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芙月みひろ
#裏切り
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Scene41:交わる場所
待ち合わせの時間が近づくにつれて、
胸の奥の温度がゆっくりと強くなっていく。
駅へ向かう道は、
いつもと同じはずなのに、
どこか違って見えた。
歩く速度が少しだけ早い。
でも、急いでいるわけではない。
ただ、足が自然と前へ出る。
改札前に着くと、
人の流れの向こうに
見慣れた姿が立っていた。
有莉澄さんが、
スマホを胸の前で軽く握りながら
周囲を見渡している。
視線が合った。
その瞬間、
胸の奥の温度が
静かに形を変えた。
有莉澄さんが
小さく会釈する。
その仕草が、
いつもより少しだけ柔らかかった。
僕は歩き出す。
距離が縮まるにつれて、
呼吸が浅くなる。
目の前に立つと、
有莉澄さんが
ほんの少しだけ笑った。
声は小さかった。
「……景兎先輩」
その一言だけで、
胸の奥の緊張がほどけていく。
景兎も短く返す。
「来てくれて、ありがとう。」
有莉澄さんは
首を横に振った。
「こちらこそ……お時間いただいて、ありがとうございます。」
言葉は丁寧なのに、
声の温度は柔らかい。
沈黙が落ちる。
でも、重くはならない。
口を開く。
「……歩きながら、少し話しませんか。」
有莉澄さんは
迷いなく頷いた。
「はい。」
ふたりは並んで歩き出す。
肩が触れるほど近くはない。
でも、
離れすぎてもいなかった。
歩幅が自然と揃う。
少しだけ横を見る。
有莉澄さんの横顔は、
どこか緊張していて、
でもそれ以上に
嬉しさが滲んでいた。
その表情を見た瞬間、
胸の奥の温度が
またひとつ深くなる。
言葉にしなくても、
距離が確かに縮まっていく。