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「おい、夢龍、大丈夫か!」
固まりきる夢龍に、黄良は声をかけた。
「……こりゃ、かなり訳ありみてぇだなぁ」
着いて来い、近道だ。と、黄良は、店で話を聞かせてもらうと、言いながら踵を返した。
まさかの、パンジャの裏切りを見てしまった、いや、知ってしまった夢龍は、心、ここにあらずどころか、拠り所というものを失っていた。
パンジャがいなくなったら、どうすれば良いのだろう。
いいや、それよりも、暗行御史《アメンオサ》の証を持ち去られた。
それは、何を意味するのか。夢龍には想像もつかなかった。
学徒の手下と黄良は、言っていたが、それ故、任命書を確かめたいのか。否、そのような事をしなくても、パンジャは中身を知っている。そして、夢龍の心づもりも……。
考えても、考えても、今のところ夢龍には答えと言えるものは導き出せなかった。
「おい」
立ちすくむ夢龍へ、黄良が早く来いと声をかけてくる。
我に返った夢龍は、黄良を追った。
「なるほどね……学徒が、動き始めたか……」
これは、店に、いや、自分に、嫌がらせが始まる。と、春香は言い渋った。
夢龍は、黄良に連れられ春香の部屋にいた。
起こった事は、黄良が説明していた。
そして、さて、と、春香が夢龍を見る。
「あんた、うちを調べてたのかい?それとも、学徒を調べていたのかい?」
唐突に、連れてこられた小部屋で、夢龍は責め立てられる。しかし、答える事はなく、そして、答えられないでいる。
「なんだい、黙りかい?」
あー、まったく、と、春香は肩をすくめた。
「こちとら、色々、危なくなるんだ、あんただって、そうだろう?信頼していた男に、裏切られたんだから、それに、なにを持ち逃げされたんだい?それが、黙りの鍵ってことだろ?」
春香は、自身の言葉を確かめる様に黄良を見た。
「ああ、ただのお宝、ではないのは確か。金目の物なら、ここまで、黙りを通さないだろう」
「いや、黄良。慣れ親しんできた、にいや、に裏切られたんだ、そりゃー、言葉もでないだろう」
「そうか?頭に来ているはずだぜ?八つ当たりで、俺たちに噛みついて来てもおかしくないだろ」
春香と黄良の掛け合いに、夢龍は苛立ちを覚えた。
こうして、二人は、わざと言い合い、夢龍が口を滑らせるのを待っている。
そんな、姑息な事をせぬとも──。
こちらは、はなから何も知らない、そう、知らないものにどう答えろと。
何もするなと、言われそのつもりだった。それなのに、見張りのような者を、まだ付けてきた都の重鎮に、そして、鎌かけのような見え透いたことを行う二人に、夢龍はほとほと呆れた。
自分は、知らぬ。自分は、関係ない。それのどこに問題がある。騒いでいるのは、彼ら自身の事を考えてのこと。すると、さらに、自分は関係ないではないか。
怒鳴り付けたくなる衝動をおさえ、夢龍は春香へ頭を下げた。
「……なんだい、あんた、急に」
さすがの春香も面食らったようで、夢龍の動きに驚きを隠せない。
「すまん。私は都の官吏。あやつが、持ち去ったものは、私の身分証なのだ。しかし、それが無きいまは、ただの放浪者。いくあても、金もない。どうか、ここに置いて欲しい」
迷惑なのは分かっているが……、と、夢龍が続けようとするのを、春香がたちきった。
「こりゃ、面白くなってきた!どうだい?あんた、その、身分証とやらを、取り戻したくないかい?」
差し向けられる春香の双眸《しせん》は、鋭く、そして、何故か妖艶だった。
夢龍は、どう答えて良いのかと惑う。
その思いを汲み取ったのか、ふっ、と、春香は小さく笑う。
「行くあてがないんだろ?あたしらに、着いてくるしかないだろ?」
控える黄良も、そうさなぁ、と、なにやらとぼけた。