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#普通
野々さくら
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ありあ
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龍河は懐から2枚の地図を取り出し、静かに坪野の前へ差し出した。
「これだ・・・」
坪野は地図へ視線を落とす。
「それは・・・何でしょうか?」
龍河は1枚を指で示しながら説明を始めた。
「これは1970年1月に発売された
東亰都地図帳の一部だ」
坪野は小さく呟く。
「地図帳の一部・・・」
龍河は続ける。
「この場所は、1970年1月当時
新開村としっかり表記されていた」
部屋に静寂が流れる。
「しかし──」
もう1枚の地図を広げる。
「同じ年の2月に発売された
修正版からは新開村が消されていた」
銚子は目を丸くした。
「修正版?」
龍河は頷く。
「『一部表記に誤りがあった』という理由で発売から
僅か1か月後に修正版が発売されていたんですよ」
銚子は信じられないという表情を浮かべる。
「そんな短い期間で?」
坪野は黙ったまま、2枚の地図を見つめ続けていた。
龍河は言葉を続ける。
「俺たちは、僅か1か月後に修正版が
発売されたという事実に疑問を持った」
視線を坪野へ向ける。
「普通なら地図帳の修正には、数か月
長ければ一年近くかかると言われています」
銚子も静かに頷く。
「そうですよね・・・」
龍河はさらに畳み掛ける。
「しかも元の地図帳は東亰都が自主回収していた」
その言葉に、部屋の空気が張り詰める。
坪野は何も言わない。
龍河は低い声で続けた。
「当初は存在しない村を間違って表記したから
急いで修正したんだろう・・そう予想していた」
しかしその仮説を否定するように首を振る。
「それにしては修正の速さが異常すぎる」
龍河は一同を見渡した。
「だからこう予想した」
修正前の地図を指先で弾くように叩く。
「1970年1月時点で新開村は確かに存在していた」
続いて修正版へ視線を移す。
「しかし2月には何かの理由があって無くなった」
銚子が息を呑む。
「村が・・・無くなった?」
「合併された可能性も考えた・・・」
龍河は首を横に振る。
「けどそれじゃ修正の速さと辻褄が合わない」
その目が鋭く細められる。
「だから何かを隠蔽する為に
急いで 修正する必要があった。そう考えた」
銚子は困惑したように聞き返す。
「隠蔽?」
「陰謀論なんかでよく語られる話があるんです」
龍河は静かに語り始める。
「『疫病が蔓延した村に火を放ち証拠を隠滅する』」
短く言い切った。
「そんな話です・・・」
銚子は戸惑いを隠せない。
「この村が?」
坪野は苦笑を浮かべる。
「まるでフィクションのような話ですね」
龍河は真っ直ぐ坪野を見据えた。
「違いますか?」
坪野はわずかに目を細める。
「まあ、あなたの予想が正しいと仮定して──」
意味深な間を置く。
「なぜ村は焼かれたんでしょう?」
龍河は迷いなく答えた。
「それは同じ年の3月に、日本はある
国際イベントを控えていたからだ」
銚子が首を傾げる。
「国際イベント?」
すぐに何かを思い出したように目を見開く。
「あ、もしかして・・大阪万博!?」
龍河は静かに頷いた。
「そうです・・・」
そして部屋全体に響くような声で続ける。
「大阪万博を控えた日本で疫病が蔓延している」
一呼吸置く。
「そんな事実が明るみに出れば万博中止は免れない」
龍河はゆっくりと息を吐いた。
「国は・・大阪万博開催で得られる
経済効果と新開村の村民の命
この二つを天秤にかけたんだ」
静寂の中、その言葉だけが重く響く。
坪野は腕を組み、眉をひそめる。
「ですがここの新開村は東亰都ですよ?」
さらに問いを重ねた。
「大阪万博とは関係のない土地の筈
なぜこの村が焼かれる必要が?」
龍河は静かに頷く。
「当時、東亰都にも各国の要人が宿泊していたはずだ」
窓の外へ視線を向ける。
「もし水源地に近い新開村で疫病が蔓延すれば
その影響は東亰都中心地にまで及びかねない」
その場にいた誰も口を挟まない。
