テラーノベル
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「あ! そういえば響野先生のご自宅、新宿のホールから目と鼻の先なんだね。三月のコンペティション、あのホールで開催されるんだよ」
東新宿の家の防音室で、購入した『トランペットラブレター』のスコアを見ながら雑談をしている時、不意に奏が思い出したように教えてくれた。
「え? そうなの? 聴きに行ってもいい? 私、あまりピアノソロの演奏って聴く機会がなかったし、奏ちゃんの演奏聴いてみたいな」
「嬉しい! なら響野先生と一緒に聴きに来てね。入場無料だし」
「うん、是非。っていうか奏ちゃん、本番近いんだったら、グランドピアノがあるから練習しても全然オッケーだよ」
「ホント? じゃあ練習させてもらうね」
瑠衣はグランドピアノに向かう奏を見る。
椅子に座った瞬間、彼女から放たれるオーラのようなものが見え、目力が強い奏の表情は、サバサバした彼女とはまるで別人のように感じる。
情熱的な楽曲、ドラマティックな展開のゆっくりとしたテンポの曲、どこか甘さを感じる曲、そして、ハヤマの創業パーティでも聴いたバラードの曲を、ピアノソロアレンジで演奏してくれた。
熱の籠った奏の演奏は、『一音入魂』という言葉が相応しい。
ピアノも弾けて、高校時代は吹部でトランペット吹きだった彼女の才能は凄いな、と瑠衣は素直に思う。
二十分ほどの演奏が終わり、思わず感嘆のため息が溢れ、奏に拍手を送った。
「奏ちゃん……凄いね。上手く言えないけど、凄かった! それにトランペット経験者でもあるんでしょ? もう凄いって言葉しか出てこないよ。奏ちゃんが良ければ…………久々にトランペット吹いてみない?」
「え、でも私、楽器持ってきてないよ。それに、ラッパをちゃんと吹くの、十年振りだし」
「私は響野先生が昔使ってた楽器で吹くから、奏ちゃんは私の楽器で吹けば問題ないよ」
「うわぁっ……瑠衣ちゃんの楽器ってV.B社の楽器でしょ? キンチョーするんですけどっ!」
そう言いながらも、奏は久々にトランペットを吹ける事が嬉しいのか笑みを浮かべ、瑠衣は本棚から黄色い教本を取り出し、トランペット二重奏のページを開いた。
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