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『お餅』🌹
うわぁ
140
短編小説 6/? 1/? 1/?
五感を蝕む呪いの圧力。それにより僕の意識は文字通り生命の境界線を踏み越え、深く手放されようとしていた。
だが、その暗闇を切り裂くように、誓いを護るように、僕の胸元でコンパスが紅の混じる瑠璃色の爆発的なまでの光を放つ。その光はどこか優しさのある光だった。
気がつくと、僕はドーム状の空間に立っていた。
ドームの壁面には、まるで走馬灯のように、無数の記憶の断片が絵画となって浮かび上がっている。
それは、怪異・巳魈が心の最奥に隠し、自ら消し去ったはずの「おあき」としての過去の記憶だった。
「綺麗だな…。」
そう、僕が呟くまで。
景色が始まる前から。
真上に点在していた瑠璃色の小さい目は
上から全てを見通していた。
・
・
・
ドームの景色が僕の意識を強引に吐き出し。視界が真っ赤な夕暮れの色に染まり変わる。
ドームで断片を見た僕は、再度、呪いの渦中へと引き戻されたのだ。
再び、おあきの肉体を通じて、彼女が五月雨家を追い出される過程。その過程をその五感で生々しく追体験していたのである。
───酷く孤独で、痛々しい過去の風景が視界に、五感に広がる。
夕暮れ時。五月雨様の部屋での時間を終え、僕(おあき)が薄暗い廊下へと出ていった時。
廊下の暗がりに佇む五月雨家の家臣たちが、こちらに向けてヒソヒソと、ねばりつくような視線で話を交わしていた。
「おい、見たか。またあの物乞いの娘が、五月雨様に色目を使っているぞ」
「噺家などと大層な名目を名乗れば、過去の卑しい血が洗えるとでも思っているのか。身の程知らずめ」
「目障りで、耳障りで。あんやつ、口にも出したくないわい。」
嘲笑うかのような、冷酷な家臣たちの視線と悪意。廊下の空気は異様に冷たくおあきさんは、思わず肩を抱いていた。
そして、それに追い討ちをかけたのは。彼女の心をさらに傷つけたのは、唯一の救いであるはずの五月雨さんであった。
「おあき。君はただ、私の前で噺をしていればいい。それ以上のことは何も望んでくれるな。」
冷たい言葉を発する五月雨さんの顔。それは窓から差し込む夕暮れの日差しにより、照らされていた。
───半分は朱く
───もう半分は(影で)暗く
その表情の真意を、当時のおあきさんは読み解くことができなかった。ただ拒絶された絶望。それだけが彼女の胸を締め付けた。
そして、そんな彼女の眼前まで。どうしようもない 絶望は迫ってきていた。
ある日。夕暮れの空がすっかり暗くなっていた。
そんな時、屋敷の勝手口に訪ねてきた知り合いから、おあきは故郷の家族の「言伝」を聞かされたのだ。
「おあき、大変なんだ。村は大凶作で……お前の家は、もう餓死寸前だ。せっかくお前が五月雨家から仕送りをしてくれているはずなのに、米も金も、何一つ村には届いていないんだよ」
覚悟はしていたのに頭を殴られたような、衝撃。家族の飢餓。おあきがどれだけ必死に噺を紡いでも、五月雨家から故郷への援助は届いていなかった。
───椛の葉は宙を舞っていた。そしてその下で一頻り泣き終えた少女は
「少しくらいわけて頂いてもよいではありませんか。わたしが望んでいるのはそんなに卑しいことなのですか。五月雨。」
悲しそうに独り呟いた。
ドームの断片。
家臣たちの嘲笑。
届かなかった仕送り。
そして、夕暮れに半分だけ染まる五月雨の顔。
ようやく、おあきさんの心の『御噺』の輪郭。それが分かってきた気がする。
五月雨さんの本心もその中に。
きっと勘違いなんだろう。勘違いが彼女から五感を奪い、五月雨さんを殺したのだろう。けれども、死してなおも最後まで「噺」という情熱だけは消えずに残り続けた。その執念もこの『御噺』も
───美しい。
あの腐れ縁の恩人の姿にも重なる部分がある。
不謹慎で申し訳ない。少し心が踊っているようです。
それにおあきさんの語っている『御噺』には悲しくも倫理的な同情の余地があった。
ある感情が湧き出るのを感じる。
そして…
僕なりの最高のお節介と返礼を。
そう決意し、視界だけが共有されている、この状況。ここからどう動くべきか思考を巡らせようとした、その刹那───。
─パシィィィン!!
静まり返った境内の空気を裂くように、あまりにも鋭く、重々しい扇子(センス)が叩かれる音が、僕の鼓膜へと突き刺さった。
コメント
1件
つがさん、第8話読みました……! おあきさんの過去が、五感ごと追体験できるような生々しさで迫ってきて、胸が苦しかったです。 特に「半分は朱く、もう半分は暗く」照らされる五月雨さんの顔――あの描写、すごく印象に残りました。優しさと拒絶の間で揺れる関係性が、一瞬で伝わってくるようで。 それでも「御噺」への情熱だけは消えずにいるおあきさんに、切なさと同時に美しさも感じました。 最後の扇子の音、何が起きるのか続きが気になります……!