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「奈美。結婚おめでとう……!」


奏が笑みを浮かべながら開口一番に伝えると、奈美は『ありがとう〜!』と言いながら腕を広げる。親友に近付き、ハグをする。


「奏も忙しいのに、披露宴のBGMを引き受けてくれて、しかも余興で連弾してくれるなんて嬉しい! 時々実家に帰って自主練も頑張ったよ。本当にありがとう!」


奈美は破顔させながら奏にお礼を言うと、両手を差し出して手を取り合った。


「私も奈美と連弾するの、中学生の時の発表会以来だから、すごく嬉しい!」


二人で、こうして会話を交わすだけで気持ちが小中学生の頃に戻ったようになるから、親友という存在は、ある意味不思議なものだ。


小中学校時代の同級生で、奏と今でも連絡を取っているのは、目の前の花嫁、奈美しかいない。


彼女が奏の母からピアノのレッスンを受けていた事もあり、母親同士も仲が良かった事もあって、今でも良好な関係が築かれているのだった。




そんな二人のやり取りを、部屋の隅で笑みを浮かべながら見つめているイケメンがいるのに気付き、奏は慌てて向き合い、一礼する。


「奏。紹介するね。夫の本橋もとはし ごうさんです」


「この度はご結婚おめでとうございます。奈美さんの小中学校の同級生の音羽奏と申します」


「初めまして。本橋豪です。今日は披露宴でのBGMと、余興で妻と一緒にピアノ演奏をしてくれるとの事、本当にありがとうございます」


親友の夫が奏に向けて軽く会釈をした。


奈美の夫、豪は、落ち着いた雰囲気と男の色香を漂わすイケメン。


俳優のオダガワショーが短髪で髭なしになったら、彼になるんじゃないか、と思うほどだ。


「奈美。音羽さんと余興の合わせをするんじゃないのか? 支度まであと一時間ほどあるみたいだし、練習してきたらどうだ? 本当なら俺も一緒について行って、練習しているところを見たいが……」


奏は、親友の夫の言葉に目を丸くした。


練習を一緒について行って見たい、なんて言っているこのご主人は、どれだけ奈美の事を好きなんだろう?


(これって俗に言う『溺愛』ってヤツ? それとも、好き過ぎて過保護になってるってヤツ……?)


しかし、奈美にとってこれが日常茶飯事なのか、あっけらかんとした口調で言い返す。


「もう! それは本番までのお楽しみだからね! じゃあ練習してくるね」


豪は残念そうな表情だったけど、そう言いながらも夫に柔らかな笑みを湛える親友は幸せに満ちて素敵だな、と奏は思った。




「旦那さん、すっごいイケメンだね。俳優のオダガワショーにそっくりでビックリしたよ! それに、『俺も一緒について行って練習しているところを見たい』って言ってて、旦那さん、奈美の事大好きなんだね! どうやって知り合ったの?」


余興の練習を終わらせ、控え室に戻りながら奏は奈美に聞いた。


「……合コンだよ」

「合コンなんだ? 奈美が合コンに行くなんて、意外に思っちゃった」


どことなく気まずそうな、照れているような親友の微笑を見ながら、奏は羨ましいと思う。けど、今の奏には恋をする余裕が無い。


というよりも、自分を忙しくさせる事で、恋から遠ざかろうとしている、と言った方が適切なのかもしれない。


せいぜい、『あの人カッコいい』って言っているレベルで私は丁度良い、と奏は思ってしまうのだ。




そんな奏の複雑な心中を読み取るように、奈美が悪戯っぽく笑う。


「今日の披露宴は、豪さんの友人で独身の人もけっこういるし、もしかしたら奏にも素敵な出会いがあるかもよぉ〜?」


彼女の言葉をはぐらかすように、奏は苦笑しながら答える。


「私? 仮にあったとしても、『あの人カッコいい』程度で終わりだよ」


二人で歩きながら話していると、いつしか新婦控え室前に辿り着き、奈美が奏と向かい合った。


「私ね、奏には幸せになってもらいたいと思ってる。ずっと音楽一筋で生きてきて、その生き方を理解してくれる男性と出会って、幸せになって欲しいって、心の底から思ってるよ」


目力の強い瞳に、優しさ溢れる眼差しを送りながら奈美が言う真剣な言葉に、奏の胸の奥がキュンと切なく抓られたような気がした。


ずっと音楽一筋だったわけではない。高校時代、音楽そのものが嫌になった時期もあり、部活とピアノの練習をサボって恋愛に逃げた事もあった。


封印していた過去の恋愛の記憶が、カタカタと音を立てながら蓋が外れそうになるのを、奏は必死で押さえ込む。


瞳の奥が次第に熱を纏っていき、ジワリと痺れる感覚に、奏は涙が溢れそうになるのを堪えた。


真面目な事を言って照れ臭くなったせいなのか、親友は突如ニコっと笑顔を奏に向ける。


「何だか言ってて恥ずかしくなっちゃった! じゃあ、今日はよろしくお願いします。また後でね!」


奈美が支度のために控え室に入るのを見届けると、奏は立ち尽くしたまま、表情が崩れていきそうになるのを耐える。


「もう……奈美ったら……」


目尻に溜まっていた涙を指先で軽く拭い、気持ちが落ち着いたところで、司会者、進行を取り仕切るキャプテンとBGMの打ち合わせをするために、奏は披露宴会場へと向かった。

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