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#読み切り
陽藍.
1,084
「やっぱりさ、私たちのことって――誰にも理解されないと思うんだよね」
公園のベンチ。曇った空。夕方の風。
その中で美咲が口にした言葉は、誰にも届かない深い場所から絞り出されたような、そんな声だった。
「……理解される必要なんてないよ」
「うん。でもさ、たまに思うの。
“もし誰かひとりでも、この関係を理解してくれたら”って」
優羅はしばらく何も言わず、美咲の隣に座ったまま、指先だけを彼女の指にそっと重ねた。
「理解されるって、たぶん、誤解されることなんだよ」
「……うん、分かる。優しく“可哀想だね”って言われるの、いちばんムカつくよね」
「ね。それに、たとえ言葉にできても、ここまで来た私たちの感情なんて、誰にも“翻訳”できない」
ふたりだけが知っている“痛みの味”
ふたりだけがわかる“沈黙の重さ”
ふたりだけが信じられる“存在の重み”
それは“言葉”で説明できるようなものではなかった。
教室では、ふたりともすっかり“浮いた存在”になっていた。
必要以上の会話は交わさず、誰にも心を許さない。
でも、ふたりでいるときだけ、
優羅は笑い、美咲は安心した顔を見せる。
昼休みも、放課後も、下校中も。
“ふたり”であることが唯一の正解で、それ以外はすべて無意味だった。
最近ではもう、リストカットの傷跡を隠すこともしなくなった。
制服の袖がまくれたときに、赤黒い線が見えても、誰も何も言わなくなった。
見て見ぬふり。それが、大人たちの“保身”だった。
「ねえ、優羅さん」
「なに?」
「どうして、こんなふうになっちゃったんだろうね」
「さあ。でも、たぶん……“誰にも救われなかったから”じゃない?」
「……うん。救われなかった。でも、見つけたんだよね。“お互い”っていう、世界でたったひとつの避難所を」
「私にとっては、それだけがすべてだった」
美咲は笑った。目は潤んでいた。
「私たちにしかわからないこと、いっぱいあるよね」
「いっぱいある。でも、それでいいと思う」
「……うん。誰にも理解されなくても、私はあなたとこのまま壊れていくのが、たぶん一番幸せ」
ふたりの間にある“何か”には名前がなかった。
恋愛でも友情でも依存でもない、もっと複雑で、もっと深い感情。
言葉にしてしまえば壊れてしまう。
だからふたりは、手を繋ぐだけで心を通わせていた。
「……ねえ、美咲」
「ん?」
「私たちが最期に残せるのって、“誰にも理解されないまま死ぬこと”かもしれない」
「それって、悲しい?」
「……ううん、むしろ誇らしい。
この感情は、私たち“だけ”のものだって証明できるから」
「……バカだね、優羅さん。ほんとに」
そう言って、美咲は笑った。
そして、涙を流した。
その涙は悲しみじゃなくて、“覚悟”の涙だった。
その夜、ふたりはもう一度、“ノート”を開いた。
死に場所の候補、時間帯、持っていくもの。
そして、お互いへの最後のメッセージを書き添える。
“ありがとう”じゃない。
“ごめんね”でもない。
“愛してる”ですらない。
ただ――“あなたがいてよかった”
たったそれだけの、ふたりだけの言葉。
「私たちにしか、わからないこと」
「誰にも分かってほしくないこと」
だからこそ、意味があった。
そしてふたりは、最後の準備を始めた。
静かに、確かに、終わりへ向かって。
でも――その先に待っているのは、果たして“終わり”なのか、それとも――
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