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「トワイライト、目を覚まして、お願い!」
私は、雪のように冷たくなってしまった彼女の身体に魔力を贈りながら必死に祈った。冷凍室にはあの魔道士以外ヘウンデウン教の信者はいなかったようで、彼らも、あの氷を扱う魔道士がやられると思っていなかった為に見張りの数を少なくしていたんだろうと思う。おかげで、私達は倒すことが出来たのだが。
冷凍室の隅の方にトワイライトは両手両足を縛られ倒れていた。その様子から、彼らが彼女をもののように扱っていたことが分かった。幸い傷は無いものの、あの寒い中で放置されたためか、体温があり得ないほど下がっていた。予想していたとおり、低体温症に。
私は、アルベドに教えてもらいながら自分の魔力を彼女に注いで、彼女の体温を上げつつ魔力量を補っていた。そうすることで徐々に彼女の顔色は白からほんのり赤くなっていき、正常な温度に戻って行った。
「酷すぎる……」
私は、ヘウンデウン教の奴らに対して今まで抱いたことのないような怒りを覚えた。
昔は、認められない虐められる自分を責めて自分が悪いと思っており、怒りを抱くことなどなかったが、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れた。非人道的過ぎるし、トワイライトをこんな風にした奴らを許せないと。だが、彼らと場所に立って争うのでは全く同じだと思った。だから、怒りを極力表に出さないようにと私は、抑えるので必死だった。
怒りにまかせて相手を傷つけることは、獣と同じだと思ったから。愚者だ。
アルベドは、そんな私を見ながら、他に手がかりがないかと部屋中を探し回っていたが、何もヒントを得られなかったようで私の前まで戻ってきた。
「お前じゃなくてよかった」
そう、彼は戻ってくるなりぽつりとこぼした。
私は、トワイライトに魔力を注ぎながらアルベドの方をちらりと見た。彼は安心したような表情を浮べており、その瞳は私に向けられていた。その瞳は温かく優しいもので、本当に私に向けられているものなのかと疑いたくなるぐらいだった。
そんなアルベドの肩を見て、私はいたたまれない気持ちになる。
(私を庇って出来た傷……)
私は知らぬ間に彼の肩に手を伸ばしていた。アルベドは其れに気がついて、おい。と私に声をかける。ハッと我に返った私は手を引っ込めてアルベドを見上げた。
黄金の瞳と目が合い、私は一瞬ドキッとする。真剣な眼差しを向けられて、目をそらしたくてもそらせなかった。
「惚れたのか?」
「な、なわけないでしょ。誰がアンタなんかに」
「そうか? そういうシチュエーションだったんじゃないか?」
「……違う。そうじゃなくて。アンタの傷」
「傷?」
アルベドは首を傾げた後、真っ赤に染まった肩を押さえた。一瞬痛みが走ったのか顔が歪んだが、すぐにいつも通りの余裕のある笑みを浮べて、私をニヤニヤと見てきた。それが腹が立って、ようやく私は彼から視線を外すことが出来た。
「俺の事が心配か?」
「心配というか……助けてくれてありがとうって思って。アンタにそんな傷が出来ちゃって」
「まあ、すぐ直るだろ。かすり傷みたいなもんだし」
「でも、あの氷の刃凄く尖っていて!」
私は身を乗り出してアルベドに叫んだが、彼は私の唇に指を当ててしーとでも言うように、私に微笑みかけた。落ち着けとでも言うように。その表情は先ほどの嘲笑っているような物ではなく、優しいもので、やはり調子が狂う。
「んな心配するな。俺はお前の前では死なねえよ」
「……」
「何だよ。信用出来ないのか?」
「そうじゃないけど、その、もうそういう場面に出くわしたくないなって思って」
と、私が口にすれば、アルベドはそうだな。と小さく呟いた。
今回もアルベドに助けてもらったが、今度いつ暗殺者やヘウンデウン教と出くわすか分からない。彼らは、私達を見るなり襲ってくるし、一般人に変装していることだってある。だから、災厄の進行が進んでいる今、気を抜くことが許されないのだ。
願うなら、そんな命を狙われる場面に出くわしたくはないし、襲われたくなんていない。それは皆そうだろうけど、私はそれでも怖くて仕方がないのだ。
目の前で死んでいく人達を見て、血を流して倒れる人を見て、私は何て言えば良いか分からなかった。ああいう状況でも、アルバやグランツ、リースやアルベドなんかはしっかりと状況を理解して、戦うことが出来ている。きっと、悲しみや怒りはあるだろうけど、目の前の敵を倒すことに集中して、それ以外はシャットアウトしているのだろう。それが、戦場において必要な力であるから。そうでなければ、とっくの昔に心が壊れて、戦うことも人と関わる事も出来ないだろうから。