「仮に外国の要人が汚染された水を口にし
命を落とすようなことがあれば──」
龍河はゆっくりと言い切った。
「それは大阪万博中止どころの騒ぎじゃない」
短く、しかし力強く続ける。
「下手をすれば国際問題だ」
坪野は目を閉じて深く考え込む。
龍河は視線を伏せたまま語った。
「経済効果と人命、究極の二者択一を前にした日本は」
拳を静かに握る。
「目先の利益を選んだんだ・・・」
部屋の空気がさらに重く沈む。
「結果・・・新開村は国によって消された」
2枚の地図へ視線を落とす。
「そう考えれば、地図帳の修正が
異常なほど早かった理由にも説明がつく」
しばらく沈黙が続いたあと、坪野は静かに頭を下げた。
「長々とありがとうございます」
顔を上げると、その表情には新たな疑問が浮かんでいた。
「しかし、新開村が消されたとするなら──」
ゆっくりと辺りを見回し大きく両腕を広げる。
「今、あなた達がいるこの場所は
一体どこなんでしょうか?」
龍河は返答に詰まった。
「そ、それは・・・」
唇を噛み締める。
「そこまでは調べても分からなかった」
坪野は穏やかに微笑む。
「でしょうね・・・」
障子越しの光を見つめながら、静かに続けた。
「この新開村は歴史から抹消され
人々の記憶からも忘れ去られた土地ですからね」
龍河は首を傾げる。
「忘れ去られた土地?」
坪野はゆっくりと龍河を見据えた。
「あなた達は──
『灰熱病』
という病をご存じですか?」
龍河は聞き慣れない名に眉を寄せる。
「かい・・ねつ・・びょう?」
坪野は小さく笑った。
「まあ、これは私が勝手にそう名付けた病ですがね」
龍河が聞き返す。
「名付けた?」
坪野は静かに頷いた。
「過去にこの村で蔓延していた疫病です」
その声は次第に重みを帯びていく。
「感染経路は不明」
ゆっくりと言葉を区切る。
「しかし、間違いなく人から人へ感染し──」
一瞬、目を閉じる。
「感染しら最期、肺が焼けるような熱に襲われる」
銚子が思わず息を呑んだ。
坪野は淡々と続ける。
「そして最終的に胸元が黒炭化して死に至る」
部屋の空気が凍りつく。
坪野は静かに結論を口にした。
「人が灰になる奇病です」
「その奇病がこの新開村で?」
龍河の問いに坪野は目を閉じる。
「ええ・・私はこの新開村
唯一の生き残りなんですよ」
「生き残り・・・」
信愛は小さく呟く。
障子越しに射し込む淡い朝の光が、静まり返った和室を白く照らしていた。
龍河は眉をひそめる。
「ならこの村は?」
坪野は少しだけ目を伏せて答えた。
「私が天縁教団を創立し焼かれる前の
新開村を再現して創り上げました」
その言葉に、龍河は反射的に聞き返す。
「焼かれる前?」
坪野は静かに頷いた。
「あなた方が予想した通り、この新開村は
国から命を受けた自衛隊によって焼かれたんです」
龍河の表情が凍りつく。
坪野は続ける。
「『新開村緊急焼却計画、通称『カグツチ計画』
それが当時、国から自衛隊に出された命令です」
龍河は目を伏せ、小さく呟く。
「カグツチ計画・・・」
そしてあることに気づいた龍河が、坪野に尋ねる。
「だから修理固成を?」
龍河の問いに、坪野は少し首を傾げる。
「修理固成?」
だが次の瞬間、その意味を悟ったように目を細めた。
「いやはや・・・これは驚きですね」
感心したように息を漏らし、龍河を真っ直ぐ見据える。
「そこまでたどり着いていたんですか」
龍河は無言のまま視線を返す。
坪野は静かに頷いた。
「そこまで知っているのなら、少々昔話をしましょうか」
龍河は短く尋ねた。
「昔話?」
坪野はゆっくりと目を閉じ、懐かしむように語り始める。
「今から56年前──」
その一言で、空気は一変した。
まるで時が巻き戻されるように、部屋は静寂に包まれる。
坪野は遠い記憶を見つめるような眼差しで、小さく微笑んだ。
「私はこの村で暮らす、ごくごく普通の少年でした」
コメント
1件
坪野さんが「唯一の生き残り」で、村を自ら再現してたって…ああ、もう全部繋がった瞬間のゾワッと感がすごかったです。地図の修正から「カグツチ計画」、そして「修理固成」の伏線がここで回収されるとは。最後の「ごく普通の少年でした」という言葉が、これから語られる過去への期待を一気に高めますね。続き、めっちゃ気になります。