テラーノベル
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思いを馳せているうちに、いつしか『トランペットが吹きたい』の伴奏音源の再生が終わり、瑠衣は再度プレイボタンを押した。
自分の中で描く気持ちを込め、楽器を構えて演奏を始める。
娼婦だった頃、ラッパを吹く事すら忘れ、借金返済を第一に考えてきた。
侑と再会し、彼と過ごしていくうちに、また楽器を吹きたい気持ちが少しずつ芽吹き、今は再び音楽と向き合えている。
好きな事をできる事が、どんなにありがたい事か。
六月には、この曲でコンクールに出場し、久々に舞台の上に立てるのだ。
こんなに嬉しい事はないし、響野門下生でも落ちこぼれだった瑠衣を、再び導いてくれた侑には感謝しかないし、彼の思いに応えたい。
残り十六小節の部分を吹いている時、防音室の扉が開き、侑が入ってきた。
凛とした演奏している姿の瑠衣に、彼は黙ったまま腕を組み、演奏に耳を澄ませている。
最後の音を吹き切り、楽器を下ろした時に人の気配を感じた彼女は、彼がいる方へ向き直す。
「せっ……先生!? いつの間にいるし……!」
「…………瑠衣。自主練もいいが、程々にしておけ。今日は普段よりも長くレッスンした。唇を休養させるのも大事だ」
「はい。今日の練習は、これで終わりにします」
瑠衣はマウスピースを楽器から外し、手入れを始めると、侑が穏やかな声音で彼女に問いかけた。
「今日はどう過ごそうか。どこかに出かけるか?」
「昨日は選定会とミニコンサートの後に、ウィングパークへ連れて行ってもらったし、先生もお疲れでしょうから今日は…………家でまったりしたいです」
「…………そうか。分かった」
そう返事を残して、彼は防音室を出て行った。
本当なら、このまま自主練を続けて『トランペットラブレター』も練習したい所だ。
しかし、昨日のミニコンサートのアンコールで侑に先を越されている。
「奏ちゃんに報告がてら相談してみようかな……」
瑠衣は傍らに置いてあったスマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げた。
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