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「ああ、あれがゼゲルか。確かにダメな顔をしている」
「どんな悪人面かと思ったら、実際見るとただのダメなおっさんだよな。つまんね、俺はもう帰るわ」
聖堂騎士の一人が階段を上り、もう一人が残る。
聖堂教会の地下にある異端隔離室に、ゼゲルは閉じ込められていた。
異端隔離室と書くとそれなりにまともな部屋のように思えるが、実際には独房で、部屋というよりは鉄格子で上下左右を囲まれている。
つまり、動物を入れる檻そのものだ。
「出してくれ! 俺が何をしたと言うんだ!!」
ゼゲルが無実を訴えるが、無駄だ。
「いや、お前。あれだけの悪行を成して、その言い草はないだろう」
児童売春を繰り返したゼゲルに温情をかけるものは誰もいない。
「俺は、俺はどうなるんだ?」
「当然だが、拷問する。一応その後に処刑する予定になっているが、いつも通りだと拷問中に絶命するので、処刑まで行き着かないな」
「いや、処刑はしているのかな。念のため、最後は首を刎ねているし」
ひどい。
ゼゲルはさめざめと泣いた。
なぜそんなひどいことをするのか。
聖堂騎士の瞳に哀れみが浮かんだ。
「お前が苦しみ、嗚咽を漏らせば、お前に陵辱された子供達も少しは報われる。そんなこともわからないのか」
拷問は明日、朝一番に行われる。
正義執行は早ければ早いほどいい。
「じゃ、じゃあ。俺はどうしたらいいんだ?」
この後に及んで、ゼゲルは考えようとしない。
「どうしたらって、お前はもう死ぬだけだよ」
聖堂騎士の言葉を、ゼゲルは無視した。
「違う、違うよ。だって、俺のことを助けてくれるんだろう? なぁ、そうだろう?」
「ほ、ほら。俺は別に悪いことなんてしていないし」
えへ、えへ。
と、媚びるようにゼゲルが笑う。
「きっと。神様が俺を助けてくれるんだ」
太った中年の顔が、無邪気に笑う。
は、吐き気がする。
一体どういう精神をしているのか。
聖堂騎士は理解に苦しんだ。
ゼゲルは年若い少年少女を拉致し、売春を強要した挙げ句、最後には拷問を繰り返して殺している。
それも一人や二人ではないのだ。
これほどわかりやすい悪もいるまい。
なのに、自分に罪はなく。
神が助けてくれると本気で信じている。
ゼゲルはどんな拷問を受けても、罪を悔い改めないだろう。
絶対にわかりあえる気がしない。
聖堂騎士は急に気分が悪くなった。
ゼゲルの精神の一部に触れてしまったのだ。
なるべく何も考えずに確実に殺そう。
ゼゲルを灰にした後は、呪物として保管する必要がある。
川に流しては、海が汚染される。
かといって浄化できる代物とも思えん。
聖堂騎士はそう決意し、去って行った。
騎士の背を見送ったゼゲルが、思い出したように震え上がる。
処刑は明日だ。それはもう動かせないだろう。
とうの昔に万策尽きていたが、とうとうこの日が来てしまった。
神様、どうか助けてください。
俺が一体何をしたっていうんです。
ただ、ガキをさらって使い潰しただけだ。
他人の命を金に換えて何が悪いんですか。
それに、俺はちゃんと奴隷にしてから使い潰している。
何の法にも違反していないはずだ。
だって、奴隷は物だ。
物、そうだ。物だから。壊してもいいんだ。
「う、あ?」
唐突に過去の記憶が頭を巡る。
ブレオス火山。
鼻につく硫黄の臭い。
そうだ。
そこでカシアはその大きな腹を裂かれ、引きずり出された俺の子は、鎧どもに踏み潰された。
何度も、何度も。
「なぜこのような非道をする! 我々は人だ! 我々には生まれながらに、人である権利があるのだ!」
そうだ。
俺は奴隷達を率いて戦っていた。
正しいことをしていたんだ。
俺が仕掛けた毒にやられ、目を血走らせた敵将が叫ぶ。
いやだ、聞きたくない。思い出したくない。
「なぜかだと!? 下等な奴隷の分際で!! 奴隷とは物だ!! 物を壊して何が悪い!! お前らは人ではない、ただの奴隷だ!! 消費されるだけの消耗品が、幸せになりたいなど、夢にみるな!!」
ああ、そうだ。
奴隷は、奴隷とは物だ。
そうでなければならない。
そうでなければ、カシアが腹を裂かれるわけがない。
俺の子が、まだ産まれてもなかった俺の子が、あんなに踏み潰されるわけがない。
物だ。奴隷は物だ。
奴隷を物として扱って何が悪い。
そうやってぶつぶつ呟いていると、急に肌寒くなってきた。
いや、肌寒いなんてものではない。なんだ、この感覚は。
『ゼゲル。ゼゲルよ。聞えますか?』
頭の中に声が響く。
この声は、一体。
『私は女神、パンドラのピトス』
『ゼゲル、あなたを助けに来ました』