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「まぁね。世間知らずの退屈なお嬢様の相手を少々。でも、もう飽きたからご奉仕は終了」
「あっそ。だったら彩音と一緒にパーティー会場へ戻ってくれない? 私、少しだけ席を外したいの」
「え……席を外すって、どこへ行くの?」
私は眉を寄せ、不安げに麗香を見つめた。
麗香は私の腕を掴むと、くるりと悠聖さんに背を向ける。
「ついさっき旦那からメールがあったの。あんたと飲んでることになってるけど、面倒だから一度電話しておきたいのよ。悪いけど、先に悠聖と戻ってて」
そう言って、私へ顔を寄せた。
「大丈夫。あいつ、信用ならない奴だけど、いざって時は信用できるから」
悠聖さんに聞こえないよう、小さな声で耳打ちする。
信用ならない奴だけど、いざとなったら信用できる奴って……。
結局、信用していいってこと?
「……うん、分かった」
戸惑いを拭えないまま頷いた。麗香は私の手を離し、すぐさま悠聖さんへ鋭い視線を飛ばした。
「悠聖、私が戻るまで彩音の側にいてあげて。但し、彩音に指一本でも触れたら殺すわよ」
「はいはい、分かってるって。俺が彩音ちゃんをしっかりガードしますから」
悠聖さんは笑顔を浮かべながら、不安げな表情をする私へ視線を流す。
「彩音ちゃん、俺がいるからもう迷子にはならないよ」
麗香から厳しい目を向けられたまま、彼は私に手を差し伸べた。
――なんだか、少し頭が重いな……。
麗香と別れた私は、悠聖さんの一歩後ろを歩きながら、そっとこめかみを押さえた。
「彩音ちゃん? どうかした? もしかして頭が痛いの?」
歩調を緩め、顔を覗き込むようにして私の様子を窺う。
「あ、ううん。色々と刺激が強すぎて……ちょっと気が抜けちゃったみたい」
はっと顔を上げ、慌てて笑みを作り首を横に振った。
「そうか。なら良かった。あんなの見て驚かない訳ないよな」
悠聖さんは安心したように微笑む。
「そこのソファーで少し休もうか。会場は人の声で騒がしいし、廊下の方が静かで涼しいから落ち着くだろ?」
少し先にある丸い柱の方を指差した。柱の脇には、ゆったりとしたソファーが置かれている。
悠聖さんに促され、私はその細かな薔薇の刺繍が施されたソファーへ腰を下ろした。
「何か冷たい飲み物を持ってくるよ。すぐ戻るから」
「えっ、そんな。私は大丈夫ですから……」
「遠慮はいらないよ」
私の言葉を遮るように、悠聖さんは柔らかな笑みを浮かべた。
「そこで待ってて」
軽く手を上げると、そのまま歩き去っていく。
私は後ろ姿を見送り、浮かせかけた腰を再び静かにソファーへ下ろした。
「はぁ……疲れたな」
大きなため息と共に、本音が零れ落ちる。
あの部屋で見た卑猥な光景――。
未だに現実として受け止めきれない、不思議な感覚。
それなのに思い返せば、現実だったと認めざるを得ない。
一瞬で蘇る、下腹の奥を熱くする疼き。
「私、ヤバいよね……。欲求不満、丸出しみたい……」
熱を帯びた頬を両手で押さえ、深いため息と共に肩を落とした。
名医と呼ばれる楠木教授の裏の顔。
病院関係者と企業の裏事情。
そして――私の知らない麗香の素性。
悠聖さんとは、本当にどういう関係なんだろう。
整理しきれない情報ばかりが頭の中に積み重なり、思考がまとまらない。
頭がくらくらする……。
「……帰ろうかな」
俯いたまま、小さく呟いた。
「彩音ちゃん、お待たせ」
人の気配に顔を上げると、両手にグラスを持った悠聖さんが立っていた。
「もうお酒は飲みたくないよね? 冷たい烏龍茶だけど……飲める?」
「うん、ありがとう」
私は差し出されたグラスを受け取り、微笑みを返した。
グラスの中で氷が揺れ、カランと涼しげな音を立てる。
「彩音ちゃん、今夜は何時までいるの?」
悠聖さんは烏龍茶をひと口飲んでから、私に視線を向けた。
「倫子が戻ってきたら帰ろうかな。終電にも乗りたいし……」
「え――、もう帰っちゃうの? 俺がタクシーで送ってあげるから、もう少し話そうよ」
「話そうよって……。私を相手にしても退屈なだけだよ。ここには悠聖さんと気が合いそうな、お金持ちで綺麗なお嬢様がたくさんいるじゃない」
軽く笑いながら、冷えた烏龍茶で喉を潤す。
「何それ。倫子の受け売り?」
悠聖さんは少し不満そうに口を尖らせた。
「俺はあいつが言うほど、計算高くて悪い男じゃないよ」
「うん。分かってるよ」
不貞腐れたように言った彼を目て、小さく笑う。
「……たぶん、倫子だって本気でそんなふうには思ってないと思う」
悠聖さんは私をあの場所から連れ出してくれた。裏の事情も教えてくれた。
彼に対して悪態をつきながらも、『いざとなったら信用できる奴』と言って、私を委ねた麗香の気持ちが分かる気がする。
カラカラと浮き沈みする氷を見つめ、私はふっと頬を緩めた。
「……倫子の話はいいや。それより、彩音ちゃんはまたこのパーティーに来るでしょ?」
悠聖さんは首を傾げ、私の顔を覗き込む。
「またこのパーティーに? ……それはないな。今日だって、何も知らないまま倫子について来ただけだし」
グラスに残った烏龍茶を飲み干し、ほっと息をつく。
「そうなのか……」
「悠聖さん、今日は色々親切にしてくれてありがとう。烏龍茶、冷たくてすごく美味しかった。ずっと緊張してたから、自分でも気づかないくらい喉が渇いてたみたい」
グラスの表面を伝う水滴を指先でなぞりながら、感謝を込めて微笑む。
「そっか……なら、おかわりあげるね」
悠聖さんがそう言った、その瞬間だった。
きらびやかだった視界がふいに遮られる。
「……えっ?」
身体がふわりと後ろへ傾く。次の瞬間、唇に柔らかなものが触れた。
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コメント
1件
うわあ……19話、めっちゃドキドキした……!悠聖さんが急にキスしてくる展開、予想してなかったから心臓止まるかと思ったよ。彩音ちゃんが頭痛いって言ってたのに、そこからの急接近は反則じゃない?!それに麗香の「信用ならないけど信用できる」ってセリフ、彼女なりの距離感の描き方がすごく好き。柏木さんの書く人物の関係性の繊細さ、毎回染みるわ……。