テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
79
11
#追放
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第158話 奪還反攻
【重なった中枢】
中枢ログを収めたケースを、現実側の隊員が抱えたまま後退する。
その瞬間、カシウスの目が、はっきりと変わった。
さっきまでの、静かに相手を測る目ではない。
奪われたものを、確実に取り返しにくる目だ。
「返してもらう」
低い声。
だが、その一言で部屋の空気が一段沈んだ。
観測の穴が、大きく脈打つ。
今までよりも深い。
今までよりも暗い。
穴の縁から滲み出る白い数列と黒い煤が、床ではなく天井方向へも伸び始める。
つまり、もう“前から出てくる敵”だけではない。
部屋そのものを、上下から潰しにきているのだ。
セラが即座に言う。
「離脱してください!」
「中枢ログを奪われたことで、維持より回収に切り替えています!」
「分かりやすく言え!」
ヴェルニが怒鳴る。
「この部屋ごと閉じるつもりです!」
セラの声が鋭く返る。
「穴を絞って、ここにいる全員を“中に戻す”気です!」
ハレルの背中が冷えた。
“中に戻す”。
それはつまり、さっきまで穴から出てきていた役割の殻と同じように、
自分たちを観測の中へ押し込むということだ。
アデルが一瞬で判断する。
「現実側、ログを持って下がれ!」
「こっちは向きを維持しながら抜ける!」
日下部の声が、すぐに返ってくる。
『了解!』
『でも、今切るとまた捻りが戻る!』
「分かっている!」
アデルが返す。
「だから切る順番を合わせろ!」
カシウスは、そのやり取りを聞きながら、
右肩の亀裂をそのままに、静かに右手を広げた。
床の白い線が、その指先へ応じる。
石の魔術紋の上を、白い処理線が這い、
中心の捻りをもう一度右へ戻そうとする。
「君たちは、一つ勘違いしている」
カシウスが言う。
「ログを奪えば、それで戻せると思っている」
「だが、記録を読めても、実行できるとは限らない」
ハレルは主鍵を握り返した。
「だったら、実行できるようにするだけだ」
「できるのか」
カシウスの声は静かだ。
「失ったものを前にしても、混ぜず、曲げず、壊さず、最後まで通せるのか」
その問いに、今度は誰も揺れなかった。
「やる」
ハレルが言う。
リオも、副鍵を強く握る。
「やるしかない」
アデルも左腕を上げる。
「ここまで来て、曲がるつもりはない」
サキがスマホを握る。
「お父さんの作った道なら、ちゃんと使う」
セラは小さく頷いた。
「なら、順番どおりに」
◆ ◆ ◆
【重なった中枢/異世界側】
アデルが叫ぶ。
「ヴェルニ、穴を押さえろ!」
「リオ、ハレル、あと三秒だけ維持!」
「サキ、回線を落とすな!」
「三秒でいいのか!」
ヴェルニが笑う。
「短くて助かる!」
両手に炎と風を渦巻かせる。
今度は爆ぜさせるのではない。
観測の穴の縁が閉じきらないように、無理やり両側へ押し広げる。
「〈爆風・第四級〉――『開いたまま止まれ!』」
轟音。
穴の縁が揺れる。
白い数列と黒い煤が逆巻き、部屋全体に吹き散る。
その中を、役割の殻がさらに湧こうとする。
警官の顔に兵士の腕。
社員の名札に術師の外套。
もう、まともな人の形すら保てていない。
リオが右の副鍵を前へ。
アデルが左の副鍵を前へ。
ハレルの主鍵が中心を押さえる。
三つの鍵が、最後の同期を維持する。
サキのスマホが明滅する。
《MAIN / SUB R / SUB L》
《SYNC HOLDING》
《RETURN VECTOR ACTIVE》
《ESCAPE WINDOW : 03》
「三秒!」
サキが叫ぶ。
「今だけ! 今だけ穴の圧が落ちる!」
セラがすぐ続ける。
「落ちた瞬間、異世界側は左へ抜けます!」
「中央を横切らないで!」
「聞いたな!」
アデルが声を飛ばす。
その瞬間、カシウスの足元の白い線が強く光る。
また観測の刃だ。
しかも今度は細い刃ではない。
部屋の床そのものが斜めに持ち上がり、斬り上げるように迫る。
ハレルとリオ、アデルの三人の立ち位置をまとめて崩すつもりだ。
「まずい!」
サキが叫ぶ。
だが、その床の斬り上がりへ、ヴェルニが横から爆風をぶつけた。
「そこ通すかよ!」
爆風が斜めに噛み、床の観測線をずらす。
斬り上がりは三人の目前で軌道を変え、石柱を裂いて上へ抜けた。
石と白い床の欠片が飛び散る。
その奥に、抜けるための“左の道”が一瞬だけ開く。
セラが叫ぶ。
「今です!」
アデルが即座に命じる。
「ハレル、サキ、先に行け!」
「リオ、主鍵から手を離すな! 最後まで合わせる!」
「分かった!」
リオが返す。
