翌日、美宇は絵美と一緒にホエールウォッチングへ向かった。
絵美の会社はウトロにあるが、この日は羅臼の支店へ案内してくれた。
この時期は、羅臼からの方がクジラやイルカに出会える確率が高いため、そちらにしたようだ。
羅臼へ向かう途中、突然道路に鹿が現れた。
「わ、鹿!」
「ふふ、この辺では珍しくないわよ」
「そうなんですね……」
「ちなみに森にはヒグマもいるから、気をつけてね」
「熊?」
「そう。最近、あちこちで問題になってるでしょう?」
「怖いですね……気をつけます」
そんな会話をしているうちに、あっという間に羅臼に到着した。
車を降りた二人は、すぐに観光船の事務所へ向かった。
絵美はスタッフと軽く言葉を交わし、すぐに美宇のもとへ戻ってきた。
「今日はクジラの目撃情報、多いみたい。期待できそうね」
「わあ、楽しみ!」
出発時刻になると、二人は観光客に続いて船の最後尾に乗り込んだ。
船が出航すると、男性スタッフがマイクで船内での注意事項を説明し始める。スタッフは、船長、絵美、男性スタッフ二人の計四名だった。
そのうちの一人が、双眼鏡でクジラを探し始めた。
しばらくすると、双眼鏡を覗いていた男性スタッフが声を上げ、船が停止した。
「右手前方にイルカの群れです!」
観光客たちは一斉にその方向を見た。
「いたいた」
「キャ~、かわいい~」
「いっぱいいる~」
「船に近づいてきたわ」
歓声が上がり、船上はにぎやかになった。
美宇も、水族館以外のイルカを見るのは初めてだったので、興奮しながら目で必死に追う。
(かわいい……たくさんいるけど、家族かな?)
そのとき、先ほどの男性スタッフが反対側を指差して叫んだ。
「左手にマッコウクジラが見えます! こんなにすぐ見られるなんてラッキーですよ」
その声に、船上の人々は一斉に左手を見た。
しかし、クジラの姿は見えない。
そう思った瞬間、大きな尾びれが水面に現れ、勢いよく海面を叩いた。
その瞬間、大きな水しぶきが上がった。
「わぁ~~~~」
「キャー、すごい!」
「ダイナミック~」
「あ、クジラが出てきた!」
あまりの感動に、観光客たちから歓声が上がる。
美宇も同じく、雄大な自然の光景に心打たれ、胸の奥から感動があふれるのを感じていた。
そのとき、船首にいた絵美がそっと近づいてきて、耳元で囁いた。
「感動でしょう? 今日は、シャチにも会えるかも!」
美宇は、ただうなずくことしかできなかった。
なぜなら、彼女の瞳には涙があふれてきたからだ。
その涙は止めようとしても止まらず、静かに頬を伝い落ちていく。
(あ、あれ……? 私、どうしちゃったの?)
異変に気づいた絵美が、心配そうに声をかけた。
「大丈夫? 船酔いした?」
「い、いえ……あまりにも感動しちゃって……」
美宇はポロポロとこぼれる涙を手で拭いながら答えた。
「実は私も、ここで初めてクジラを見たとき、同じように泣いちゃったの。きっと、疲れ切っていた心が癒されたんだと思う」
「関谷さんも?」
「うん……私もここへ来る前、いろいろとあったからね」
「そうだったんですね……」
そのとき、カメラを構えていた男性スタッフが再び叫んだ。
「皆さん、今日はラッキーですよ。シャチの群れもご挨拶に来てくれましたー」
スタッフが指差した方を見ると、シャチの群れが華麗なジャンプをしていた。
その光景を見た美宇の瞳からは、また涙があふれた。
そんな彼女の肩を、絵美がポンと優しく叩いた。
「自然の力ってすごいでしょう? 私たちは、こんなにも素晴らしい場所で暮らしているのよ」
絵美はそう言って、微笑みながら船首へ戻っていった。
潮の香りを深く吸い込みながら、美宇は心も体も癒されていくのを感じていた。
失恋による心の傷が、今まさに浄化されようとしていた。
(もう大丈夫……きっと大丈夫……)
清々しい笑顔を浮かべながら、美宇は再び身を乗り出し、シャチがジャンプする姿を見守った。
やがてツアーは終了し、船は港へ戻った。
船を下りると、絵美がアパートまで送ってくれるという。
「お仕事は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
「でも、人手が足りないんじゃ?」
「ふふっ、平気平気。私、この会社の経営者だから」
「え、経営者? ってことは、社長さん?」
「そう。こういう仕事をずっとやりたかったの。それが、ここへ来てようやく叶ったわ」
「そうだったんだ……すごい……」
思わず美宇は胸が熱くなる。
美宇とは二歳しか違わない絵美は、東京からこの地にたった一人で移り住み、ゼロから会社を立ち上げたのだ。
(すごい……本当にすごいわ)
感動で胸がいっぱいだった美宇は、絵美から勇気をもらったような気がした。
アパートへ到着し、美宇が礼を言って車を降りると、絵美が言った。
「今度、二人で飲みに行かない? で、東京でのアレコレをぶちまけ合おうよ。きっとスッキリすると思うなー」
「いいですね、ぜひ!」
「じゃあ、また連絡するね」
「はい。今日はありがとうございました」
走り去る絵美の車を見送りながら、美宇はぐんぐんとやる気が湧いてくるのを感じていた。
(私も、もっともっと頑張らなくちゃ!)
美宇はそう決心すると、軽やかな足取りでアパートの部屋へ入っていった。
コメント
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素敵なお友達が出来てもぉ、楽しくてしょうがないね。ここにきてよかった。
イルカ🐬もクジラ🐳もシャチも見られたなんで!!すごくラッキー✨✨ やっぱりここに来てよかったんですね きっといい事がたくさんありますよ〜🎶
イルカ🐬やシャチ、クジラ🐳までまるで北海道に来てくれた美宇ちゃんを歓迎してるみたいだね٩(*´˘`*)۶ 傷付いた心も雄大な自然や動物達によって癒えてくね💕💕 次回は是非朔也さんとご一緒に⸜(*´ᗜ`*)⸝