それから10年の月日が過ぎた。
この日岳大は立山登山を終え室堂へ向かって歩いていた。
全行程7時間のコースなので荷物は軽装備だ。
岳大が石畳の上を歩いているとあの日優羽と流星に初めて出逢った場所へ差し掛かる。
あの時まだ小さかった流星は坂道に足を取られて岳大の前で転んだ。あの瞬間があったから今自分は二人と家族になる事が出来たのだ。
当時を懐かしく思い出していた岳大の頬が緩む。
その時後ろから声がした。
「父さんもう疲れた」
中学生と思われる少年は歩き疲れた様子で不機嫌そうに訴える。
すると岳大は後ろを振り返り励ますように言った。
「ゴールはすぐそこだよ。ここまでよく頑張ったな」
ふてくされたように歩く少年は中学生になった流星だった。
流星はいわゆる『中2病』真っ盛りで只今絶賛反抗期中でもある。
(折角の休みになんで山に行かなくちゃいけないんだよ)
流星はブツブツと呟く。
その呟きを知ってか知らずか岳大はもう一度言った。
「少しベンチで休もうか」
岳大はそう言ってから小道の脇にあるベンチに腰かける。流星もしぶしぶと岳大の横に座った。
座ると同時にザックのポケットから水筒を取り出し飲み始める。
岳大は隣に座った息子をチラッと見てからこう話した。
「ちょうど10年くらい前かな。ここで母さんと流星に初めて会ったんだよ」
その言葉に反応した流星は動きを止める。そして岳大の顔を見た。
岳大はそんな流星にはお構いなしに続けた。
「そこに坂があるだろう? その坂を流星がヨチヨチ歩きで下りて来て父さんの目の前で転んだんだ。その時僕が君を助け起こしたのが君との初めての出会いだったんだ」
岳大はあの時の愛らしい流星を思い出しながら目尻に皺を寄せて笑う。
その話しに興味を持った流星は岳大に聞いた。
「その時どんな会話をしたの?」
「僕は一週間山に寝泊まりした後だったんだよ。だから髭が伸びていてね…それを見た君は『おじちゃんはサンタさんの弟子ですか?』って聞いてきたんだ」
岳大は当時を思い出してハハッと笑う。思わず流星も釣られて笑った。
しかし一緒に笑ってしまった事を後悔したのか慌てて思春期特有の不機嫌な顔に戻ってから言った。
「『サンタの弟子』は東京の保育園時代の航君に教えてもらったんだ。懐かしいな」
流星は懐かしそうに当時を思い出す。それから岳大にこう聞いた。
「父さんは何で母さんと結婚したの?」
反抗期真っ只中の息子からそんな質問が飛んで来たので岳大は一瞬驚く。
最近はこうやって息子から質問される機会も減っていた。だから久しぶりに会話らしい会話が成立したので嬉しくて思わず頬が緩む。しかしその緩んだ表情を見られないようにしながら言った。
「僕はね、君や母さんと家族になりたかったんだよ。本物の家族にね」
「ふーん」
流星はそっけない返事をする。わざと関心がなさそうに返事をしたがなぜか目頭が熱くなるのを感じた。
保育園時代父親がいない家庭は流星を含めて数名だけだった。
当時はお父さん代わりに伯父の裕樹が保育園の行事に参加してくれた。しかし小さい流星にも裕樹が本当の父親でない事はよくわかっていた。
しかしある時から岳大が父親として行事に参加してくれるようになった。岳大は1つも欠かさずに全ての行事に参加してくれた。流星の行事が仕事と重なった時はいつも流星を優先してくれた。
そして岳大が来てくれるようになってから一番変わったのは母親の表情だった。
それまで保育園の行事には母一人で参加する事が多かった。友達の親は両親揃って参加する家庭が多いのに流星の家はいつも母親だけだった。そしてその母親は時折淋しそうな表情を浮かべていた。
しかし岳大が父親になってからはいつも二人一緒だった。二人で参加するようになってからは母の淋しそうな顔は見なくなった。その代わり母親はいつも笑顔を見せてくれるようになった。小さいながらもその事が凄く嬉しかったのを今でも流星は覚えている。
(この人はいつも僕の事を優先してくれた。そしてそれは今でも変わらないんだ)
最近思春期のせいか妙に照れ臭くて父親との会話が減っていた。
そんな流星を気にかけて父の岳大は今日山に誘ってくれたのだ。
(決して多くは語らない人だけど父はいつも自分を見てくれている。いつも自分の事を気にかけてくれている)
流星はそんな岳大に気付いていた。
その押しつけがましくないさり気ない愛情に母だけでなく自分も守られて来たのだとこの時初めて気づいた。
そして流星は再び目頭がジーンと熱くなるのを感じる。
流星は少し間を置いてから昔のように素直な口調で言った。
「父さん、僕お腹空いた。白えび丼食べて帰りたい」
流星が珍しく棘のない口調で話しかけて来たので岳大は一瞬「おや?」という顔をする。
しかしその事には特に触れずに言った。
「確かに腹減ったな。よしっ、室堂で食べて帰るか」
そして更に続けた。
「母さんと星歌には内緒だぞ」
岳大は流星に微笑んでから立ち上がるとゆっくりと前を歩き始めた。
後に続いた流星は父の大きな背中を見つめながら鼻歌を歌い始める。
今流行りの人気グループのこの曲は流星のお気に入りだった。
(10年後にこの曲を聴いた時、僕はこの瞬間を懐かしく思い出すのだろうか? 今日父が僕と出逢った10年前を思い出したように……)
流星はそんな事をぼんやりと考えながら父が歩く足跡を辿りながら一歩一歩前へ進んで行った。
<了>
コメント
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とても 愛情深い思いの詰まったお話で😢目頭が熱く〜言葉にならないです。素敵なお話しありがとうございました😭
この話も大好きですよ。久々読んでまた感動してます!
ぅお〜😭🍀🍀🍀メッチャ素敵なお話でした✨思春期の流星クン🥹ちゃんと見ていてくれたって気づけた君が素晴らしい👏 これからも『父さん』の背中を見て、父さんみたいな素敵な大人になってね🍀🍀🍀 瑠璃マリコセンセイ✨ 素敵な、素敵な作品をありがとうございました🥹🩷🩷🩷