ハレルは主鍵を保ったまま半歩ずれ、サキを左の通路へ押し出す。
サキはスマホを抱え、転びそうになりながらも走った。
セラがそのすぐ横につく。
アデルは最後まで左の副鍵を維持し、リオとハレルに叫ぶ。
「次で切る!」
「三、二、一――今!」
三つの光が、同時にほどける。
その瞬間、中心の捻りは完全には戻らない。
だが、元の押しつけにも戻りきらない。
中途半端に“緩んだ”。
それで十分だった。
アデルが後退し、リオも飛ぶ。
ハレルが最後に主鍵を引き抜くように離す。
直後、三人がいた床を、白い数列と黒い煤が飲み込んだ。
「走れ!」
アデルが叫ぶ。
六人は、左の通路へ一気に駆けた。
◆ ◆ ◆
【重なった中枢/現実側】
現実側では、城ヶ峰が中枢ログのケースを確認した瞬間、全員に命じた。
「回収優先!」
「日下部、読めるか!」
日下部はケースに手をかけたまま、端末へ接続する。
白い板の中を流れていた文字列が、画面へ一気に流れ込む。
「全部は無理です!」
「でも、逃げ道の層だけなら――」
木崎がすぐ言う。
「それでいい! 今必要なのは持ち帰ることだ!」
佐伯と村瀬が日下部の両脇から画面を覗く。
そこに流れるのは、ただの数字ではなかった。
外周。
杭。
捻り。
支点。
帰還補助層。
層の抜け方。
向こうとこっちの噛み合わせ。
それはたしかに、**戻すための設計図**だった。
「右じゃない、左です!」
村瀬が言う。
「来る時と同じ道じゃない!」
佐伯も頷く。
「この部屋が捻れた分、戻る出口もずれてる!」
日下部が叫ぶ。
「現実側は制御卓の裏! 向こうと逆に右へ抜けます!」
その言葉と同時に、観測の穴から這い出た役割の殻が現実側へも押し寄せる。
今度は、社員の顔に兵士の腕、警官の帽子に教師の口元。
まるで部屋の中の“肩書き”全部を泥でこねて人型にしたみたいだった。
隊員が道を開く。
強光。
警棒。
押し返し。
だが数が多い。
カシウスの視線が、ケースを持つ日下部へ向く。
「それは置いていけ」
低い声。
だが、その一言で床の白い線が日下部の足元へ集まる。
「日下部!」
木崎が叫ぶ。
咄嗟に、木崎が日下部を突き飛ばす。
次の瞬間、さっきまで日下部がいた場所を、床から伸びた白い刃が貫いた。
「っ……!」
日下部はケースを抱えたまま転がる。
木崎の肩口を、刃の先端が掠めた。
服が裂け、浅く血が滲む。
「木崎さん!」
村瀬が叫ぶ。
「浅い!」
木崎は即座に返し、肩を押さえたまま立ち上がる。
「行け!」
城ヶ峰が短く命じる。
「退く! 右だ!」
現実側の一団は、制御卓の裏へ走る。
日下部がケースを抱え、佐伯と村瀬が両脇を支え、木崎と隊員が後ろを押さえる。
その時、カシウスの右肩の亀裂が、もう一度白く明滅した。
傷が、まだ消えない。
中枢ログを剥がされた影響だ。
城ヶ峰はそれを見て、低く言った。
「効いている」
◆ ◆ ◆
【重なった中枢】
異世界側は左へ。
現実側は右へ。
それぞれ逆方向へ離脱しながらも、回線だけは繋がっていた。
サキのスマホがまだ生きている。
日下部の端末もまだ反応している。
中継管理棟を落とし、局所杭を折り、
そして中枢ログを剥がしたことで、完全ではなくても一本の線が残ったのだ。
《LINK / STABLE》
《PARTIAL RETURN ROUTE DETECTED》
サキが走りながら画面を見る。
「……出てる!」
セラも走りながら頷く。
「それです!」
「帰り道の一部が、今だけ見えている!」
アデルが前を走りながら短く言う。
「今だけなら、今使う!」
後方で、カシウスの声が静かに響く。
「逃がしはしない」
振り返らなくても分かった。
追ってきているのではない。
部屋そのものが閉じようとしているのだ。
石の通路が白くなり、白い床が石に戻る。
左右の壁の顔が、めちゃくちゃに入れ替わる。
後ろから迫ってくるのは敵だけではない。
中枢そのものの閉鎖だ。
ヴェルニが笑う。
「本当に最後まで性格悪いな!」
リオが息を切らしながら返す。
「だから嫌なんだよ、こいつは!」
「だろ!」
ヴェルニが叫ぶ。
その短いやり取りで、張り詰めていた呼吸がほんの少しだけ繋がる。
◆ ◆ ◆
【異世界・オルタ・スパイア中層・昇降環前】
六人は、どうにか昇降環まで戻ってきた。
石の輪は、来た時よりも不安定に明滅している。
床の紋様の一部はすでに崩れ、白い数字がその隙間を走っていた。
ノノの声が飛ぶ。
『早く! そこも長く持たない!』
サキがスマホを見て叫ぶ。
「今なら下から上に戻れる! でも一回だけ!」
セラが輪の縁へ手をかざす。
「全員、中へ!」
アデルが最後尾に立つ。
リオとヴェルニが左右を押さえる。
ハレルとサキが中央へ。
セラが起動線を整える。
その瞬間、後ろの通路の奥に、カシウスの姿が見えた。
追ってはいない。
