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「やっぱりさ、私たちのことって――誰にも理解されないと思うんだよね」
公園のベンチ。曇った空。夕方の風。
その中で美咲が口にした言葉は、誰にも届かない深い場所から絞り出されたような、そんな声だった。
「……理解される必要なんてないよ」
「うん。でもさ、たまに思うの。
“もし誰かひとりでも、この関係を理解してくれたら”って」
優羅はしばらく何も言わず、美咲の隣に座ったまま、指先だけを彼女の指にそっと重ねた。
「理解されるって、たぶん、誤解されることなんだよ」
「……うん、分かる。優しく“可哀想だね”って言われるの、いちばんムカつくよね」
「ね。それに、たとえ言葉にできても、ここまで来た私たちの感情なんて、誰にも“翻訳”できない」
ふたりだけが知っている“痛みの味”
ふたりだけがわかる“沈黙の重さ”
ふたりだけが信じられる“存在の重み”
それは“言葉”で説明できるようなものではなかった。
教室では、ふたりともすっかり“浮いた存在”になっていた。
必要以上の会話は交わさず、誰にも心を許さない。
でも、ふたりでいるときだけ、
優羅は笑い、美咲は安心した顔を見せる。
昼休みも、放課後も、下校中も。
“ふたり”であることが唯一の正解で、それ以外はすべて無意味だった。
最近ではもう、リストカットの傷跡を隠すこともしなくなった。
制服の袖がまくれたときに、赤黒い線が見えても、誰も何も言わなくなった。
見て見ぬふり。それが、大人たちの“保身”だった。
「ねえ、優羅さん」
「なに?」
「どうして、こんなふうになっちゃったんだろうね」
「さあ。でも、たぶん……“誰にも救われなかったから”じゃない?」
「……うん。救われなかった。でも、見つけたんだよね。“お互い”っていう、世界でたったひとつの避難所を」
「私にとっては、それだけがすべてだった」
美咲は笑った。目は潤んでいた。
「私たちにしかわからないこと、いっぱいあるよね」
「いっぱいある。でも、それでいいと思う」
「……うん。誰にも理解されなくても、私はあなたとこのまま壊れていくのが、たぶん一番幸せ」
ふたりの間にある“何か”には名前がなかった。
恋愛でも友情でも依存でもない、もっと複雑で、もっと深い感情。
言葉にしてしまえば壊れてしまう。
だからふたりは、手を繋ぐだけで心を通わせていた。
「……ねえ、美咲」
「ん?」
「私たちが最期に残せるのって、“誰にも理解されないまま死ぬこと”かもしれない」
「それって、悲しい?」
「……ううん、むしろ誇らしい。
この感情は、私たち“だけ”のものだって証明できるから」
「……バカだね、優羅さん。ほんとに」
そう言って、美咲は笑った。
そして、涙を流した。
その涙は悲しみじゃなくて、“覚悟”の涙だった。
その夜、ふたりはもう一度、“ノート”を開いた。
死に場所の候補、時間帯、持っていくもの。
そして、お互いへの最後のメッセージを書き添える。
“ありがとう”じゃない。
“ごめんね”でもない。
“愛してる”ですらない。
ただ――“あなたがいてよかった”
たったそれだけの、ふたりだけの言葉。
「私たちにしか、わからないこと」
「誰にも分かってほしくないこと」
だからこそ、意味があった。
そしてふたりは、最後の準備を始めた。
静かに、確かに、終わりへ向かって。
でも――その先に待っているのは、果たして“終わり”なのか、それとも――