テラーノベル
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炎は、新開村のすべてを飲み込んでいた。
黒煙は空を覆い、昼間だというのに村は夕闇のような赤黒い色へ染まっていた。
屋根が崩れ落ちる。
柱が焼け、火の粉が風に乗って舞い上がる。
かつて子供たちの笑い声が響いていた新開村は、もはや見る影もなかった。
一本道の両脇には、燃え落ちる家々が延々と続く。
畑も井戸も、神社も、学校も。
村人たちが築き上げてきた歴史は、炎の中で灰へと変わっていく。
炎の向こうを、完全武装した隊員たちが駆け抜ける。
ガスマスク越しに聞こえるのは、自らの荒い呼吸だけだった。
焦げた木の匂いと血の臭いが入り混じる中、返り血を浴びた隊員たちは、燃え盛る新開村を一軒一軒見回っていた。
隊長の声が炎の轟音を切り裂く。
「女子供だろうと関係ない。一人でも
生き残りが居れば、この計画が無駄になる!」
隊員たちは無言でうなずく。
「我が国の発展のためだ。誰一人残すな!いいな?」
短い返事だけが返ってきた。
その光景を、坪野は崩れた石垣の陰から息を殺して見つめていた。
幼い胸は激しく上下し、喉元までせり上がる恐怖を必死に押し込める。
見つかれば終わりだ。
そう理解していた。
ゆっくりと後ずさろうとした、その瞬間だった。
乾いた音が静寂を裂く。
──パキッ。
足元の小枝が折れた。
坪野の血の気が一瞬で引く。
(あ、やばい)
隊員の一人が鋭く振り向いた。
「そこか!」
迷いなく銃口が坪野の額へ向けられる。
逃げることもできない。
坪野はその場に立ち尽くし、涙をこぼしながら震える両手をゆっくりと上げた。
喉は恐怖で震え、声にならない。
やっと絞り出した言葉は、幼い子どもの命乞いだった。
「た・・助けて・・・」
息を吸うたびに肩が震える。
「お、お願い・・う、撃たないで・・・」
隊員は無言だった。
引き金にかかった指が、わずかに力を帯びる。
坪野は目を閉じた。
もう終わりだと思った。
しかし、その指は最後まで引かれなかった。
隊員は苦しげに歯を食いしばり、拳を震わせる。
目の前にいるのは、武器も持たず、涙を流しながら命乞いをする幼い少年だった。
良心と命令が胸の中で激しくぶつかり合う。
#普通
野々さくら
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ありあ
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長い沈黙の末、隊員は小さく息を吐いた。
「す、すまなかった・・・」
かすれるほど小さな声だった。
隊員はそれだけ告げると銃を下ろすと、何事もなかったように隊長のもとへ駆け戻っていった。
坪野は信じられないという表情で顔を上げる。
しばらくして隊長が周囲を見渡す。
「生き残りはいないか!?」
隊員は表情一つ変えず答えた。
「ここに誰一人はいません!」
坪野は物陰で口を押さえ、涙を流しながらその言葉を聞いていた。
助かった。
その安堵さえ、胸を締めつける罪悪感へと変わっていく。
隊長は満足そうにうなずいた。
「総員、撤退!これより上空から消火作業に入る!」
命令は瞬く間に伝わり、隊員たちは燃え続ける村を後にした。
やがて上空を飛ぶUH-1Bから大量の水が降り注ぎ、新開村を包んでいた炎は次第に勢いを失っていく。
煙だけが空へ昇り続け、やがて火は完全に消えた。
残されたのは、焼け落ちた家々。
そして、村民たちの動かぬ亡骸だけだった。
隊員たちの姿が見えなくなると、坪野はふらふらと焼け跡へ歩み出る。
灰に埋もれた故郷を見渡し、その場に立ち尽くした。
「なんでだよ・・・」
震える声が漏れる。
「俺たちが何をしたっていうんだ!」
誰も答えない。
坪野は拳を固く握り締めると、何度も何度も地面へ叩きつけた。
「なんで・・なんで!なんで!なんで!」
母の姿を探す。
父の姿を探す。
祖母の姿を探す。
幼い頃から共に育った村人たちの顔を探す。
だが、そこにあるのは変わり果てた現実だけだった。
その日。
坪野は齢10歳にして、この世界の理を理解した。
命は、生まれながらに等しく扱われるものではなく、守られる命と切り捨てられる命がある。
その線引きをするのは、神ではない。同じ人間だ。
幼い心に刻まれたその真実は、決して消えることのない憎しみへと姿を変えていく。
坪野はゆっくりと顔を上げた。
涙はまだ頬を伝っていた。
しかし、その瞳にはもう恐怖はなかった。
燃えるような憎悪だけが宿っていた。
「あいつらを・・・絶対に許さない
この恨み・・・必ず晴らしてやる!」
爪が剥がれる程に力強く、地面を握る。
「この世界を──人間を──絶対に許さない!」
焼け跡に並ぶ亡骸を前に、幼い少年は静かに拳を胸へ当てる。
灰色の空の下。
この日、坪野は故郷を奪われた少年としてではなく、世界そのものへの復讐を胸に刻んだ一人の復讐者として生まれ変わった。
コメント
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坪野が10歳でこの非情な世界の理を知ってしまったこと、心が痛みました。隊員が一瞬ためらって「すまなかった」と銃を下ろす場面、あの良心の葛藤がすごくリアルで、読んでいて息が止まりそうでした。助かった安堵よりも、焼け跡で「なんでだよ」と拳を地面に叩きつける少年の姿が目に焼き付いて……最後の「復讐者として生まれ変わった」という一文、重くて、でも坪野のそれからの人生を思うと切なくなりました。