ここ衆合地獄は、色欲に溺れた人間が落ちるといわれる。刀葉林地獄《とうようりんじごく》とも呼ばれ、刀葉樹という刃の葉がある樹木があって、その樹の上から美女が手招きしている。そして、人型の魂が登って美女に会いにいくと美女が下に消えるんだそうだ。今度は下で美女が手招きしているから、刀葉樹を降りていくと美女が上に現れる。その繰り返しで、刃の葉で地獄へ落ちた人型の魂は断末魔を上げるながら永遠と美女に会おうとするとも言われている。
「う、うわ! 見るな! 音星!」
「きゃ! ……う? 何か前方に大きな石が落ちてきましたね」
「ああ。そのまま餅を打つんだよ。さあ、行こう!」
俺は音星の目元を掌で抑えて進んだ。前方に人型の魂が大きな石で潰されていた。
空から落ちてくる巨大な石臼に気をつけて、俺は山々の間を見つめてから、身震いして次を探す。
あるものは挟まり、あるものは潰れる。人型の魂たちはどうやら、妹ではないなと安心しながら、ひと通り見て回った。一応、牛頭と馬頭に追われている人型の魂も見ていく。必死に地獄の責苦から逃げて行く人型の魂たちは、どれも妹とは違うようだ。
恐らく、妹の魂には目印があるはずなんだ。
その目印とは、ある一冊の本だ。
俺が妹の12才の誕生日の時に買ってやった本は、きっと本好きの妹のことだからここ地獄でも持参しているはずだと思っているんだ。
なあ、妹よ。
お前はこんな世界に来ているのか?
違うだろ。
お兄ちゃんと一緒に天国へ行こうぜ。
「火端さん。私、何故か後ろから小動物の気配を感じます。そうですね……うん? これは……」
「う! う! うわ! シロ!!」
俺は後ろを振り向くと、シロがのこのこと着いてきていた。シロはここ恐ろしい衆合地獄でも何事もなかったかのように音星の歩幅に合わせて歩いていた。時折、周辺の潰されていく人型の魂を見ては、ニャーと悲しく鳴く時もあった。
ゴー、スー、ゴ―、スー。
辺りの石臼が擦れる音が激しくなった。空から、また大勢の罪人たちが落ちてきたようだ。バタバタと地面に落ちる罪人たちを、牛頭と馬頭が追いかけ回す。俺はその光景を目の当たりにして、片手を音星の目元に当て。片手にシロを持って、この広大な大地の衆合地獄で妹探しを続けた。
足元に気をつけながらの妹探しだった。なにせ両手が塞がっているんだ。音星は時折、「う」と呻くこともあった。心配して辺りを見てみると、その原因が灰色の空から罪人が地面に落ちてくる際に、「痛て!」「痛い!」と痛みを発しする人がいたからだった。
その人たちは、生前で色欲に溺れたことを、ここで後悔するんだろうなあ。あ、でも。色欲に溺れたといっても。度が過ぎる色欲といわれているんだ。例えば、異性を襲う強姦のような罪だろう。
刃葉林地獄は、それと愛欲に囚われた人が落ちる地獄だし、現代版ではさながら危険なストーカーとかなのだろうな。多分な……。
この地獄の階層へは、俺の妹が落ちるはずはないな。
そう思って、もう一つ下の階層への入り口も探した。
血だまりの大地をゆっくり歩いていると……。
うん? あれれ??
俺は地面に一冊の本を見つけた。
その本は……俺が妹の誕生日に買ってやった本だった……。