テラーノベル
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ライナーは、高台から眼下に広がる戦場を見下ろしていた。
大地を揺らす鬨の声。
槍と盾がぶつかり合う乾いた音。
土煙の向こうでは、兵たちが入り乱れ、生と死が刻一刻と交錯している。
その光景を見つめるライナーの脳裏に、不意にアグリとの会話がよみがえった。
――「包囲殲滅とは、言うほど簡単ではありません。」
穏やかな口調だった。
だが、その言葉には歴戦の将だけが持つ重みがあった。
――「やろうと思ってできればこれほど簡単なことはありません」
――「今回の戦の面白いところは敵も味方もお互い連合軍ということです」
――「敵は両翼を捨て中央突破の戦術をとりました」
ライナーは黙って聞いていた。
するとアグリは少し笑みを浮かべ、肩をすくめた。
――「我々の両翼は敵よりも機能しております」
そして、少し間を置いて続けた。
――「そこがカギとなるでしょう」
――「お互い同じこと考えているのに使う軍が違うのです」
その言葉だけは、不思議と耳に残っていた。
「包囲殲滅に使う軍?」
あの時は意味が分からなかった。
だが今、眼下で繰り広げられる戦いを見つめながら、
その言葉が胸の奥で静かに響いていた。
ライナーは何も言わない。
ただ戦場を見据え、その先にあるアグリの狙いを見極めようとしていた。
「やっぱり、正面から行くか。」
ガラメールは前線を見据え、小さく呟いた。
降り注ぐ矢は盾に弾かれ、敵の前衛は一歩も退かない。
槍を並べた歩兵たちは、まるで岩壁のように隊列を保っていた。
「ならば――押し潰すまでよ。」
ガラメールはゆっくりと剣を掲げた。
「中央軍、前進!」
号令とともに、大地が震えた。
ヴァルケン国中央軍。
それは左右の騎兵隊とは異なる、王国最強の重装歩兵である。
幾度もの遠征を勝ち抜いた精鋭。
そして何より、数が違った。
ガラリア侵攻以来、敵が最も恐れてきたもの。
それはヴァルケン兵の勇猛さでも、騎馬の速さでもない。
終わりが見えないほど押し寄せる、その圧倒的な兵力だった。
一列倒しても、その後ろからさらに一列。
十人倒しても、百人が迫る。
やがて敵は剣ではなく、その絶望感に心を折られていく。
ガラメールはそのことを誰よりも理解していた。
口元をゆがめる。
「数こそ力。」
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その声は戦場の喧騒にも埋もれなかった。
「戦は、数なんだよ。」
「よいのですか?」
副官コロンボが、馬を並べながら静かに尋ねた。
「何が?」
アグリは前方から目を離さずに答える。
「ライナー王のお側におられなくて。」
その言葉に、アグリは小さく笑った。
彼が率いる左翼には、ガラリア諸部族から集められた兵が並んでいた。
練度も装備もばらばら。
そのままでは軍とは呼べない。
アグリは出陣前、自ら隊列を組み替えた。
前列に歩兵。
中列に弓兵。
後方に騎兵。
それぞれの長所を活かせるよう再編し、この戦場へ送り出したのである。
「人手不足なんだよ。」
肩をすくめるように笑う。
「俺まで本営にいたら、こっちは誰が指揮する。」
コロンボは黙って頷いた。
アグリはしばらく戦場を眺めたあと、ぽつりと口を開く。
「ただな……俺はライナー王を昔から知っている。」
その声には、どこか懐かしむような響きがあった。
「あの人には神の加護もなければ、神託もない。」
「それは間違いない。」
少し間を置き、穏やかに続ける。
「でもな。」
「なんというか……昔から神に愛されているような気がするんだ。」
「神に護られている、とでも言うのかな。」
コロンボは思わずアグリの横顔を見た。
合理主義者として知られる将軍の口から出るとは思えない言葉だった。
アグリは真剣な眼差しで、遠く右手に見える本営へ視線を向ける。
風にはためく王旗が、小さく揺れていた。
「だから――」
静かに呟く。
「今回は神に護ってもらおうと思ってな。」
そう言うとアグリは口元に薄い笑みを浮かべ、再び戦場へと視線を戻した。
敵軍中央の前を駆け抜けたゲリダリクは、馬首を鮮やかに左へ返した。
騎馬隊は一糸乱れぬ動きで旋回し、
風を切るようにアルミン率いる右翼軍の前を横切る。
砂煙が大きく舞い上がった。
ゲリダリクは敵中央の前を大きく回り込む。
騎兵が横陣へ変わる。
突撃陣形。
狙うのはただ一つ。
敵中央への一撃だった。
ゲリダリクの騎兵は、そのために大きく弧を描いていた。
「敵の本命は、こっちかな。」
ゲリダリクは小さく呟く。
振り返ると、すでにアルミン軍は敵右翼との交戦を開始していた。
鬨の声が響き、槍がぶつかり合い、無数の矢が空を覆う。
その喧騒を背にしながら、ゲリダリクは前方だけを見据えた。
やがて敵右翼が、みるみる距離を詰めてくる。
まるでゲリダリクの騎兵を逃がすまいとするかのような勢いだった。
「食いついてきたか。」
口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
その視線の先では、敵の隊列が土煙を巻き上げながら迫っていた。
「いけぇっ!」
アルミンは剣を振り上げ、突撃を命じた。
鬨の声が一斉に響き、兵たちが敵陣へと雪崩れ込む。
槍と盾が激しくぶつかり合い、土煙が舞い上がった。
その様子を見つめながら、アルミンは確かな手応えを感じていた。
(敵左翼は脆い。)
一度押し込めば、隊列は乱れ始めている。
(このまま押し切れば、後方へ回り込める。)
勝機はある。
いや、勝てる。
そう確信した。
ふと、アルミンは左手へ視線を向ける。
中央戦線では、ヴァルケン国の精鋭歩兵が濁流のように押し寄せていた。
巨大な歩兵の波が盾列へ何度も叩きつけられ、戦線全体が激しく揺れている。
「よそはよそ、うちはうちか。」
アルミンは小さく笑った。
中央の勝敗など、今はどうでもいい。
自分が先に敵を崩せば、それで戦局は決まる。
「どっちが先かな。」
呟くと同時に、アルミンは再び剣を前へ突き出した。
「押せぇっ!」
兵たちはさらに勢いを増し、敵左翼へ襲いかかっていった。
コメント
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いやあ、戦場の臨場感がすごかったですね。各指揮官の視点が切り替わる構成が巧みで、特にアグリの「神に護られている」という台詞は合理主義者の彼だからこそ重みがありました。「左旋回」というタイトル通り、ゲリダリクの騎兵が大きく弧を描く動きも映像が浮かぶようでした。アグリの伏線っぽい「包囲殲滅に使う軍」がどう回収されるのか、続きが気になります!