テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
1969年。東亰都奥多摩・新開村。坪野康仙9歳。
方々を山々に囲まれた小さな村には、子供たちの笑い声がどこまでも響いていた。
広場では数人の子供たちが木の枝や段ボールで作った武器を手に、夢中になって遊んでいる。
「きゃー助けてー!」
女の子が大げさに逃げ回る。
「死にたくないよー!」
すると、黒い覆面を巻いた少年が胸を張り、悪役らしく高笑いした。
「観念するんだな! 誰も助けになど来ん!」
さらに両腕を広げ、誇らしげに叫ぶ。
「この世界は我々悪の秘密結社
『黒丸連合』の支配下となるのだ!
わーっはっはっはっは〜!」
その瞬間、凛とした声が広場に響いた。
「そうさせないぞ!」
子供たちが一斉に振り向く。
赤い鉢巻きを締めた坪野が、颯爽と現れた。
「だ、誰だ!」
悪役の少年が身構える。
少年は胸を張り、人差し指を天へ突き上げた。
「人に隠れて悪を斬る!」
一拍置き、力いっぱい名乗りを上げ、カッコよくポーズを決める。
「秘密忍者!赤丸見参!」
「来たな!宿敵赤丸!」
黒丸も負けじと木の剣を構える。
「今日こそ決着の時だ!邪悪忍者黒丸!」
黒丸は不敵に笑う。
「望むところだー!」
木の剣同士がぶつかり合い、乾いた音が広場に響く。
周りの子供たちは目を輝かせて声援を送った。
「康ちゃんがんばれー!」
「いけー!康兄ちゃーん!」
その声に、坪野は思わず肩を落とす。
「だ〜か〜ら〜!」
呆れたように振り返り、少し頬を膨らませた。
「今の俺は康仙じゃなくて秘密忍者赤丸な〜の〜!」
子供たちはきょとんとする。
坪野は苦笑いを浮かべた。
「なんか言えば分かるんだよ!」
その時だった。
村の奥から、老婆のしわがれた優しい声が響く。
「さあ! みんな!」
子供たちが一斉に振り向く。
「おやつの時間だよ〜♬」
康仙は頭を抱えた。
「だぁ〜!も〜う!ばあちゃ〜ん!」
肩を落としながらぼやく。
「今いいとこだったのにぃ〜!」
黒丸役の少年も笑いながら頷いた。
「そうだよ〜!タイミング〜!」
老婆は申し訳なさそうに笑う。
「ありゃりゃ〜・・そりゃごめんね〜」
しかし子供たちの気持ちは、もう戦いではなかった。
「おやつ食べたぁ〜い♬」
「ウチも食べたぁ〜い♬」
坪野は深いため息をつく。
「はぁ〜・・お前らな〜・・・」
さっきまで世界の命運を懸けていたはずの戦いは、一瞬にしてお菓子に負けてしまった。
しかし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
お菓子の誘惑は強烈なのだから。
しかし坪野は納得いかない様子で地団駄を踏む。
「せっかく今から赤丸と黒丸の
宿敵対決だったのにぃ〜」
すると女の子が嬉しそうに叫ぶ。
「ラムネにきな粉棒♬」
別の子が目を輝かせる。
「ベビースターもあるじゃん♬やった〜♬」
その言葉を聞いた坪野の表情が一変した。
「え!?ベビースター!?まじで!?」
思わず木の剣を放り投げる。
「俺も食べたい♬」
黒丸は吹き出しながら笑った。
「あはは、なら一時休戦だな」
坪野は満面の笑みで頷く。
「ああ、おやつ食ったら宿敵対決再会だな!」
黒丸も力強く拳を握った。
「あったり前だ!」
夕暮れの広場に、子供たちの笑い声がいつまでも響いていた。
◇ ◇ ◇
坪野は静かに目を伏せた。
障子の向こうから差し込む淡い光が、その横顔をぼんやりと照らしている。
「この時の私は──」
遠い記憶をなぞるように、小さく息をつく。
「今の暮らしが未来永劫続く
そう信じて疑っていませんでした・・・」
その言葉に、信愛は何も返せない。
ただ黙って耳を傾けることしかできなかった。
やがて坪野は静かに顔を上げる。
「そして翌年の1月──」
その瞬間、空気が変わる。
「一人の村民の黒炭化した死体が見つかった事を皮切りに
次々と同じ症状で亡くなる村民が増えていきました」
龍河は重々しく呟く。
「それが灰熱病・・・」
坪野はゆっくり首を横に振る。
「まぁ、当時はその名前はありませんでしたがね」
遠くを見るように目を細める。
「今でも目を閉じると、悶え苦しむ
村民の姿が浮かんできます」
その場にいた誰もが言葉を失った。
静寂だけが部屋を支配する。
やがて坪野は再び語り始めた。
「そんな時、東亰都から派遣された
防護服を着た医療団が村にやって来ました」
当時の希望を思い返すように、少しだけ表情が和らぐ。
「これでみんな助かる、そう信じていました」
その表情はすぐに曇った。
「しかし、医療団は苦しむ村民を目視で軽く
確認すると、そそくさと帰っていきました」
龍河は眉をひそめる。
「なるほど・・・」
坪野は静かに頷く。
「最初は何をしに来たのか理解ができませんでしたが」
悔しさを噛み締めるように拳を握る。
「後に、武装した自衛隊が新開村に
やって来た時に、全てを悟りました」
龍河は目を閉じ、静かに推測を口にする。
「派遣された医療団は、未知の
疫病を前に匙を投げた訳か・・・」
「そうです・・・」
坪野は短く答えた。
「それから疫病に太刀打ち出来ないと理解した国は──」
一瞬の沈黙。
坪野は苦々しい笑みを浮かべながら、静かに真実を告げる。
「自衛隊に・・カグツチ計画を命令したんですよ」
部屋の空気が一気に重くなる。
坪野は龍河たちを見渡し、低い声で締めくくった。
「目先の金欲しさに・・・新開村を見捨てたんです」
コメント
1件
**リオン:** 第290話、読み終えました。冒頭の子供時代の遊びの描写がもうね、本当に生き生きしてて。赤丸と黒丸の宿敵対決、おやつに負けるあの空気感、めちゃくちゃ伝わってきました。その後の「カグツチ計画」という重い真実への落差が、坪野さんの軋むような内面をより深く感じさせました。伏線として、この村の選択が物語の根幹にどう響くのか、すごく気になります。