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「は?」
市川凌空は母親の返り血を浴びた真っ赤な顔で、こちらを振り返った。
その表情からは他の感情は読み取れず、彼がこの部屋に入ってきてから、無我夢中で母親を刺し殺すまで、意識がなかったのだということがわかった。
「忘れたなら教えてあげるよ」
城咲は立ち上がり、座り込んでいる凌空の前にしゃがんだ。
「晴子さんはね、死ぬ直前にこう言ったんだ。『亜希子を殺したのは、凌空だ』って」
母親によって強制的に二重にされた大きな目が見開かれる。
「……ふざけるなよ。全部俺が悪いってのか……?」
腹の底から絞り出したような声が、リビングに響いた。
「生まれた時から変な女が監禁されてて!その女のせいで母親は機嫌悪いし!父親は家に寄り付かないし!」
自分の言葉が呼び水になっているのだろう。凌空はどんどん興奮してきた。
「兄貴は犯しまくってるし、姉貴は汚いって見て見ぬふりしてるし!!」
彼の言う通りだ。
彼は唯一、生まれた瞬間から地獄だった。
しかし―――
「でも、それは全部、アキちゃんのせいじゃないよね?」
凌空の血走った目がこちらを睨む。
「……あの女のせいだよ!!あの女がいなかったら、俺の家族は!俺の家族は……!!」
包丁を握る手に力が入るのが分かった。
彼がそれを自分に向けるのよりも早く、城咲は持っていた煙草を彼の左目に押し付けた。
「……っ!!!がアア!!」
包丁を落とした凌空は後ろにひっくり返り、両手で左目を抑えながら、リビングの床をのた打ち回った。
つま先にあった輝馬の頭が転がる。
腰の脇にあった紫音の顔がつぶれる。
「…………」
城咲は4つの顔を見下ろしながら、立ち上がった。
そしてずっと寝室から見ていた男を振り返った。
ドアがゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、
市川健彦だった。