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職場に到着した美空は、すぐにロッカールームへ向かった。

先に出勤していた同僚に挨拶をすると、制服に着替える。


制服は、白のカットソーに黒のスーツだ。スーツはスカートとパンツの二種類あり、どちらを着てもよい。

宝飾業界では、こうしたスタイルが一般的だった。

この日、美空はパンツスーツを選んだ。

長い髪は後ろで一つにまとめ身支度を整えた後、もう一度鏡で全身をチェックする。

スタッフの身だしなみが乱れていれば、宝石の品位を下げることにもなりかねないため、最新の注意を払う。

準備を終えた美空は、一階の販売フロアへ向かった。



フロアで同僚たちに挨拶を済ませると、ショーケースの商品を整える作業に取り掛かる。

商品を綺麗に並べ終えると、今度はショーケースのガラスをピカピカに磨き上げた。



美空が開店準備に精を出していると、総務部に所属する同期・桜庭結衣(さくらばゆい)が美空のフロアへ降りてきた。

結衣はフロアの社員に書類を渡した後、美空のそばへ来て言った。



「美空、オッハー!」

「おはよう!」

「今日は七時半きっかりに終わってよ!」

「わかってる」

「それならよしっ!」



結衣は笑顔でピースサインを送ると、再び総務部がある二階へ戻っていった。



昼の休憩時間、美空は屋上で弁当を広げていた。

週に一度は結衣と外でランチを楽しむが、それ以外の日は手作り弁当を持参している。それは節約のためでもあった。

頼れる家族がいない美空は、少しでも貯金を殖やしたいと思っていた。



そう、美空には、もう家族がいないのだ。



美空が宝石箱を覗いていたあの日の朝、母はいつもより念入りに化粧をして、父と一緒に出掛けた。

その間、美空は近くに住む祖母の家で過ごしていた。

しかし、その夜、両親は交通事故に遭い帰らぬ人となった。

父の運転する車が、センターラインを大きくはみ出してきたトレーラーと正面衝突したのだ。

二人とも即死だった。


事故に遭った美空の両親は、知人の結婚式に出席していた。

結婚式用にと父が母のために買ってくれたベージュ色のワンピースを着て、母は嬉しそうに出掛けていった。

数ある宝石の中から、母は美空の一番のお気に入りであるトパーズの指輪を選び、指にはめていった。

オレンジ色のトパーズは、ベージュ色のワンピースにとてもよく似合っていた。



通夜や葬儀のことはなんとなく覚えている。しかし、まだ幼かった美空には、何が起きたのかまったく理解できなかった。

両親は、きっと旅行にでも行っているのだろう……そんな風に思っていた。


両親の死後、美空は母方の祖母に引き取られた。

祖父はすでに他界しており、一人暮らしだった祖母は、すぐに美空を引き取って面倒を見てくれた。

しかし、その祖母も美空と暮らし始めて二年後、突然病で帰らぬ人となった。

再び孤独になった美空は、今度は父の兄である伯父の家に引き取られることになった。


伯父の家には、美空と同じ年頃の女の子が二人いた。美空にとっては従姉妹にあたる。

伯父は優しかったが、伯母は美空に対してとても冷たかった。

伯父がいる前では普通に接してくれるが、彼がいなくなると氷のように冷たい態度になる。どうして伯母がそんなに冷たく当たるのか、幼い美空には知る由もなかった。

それでも他に行くあてのない美空は、そんな環境をただ我慢するしかなかった。


幸いなことに、美空には両親が遺してくれた財産があった。

死亡時の保険金や賠償金に加え、両親が美空のために積み立てていた預金や学資保険が、かなりの額あった。

その金は、伯父がしっかりと管理してくれていたおかげで、美空は大学へ進学することができた。

東京の大学へ進学するのを機に、美空は伯父の家を出て一人暮らしを始めることにした。

アパート探しには伯父が付き添ってくれ、保証人にもなってくれた。そんな優しい伯父には、今でも感謝している。


母の宝石箱にあったたくさんのジュエリーは、今はもうない。

後で知った話だが、美空の了承なしに伯母がすべて売り払ってしまったらしい。

その理由は、美空の生活費に充てるためだと言った。

美空の預金はすべて伯父が管理していたので、伯母はその金に一切手をつけることができなかった。それを不満に思った伯母は、『生活費』という名目で、父が母に贈ったジュエリーをすべて売り払ってしまったのだ。

その事実を知った時、美空は愕然とした。てっきり伯母が大切に保管してくれているものだと信じていたからだ。


幸い、一番お気に入りだったトパーズの指輪だけは、奇跡的に美空の手元に残った。

それは、母が亡くなった時に身に着けていたからだ。

母が最期まで指にはめていたトパーズの指輪を、美空は紐に通して首から下げ、肌身離さずお守り代わりにしていた。

オレンジ色の美しいトパーズの指輪は、父が母に初めて贈ったプレゼントで、婚約指輪でもあった。


美空の母は11月生まれなので、誕生石はトパーズだった。

そして、美空もまた母と同じ11月生まれだったので、母娘二人の誕生石は偶然にも同じ宝石だった。

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