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(いや……確かに、リアルで『おにーさん』なんだが……)
美花に変な呼び名を付けられなかった事を、残念に思う圭がいる。
「おにーさんは、昨年のクリスマスの夜に初めて会った時から、私の中では『おにーさん』のままだよ。う〜ん……でも、敢えて付けるとしたらぁ……」
美花が顎に人差し指を当てながら、遠くに視線を向け、考え込んでいる。
「…………けいトン?」
「けっ…………け……けい…………トン……。俺は…………ブタか?」
態とらしく怪訝な表情を映し出した圭だったが、美花と少し距離が縮まったような気がしたのは、気のせいだろうか。
「ほらぁ! やっぱり、おにーさん、嫌そうな顔をしてるし! れいチェルは変な呼び名、面白がってたけどなぁ。双子ちゃんでも、性格が違うんだねぇ」
美花がコロコロと笑い声を立てている表情が、圭にとって、初々しく感じてしまう。
食事を終えた二人は、圭が会計を済ませて、カフェを後にした。
「おにーさん、ごちそうさまでした。美味しかったですっ」
美花が、ペコリと会釈をした後、ニコリと目を細める。
「いや…………俺が……誘ったんだし……」
彼女からお礼を言われて、圭は顔に熱が集まるのを感じていた。
これまでも、元恋人だった井河千夏を始め、歴代の恋人だったり、パーティなどで知り合った女と食事に行く機会が多かった彼。
『男の嗜み』ではないが、圭の中では、女を食事に誘ったら、自身が食事代を支払うというのは、当たり前の事である。
だが、食事に誘った女たちは、彼が食事代を全額支払いしても、千夏と、元婚約者の園田真理子以外の女たちは礼を言わず、『男が金を支払うのは当然でしょ?』と言わんばかりの振る舞いだった。
(…………俺が誘ったワケなんだから、全額支払うのは当然とは思うが…………せめてひと言、礼くらい言えよな……)
女と高級ホテルのレストランで食事をするたびに、彼は胸中でゲンナリとしたものである。
美花は、お礼を述べた後に、美味しかったです、とまで言ってくれた。
そのひと言に、圭は胸を突かれ、甘やかな痛みが広がっている事に気付く。
(人は、見かけによらないものだな。もっと…………彼女と時間を過ごせないか……)
いつしか、二人の間には静寂な雰囲気に包まれ、薄茶の丸い瞳が、彼を捉えている。
圭は、美花から一度顔を逸らすと、クールな奥二重の瞳で見つめ返した。
保谷東
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