。
また、腕も持ち替えず、上の図の状態から垂直に頭から落とすバージョンを、タイガードライバー91という。