今回は、トワイライトも無事取り返すことが出来たし、誰も死なずにすんだけど、もし今後そういうことが起きたら? 目の前で大切な人が死んだら? 目の前じゃないかも知れない。戦場に行って帰ってこないことだってあるかも知れない。そんな時、私は勇気を振り絞って、死者を背負って戦うことは出来るだろうか。
私は、きっと心が壊れてしまう。
私は強くないから。
アルベドの、「私の前では死なない」という言葉も、信じることが出来なかった。彼を信じていないわけではなかったが、それでも、彼がどれだけ命を狙われているか分かっているから。強いのだって賢いのだって分かっている。でも、アルベドだってどうにも出来ない状況に追い散ることがあるかも知れない。そんな時、彼は生きて帰ってきてくれるだろうか。
(これじゃあ、まるで、戦場に行く夫を見送る妻みたい……)
思えば、この間の調査で死んだ人達にも家族はいただろうし、愛する人だっていただろう。死体も還ってこなかった人もいたし、そう思うと、残された側はどう思うだろうか。何も出来なかった、してあげられなかった、やるせない気持ちと絶望に塗りつぶされてしまうだろう。
「辛気くさい顔してんな。どうした?」
「ううん、またちょっと怖くなっちゃって」
「怖いのは当たり前だろ。お前、血とか苦手だもんな」
「……アルベドも怖いものとかあるの?」
私が何となしに聞いてみれば、アルベドは目を丸くした。
アルベドは、命を狙われていても平然としている。余裕そうなかおをしている。それは、慣れてしまって感覚が麻痺しているだけなのかも知れないけれど、アルベドに怖いものなんて無いと私は思っていた。だが、アルベドは、私の予想とは違って縦に首を振った。
「ある」
「え? アルベドにも怖いものがあるの?」
「そりゃあるだろ。人は絶対一つぐらい怖いものがあんだよ」
「何よ、その怖いものって」
「何でお前に教えなきゃいけないんだよ」
と、アルベドは嫌そうに返した。
それは、きっと弱いところを見せたくないという彼の心の表れだったのかも知れないが、彼にも怖いものがあるのだと、私は吃驚してしまった。攻略キャラは完璧だと思っていたからこれもまた意外だ。恐怖心がないのだとばかり思っていたから。
アルベドは、あるが聞くな。と念を押してそっぽを向いてしまった。私も、これ以上刺激しない方がいいとトワイライトの方に視線を移した。すると、トワイライトは閉じていた眼をゆっくりと開いて、その純白の瞳に私をうつした。
「おね……さま?」
「トワイライト! よかった、起きたて!」
状況が上手く理解できていないトワイライトを私は抱きしめながら、よかったと何度も口にした。彼女は、ここが何処なのかどうしてここに自分がいるのか分からないようで、何度も辺りをきょろきょろと見渡していたが、私が目の前にいることに安心したのか、助かったことに安心したのか、ボロボロと涙をこぼした。
「お姉様、お姉様……」
「もう、大丈夫だからね。悪い人達は皆やっつけたから」
そう言ってやれば、トワイライトはさらに大声で泣き出してしまった。私は彼女の背中を何度もさすって、彼女を安心させようとした。彼女が落ち着くまでこうしてあげようと。
すると、トワイライトの声を聞きつけてか、アルバとグランツがこちらに向かって走ってきた。
「エトワール様!」
彼女たちは冷凍室に入るなり、トワイライトが無事だったことを確認してほっと胸をなで下ろしているようだった。そうして、外の様子について報告を始めた。
「何人かは生きて捉えようと思ったのですが、皆自害してしまって。そして、数人取り逃がしてしまいました。すみません」
「ううん、アルバ達が無事でよかった。怪我は?」
「ありません。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。エトワール様」
と、アルバは嬉しそうに、誇らしそうに笑った。
グランツは相変わらずだったけど、目を伏せ膝をその場に膝をついて、トワイライトに報告をしていた。トワイライトはまだ混乱しており状況が理解できていないようだったが、グランツの説明に補足しながら私が話すと全てを理解したように頷いた。そうして、彼女は奇妙なことを言い出したのだ。
「あの……私の聞き間違いかも知れませんけど、あの人達、お姉様のこと女神の生まれ変わりだって……言っていました」