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「すごい、すごいぞ!」
ルーニーは興奮していた。
「ゼゲルは奴隷の為に戦った反逆者で、堕ちた勇者だったんだ! これを新聞に載せればどれだけ売れるか!!」
なぁ、ベルッティ!
そう振り向いた瞬間、ルーニーの表情が固まる。
見たこともないベルッティがそこにいた。
「ふざけるな……」
「ふざけるなよ……。自分にも子供がいたくせに、何故あんなことができる……」
怒りに震えながら、問い続ける。
「絶望で狂ったら、何をしてもいいのか? 酷い目にあったからって、何をしてもいいのか? そんなくだらない理由で、おれは」
人の不幸は最高の娯楽だが、不幸を娯楽にできるのは当事者でないからだ。
陵辱され、売春の道具にされ続けたベルッティが楽しめるものではない。
「殺してやる……。絶対に殺してやる」
絶望と狂気を押さえつけ、ベルッティはどうにか正気を保っていた。
10歳の少女にはそれが限界で、失言に気を配ることなどできなかったのだろう。
実に残念だよ。ベルッティ。
「ベルッティ……。君は、まさか」
まず、ルーニーに気づかれた。
怒りに燃えたベルッティの肝が一瞬で冷える。
性奴隷として使われた汚れた奴隷と思われれば、まず商売をするのは難しいだろう。
せっかくオレが隠しておいてやったのに、奴隷の値打ちが下がってしまった。
強い野心を持ち、どんなに努力しても、レッテルひとつで簡単に引きずり下ろされる。
情報が持つ毒は広がりやすく。その上、致命的だ。
それを証明するように、次はバルメロイが気づいた。
「ああ、あなたが……。坊ちゃんが申し訳ないことをしました」
そんな優しい言葉すら、棘となってベルッティを傷つける。
(やめろ、おれを。おれを哀れむな!!)
思いの丈を抑え込み。
これ以上の失言を防ぐために、ベルッティが口をつぐんだ。
だが、もう遅い。
一度広がった情報は否応なく活用されるものだ。
バルメロイの穏やかな笑みに影が差す。
「もしよろしければ、先ほどお伝えした事を記事にしていただければ幸いです」
「そうしていただければ、このバルメロイ。この件については口をつぐみましょう」
幾度となく戦場を生き延びたバルメロイが機を逃すはずがなかった。
「あ、あなたは、ベルッティを脅すのですか」
ルーニーからすれば優しげに話していた老人が、突然刃を振りかざしてきたに等しいのだろう。
甘い、甘すぎるぞ。ルーニー。
そもそも言葉とは、そのひとつひとつが刃だ。
故に時として、発言ひとつが致命傷となる。
単純な刃ならば躱せばいいが、言葉は刃であると同時に呪いでもある。
一度刺された傷が永劫の呪いとなり、人生に深い影を落とすこともあるだろう。
いきなり突き出された刃に対応できなければ、商人はやっていけない。
「脅すなんてとんでもない。ですが、記事にして欲しいというのは本心です。私だって、いたいけな少女をいじめたいわけではありません。ただ――」
「真実を世に広めたい。そう思うことの何が悪いのですか?」
ルーニーとベルッティがバルメロイに圧倒される。
清濁を併せ飲む老獪さに完全に絡め取られていた。経験の差だ。
10代の少年少女が勝てる訳も無いか。
「それでは、いい記事を期待していますよ」
そう言って、バルメロイが去って行く。
これでオレがベルッティを重用する理由がなくなった。
バルメロイに脅迫され、操られる可能性がある以上、ベルッティを重要な業務に就かせるわけにはいかない。
ベルッティは今すぐバルメロイを殺して口封じしたいだろうが、殺人事件を起こすデメリットよりベルッティを降格させたデメリットの方が小さい。どう考えても小さい。
野心ある奴隷をどうでもいい業務に就かせるのは嫌なものだが、時にはリスクヘッジも必要だ。いきなり足下を掬われてはかなわんからな。
バルメロイの思惑は読めないが、思い通りに事を運ばせたくない。
ベルッティにはひたすら木板にインクを塗る仕事でもさせ、ルーニーには当たり障りのない記事を書かせるとしよう。