テラーノベル
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「で、行く当てはあんの? まぁ万引きしようとしてたんだから、金もないよな?」
「なくて悪かったわねっ」
クールな顔立ちの女が、プリプリ怒っているのがおかしくて、拓人はまた声を押し殺して笑いを堪えた。
「なら、俺と一緒に来いよ」
「はぁ? たった今出会った男に、来いよ、なんて言われなきゃならないわけ!?」
「ああそうだ。メイク道具が欲しいんだろ? 俺が買ってやるって」
「ちょっ…………」
壁に突いていた手が、強引に女の手首を掴むと、拓人は再び喧騒の中へ歩き出した。
路地裏を出て、ペデストリアンデッキに繋がる階段を上っていくと、拓人は北口の駅ビルの向かいにあるデパートの中へ入っていく。
エスカレーターを下り、一階のコスメフロアへ向かった。
広いフロアには多くのコスメブランドが軒を連ね、海外ブランド特有の化粧品の香りに包まれた店内を、彼は女の手を繋いだまま、軽快に歩みを進める。
「で? あんたが愛用していたコスメブランドはどこ?」
「あそこだけどっ」
女がツンケンしながら指差しすると、拓人は迷わず女の手を引き、店の前へ連れ出した。
「すみません、この女性が最も美しく見えるメイクをしてもらいたいんですが、いいですか?」
髪を後ろにキッチリとまとめた、美しい面立ちの美容部員を見つけて、彼は声を掛ける。
「ご来店ありがとうございます。是非、色々とお試し下さいませ」
営業スマイルが美麗な店員に案内され、女は鏡が並ぶメイクカウンターのスツールへ腰を下ろした。
一度綺麗にメイクを落とした後、女が美容部員の手によって、ベージュやブラウンなど、肌馴染みのいい色でテキパキとメイクを施されていく。
「うわぁ…………」
女は久しぶりにしっかりとメイクをしたのか、鏡に映る自分の顔を見て、しばらくの間、呆然としていた。
「あんた、あまり化粧をしてなくても、かなり綺麗な顔立ちだけどさ、フルメイクしたら、モデルとか女優みたいになりそうだな」
拓人は甘美な声音で女に囁くと、照れているのか、顔を赤らめて俯いた。
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