だが止めてもいない。
銀髪の男は、傷の入った右肩をそのままに、遠くからこちらを見ていた。
「それで終わったと思わないことだ」
低い声。
ハレルは振り返り、主鍵を握ったまま返す。
「終わらせるために、持って帰る」
カシウスは、そこでほんの少しだけ笑った。
余裕ではない。
冷たい認識の笑みだ。
「そうか」
「なら次は、君たちが“戻す”と言いながら、何を切り捨てるのかを見ることになる」
その言葉と同時に、昇降環が起動した。
視界が白く跳ねる。
六人の姿は、輪の中へ引き上げられた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・オルタリンクタワー地下三層・昇降環前】
現実側も、制御卓の裏を抜け、どうにか昇降環へ戻り着いていた。
日下部はケースを抱いたまま、荒い息で端末を見る。
「帰還ルート、出てます!」
「完全じゃないけど戻れます!」
佐伯が頷く。
「このまま持ち帰れれば……読める」
村瀬も、震える声で続ける。
「ちゃんと、戻す順番が見えるかもしれない」
城ヶ峰は隊員を先に乗せる。
木崎は最後までカメラを向けていた。
白い制御室の奥、中心の向こう。
そこに、まだカシウスが見えている。
銀髪。
傷。
重なった中枢。
そして、閉じていく観測の穴。
木崎はそこで、初めてシャッターを切った。
一枚。
ただの記録ではない。
ここまで来た証拠として。
「帰るぞ」
城ヶ峰が言う。
木崎は短く頷き、昇降環へ乗り込んだ。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/中央広場・しばらく後】
昇降環の光が消え、六人は中層の手前へ戻された。
完全な帰還ではない。
だが少なくとも、最深部の重圧は消えている。
石の塔の空気だ。
息ができる。
ノノ班の分析官たちが駆け寄る。
イデール班からの灯りも、外ではまだ続いている。
街は、保っている。
サキのスマホには、はっきり表示が残っていた。
《LINK / STABLE》
《RETURN ROUTE FRAGMENT SAVED》
「……残った」
サキが呟く。
セラが頷く。
「はい」
「帰還経路の断片です」
ハレルは、その言葉を聞いて初めて、大きく息を吐いた。
全部ではない。
でも、一歩進んだ。
リオも肩で息をしながら言う。
「中枢ログ、向こうが持ったんだよな」
ノノが即答する。
『持った』
『ケースごと回収成功。今、日下部たちが離脱中』
『回線も切れてない』
アデルがそこでようやく、肩の力を少し抜いた。
「なら、目的は果たした」
ヴェルニが笑う。
「痛い目も見せたしな」
だがセラは静かに言った。
「完全勝利ではありません」
「でも、融合の進み方は確実に鈍ります」
「それに、戻すための順番を読む材料が、こちらの手に入った」
ハレルは主鍵を見た。
熱はまだ残っている。
だが今は、焦げつくような熱ではなく、次の道を待つ熱だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸方面/対策本部車両・しばらく後】
現実側も、離脱に成功していた。
車両の中で、日下部はケースから繋いだ端末を睨んでいる。
佐伯と村瀬がその横につき、
木崎は肩の傷を簡単に押さえたままカメラのデータを確認していた。
城ヶ峰は立ったまま、全員を見ている。
画面には、まだ読み切れない線と文字と円が流れている。
だが一部だけ、はっきり読める。
外周。
杭。
中継。
反転。
帰還補助層。
そして――
《RETURN ORDER / PARTIAL》
日下部が息を呑む。
「……出た」
城ヶ峰が短く聞く。
「何が分かった」
「全部じゃないです」
日下部が答える。
「でも、戻すための順番が一部読める」
「あと何を止めて、何を残して、どこを通せばいいか……その断片が見えてます」
佐伯が静かに言う。
「本当に、設計図なんだ」
村瀬も画面を見つめたまま頷く。
「ただの証拠じゃない。
戻るための地図だ……」
木崎は、そこでようやく肩の傷から手を離した。
浅い。
だが、痛みはちゃんとある。
「……なら、取りに行った意味はあったな」
城ヶ峰が短く頷く。
「あった」
一拍。
「カシウスにも傷が入った」
それが大きかった。
倒してはいない。
だが、届いた。
届くと分かった。
車両の外では、まだサイレンが遠く鳴っている。
街も世界も、まだ元には戻っていない。
それでも、ただ押され続ける段階は終わった。
◆ ◆ ◆
重なった中枢から、ログを奪った。
カシウスに傷を入れた。
現実と異世界の線も、細いながら残った。
そして、戻すための順番の断片が、こちらに渡った。
完全な勝利ではない。
だが、反攻はもう始まっていた。
第十章 奪還反攻編ーーー了