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チャペルでの挙式も、もちろん奏は出席した。
高校卒業してすぐに父親が他界した奈美は、ヴァージンロードを誰と歩くのかと、開式直前、ふと奏は思っていた。
しかも彼女は一人っ子だ。
「ただ今より、新郎、本橋豪さん、新婦、高村奈美さんの結婚式を執り行います。それでは新婦の入場です」
牧師の開式の言葉で、奏はハっと我に返り、後方のチャペルの扉に身体を向けた。
ワーグナーの結婚行進曲が、パイプオルガンの荘厳な音色で粛々と奏でられる中、教会入り口の扉が大きく開かれ、奈美が三十代くらいの男性と一緒に入場する。
飾り気の無いノースリーブのウェディングドレスを纏い、髪をシニヨンにして、両サイドに白い薔薇が飾られている。
同じ花で作られたブーケも、コンパクトで可憐だ。
チャペルの大きな窓から差し込む陽光が花嫁を優しく包み込み、親友が神々しく尊さすら感じられた。
ベールに覆われた彼女の表情は、どこか緊張しているようにも見えるが、時折見せる奈美の笑みは、慈愛に満ちていて美しい。
そして、彼女と一緒にヴァージンロードを歩いているのは、どう見ても奈美の夫、豪と同世代の男性。
しかも体育会系の雰囲気を醸し出しているイケメンだ。
ダークグレーのフロックコートに身を包み、祭壇の前で待っている豪の元へ辿り着くと、新郎は、奈美と男性に向けて微笑みながら一礼している。
(ん? このお三方は知り合い……なの?)
どことなく気やすさを感じる新郎と、奈美をエスコートしてきた男性の笑みから、そんな疑問を抱いているうちに、讃美歌三百十二番『いつくしみ深き』の前奏が流れ出した。
式次第にスコアと歌詞が書かれてあるので、奏はしっかりと歌う。何せ、親友の結婚式だ。
友人が少ない奏にとって、結婚式に参列して讃美歌を歌うのは、ある意味貴重な事であり、下手したら、讃美歌を歌うのは、これが最初で最後かもしれない。
讃美歌の歌唱が終わり、牧師の言葉を聞きながら、奏は大人の女性として美しくなった友人を見守る。
(親友といっても、やっぱり結婚すると、遠くに行ってしまったように感じるな……)
ほんの少しの寂しさを感じつつ、式は誓いの言葉、指輪の交換へと続き、次は挙式の最大イベントとも言える誓いのキスだ。
「それでは、新郎はベールを上げて、新婦に誓いのキスを」
牧師が促すと豪の表情が引き締まり、奈美の顔に覆われている純白のベールを両手でそっと掴むと、ゆっくりと大きく上げていく。
ベールを整えた後、花嫁を見つめ、笑みを湛えながら囁いた後、新郎は新婦の両肩に手を添えて唇を重ねた。
彼女も感極まって涙が溢れたのだろうか。遠くから指先で目尻を拭う様子が伺える。
(奈美。本当に良かったね……!)
新婦が新郎に向けて柔らかく微笑み返すのを見て、彼女が夫に愛されている事を感じた奏は、心がジーンとしていき、雫が頬を伝っていくのを感じた。
結婚宣言、結婚証明書のサイン署名へと式は進行していき、讃美歌四百二十八番『またき愛』を歌唱する。
讃美歌がこんなにも美しく、心震える音楽だという事を、奏は親友の結婚式に出席して初めて知った。
挙式も終わりに近付き、牧師が高らかに声を上げて言葉を結ぶ。
「新郎本橋豪さん、新婦高村奈美さんは、これから二人で新たな人生を歩んでいきます。皆さん、大きな拍手をお送り下さい」
メンデルスゾーンの結婚行進曲が奏でられると、温かい拍手の中、花婿と花嫁はヴァージンロードの上を歩いていく。
奈美は、嬉し泣きをしながらも笑顔を見せ、列席者に軽く会釈をしている。
退場途中で奈美が奏に気付くと、周囲に気付かれないように小さく手を振ってくれた。
ヴァージンロードを歩く二人の姿が徐々に小さくなっていき、眩い光の中に溶けるように姿が見えなくなると、教会の扉がゆっくりと閉まっていった。