『さて、これから始めるけど祝詞の類は省かせてもらうよ。イレイラが飽きてしまうからね』
カイルは参列者に向かい同意を求めた。
『まぁ、カイル達がそれでもいいのなら私達は構いませんよ。——ね?ウィル』
オオカミの獣耳を持つハクと呼ばれる神子が隣に座る男性に問い掛ける。
『何だ、つまんねぇな。誓いのキスを冷やかしてやろうと思ってたのに』
ライオンの獣耳を持つ神子のウィルが不貞腐れた顔でボヤく。
『冷やかしはいけませんよ。カイルが拗ねて、追い出されてしまいますよ?』
クスクスと笑い合うハクとウィルの二人はとても楽しそうだ。
『お二人共お静かに願います。…… カイル様、儀式を』
セナが二人を宥め、カイルには続きを勧める。そんな彼に対してカイルは首肯して応えた。
『…… それでは始める。イレイラもいいよね。もう後戻りはさせないよ』
有無を言わせない言葉に、“私”は頷く事しか出来なかった。
“私”が土壇場で逃げ出さない事に安堵したのかカイルが微笑む。その顔はどこまでも澄んでいて、とても穏やかだ。
一呼吸置く。すると、周囲から一気に音が消えた。 カイルがカッと目を見開いた途端、彼の体から魔力が光を帯びて溢れ出し、綺麗な黒髪がフワッと浮いた。
“私”の体を、カイルが両腕を伸ばし高く掲げる。どこからともなくキラキラと輝く光が現れ、私の体をも包み出す。 彼の開いた口からは聴き取れない不思議な音が流れ出し、音楽を奏でているみたいだったので、カイルは古代魔法を発動させている事が“私”でもわかった。
(これが、『結婚式』というものなんだろうか?)
想像していたものと全然違って不安が加速する。でも体が動かない。まるで見えない鎖で縛られていくみたいだ。
描いてもいないのに透明で赤い色味をした魔法陣が祭壇から出現した。カイルと同じくらい大きな魔法陣が、彼の呪文に呼応して光を増す。
その魔法陣から二つの光が飛び出し、私達の方に近づいて来た。ゆっくりと、でも確実に。その光を目にした瞬間、カイルの口元が弧を描くように醜く歪んで見えた。
『あぁ、イレイラ…… 僕のイレイラ。これで君は、永遠に僕のモノだ…… 』
彼の呟く声に、底なし沼でも覗き込んでしまった時の様な恐怖を感じる。でも同時に、ゾクゾクした鈍い快楽も何故か秘めていて、自分でも驚いた。
飛び出してきた二つの光がそれぞれの胸へと向かう。それらは心臓の位置まで来ると、パンッと花火みたいに弾けて消えた。その瞬間走る胸元の鈍い痛み。“何か”が自分に刻まれた事を“私”は不思議と理解出来た。
恐る恐る下を見ようとしたがまだ動けない。困っていると、次第に光は静まり、浮いていたカイルの髪も緩やかに落ちた。
『綺麗だね、最高だ』
カイルはウットリとした顔で、“私”の胸元に端正な顔を寄せる。ドクドクと騒がしい私の心臓に向かい、彼はキスを落とした。
『まるで君の胸に、薔薇の花が咲いたみたいだ』
ギュッと“私”を抱きしめ、カイルが頭に軽く頬擦りをする。そっと顔を隠していたベールを捲ると、口にもキスをくれた。
『誓いのキス…… だよ』
微笑むその顔はいつもの優しいカイルで、さっきの表情が嘘の様だ。
(見間違い…… だったのだろうか?)
『魂の婚姻は無事に終わりました。おめでとうございます。カイル様、イレイラ様』
右手を胸に当て、セナが頭を下げる。
“魂の婚姻”とは何の事だと、その言葉に“私”は驚きを隠せない。
(何それ、知らない…… )
困惑したままカイルを見ると、彼は嬉しそうに“私”の頭を撫でてきた。
『怖がらなくていいよ。これで僕達は、ずっと一緒にいられる“番”になったって事だからね』
“番”…… そうだ、“私”達は“番”になったんだ。
人で言う所の、『結婚』をしたんだ。
これでずっと一緒だ。何だ、“私”の望み通りじゃないか。
勝手に納得していると、カイルは“私”の事を祭壇へとおろした。そして、そこに予め置いてあったと思われる豪奢な箱から、黒いレース柄のリボンを彼が取り出す。中央にある紅い宝石が私の瞳の虹彩みたいに輝き、とても綺麗だ。
『結婚のお祝いだよ。受け取って』
手にしたリボンを私の首に巻くと、カイルは軽くトンッとそれを指先で叩いた。瞬間、鈍い光が弾けて丁度いいサイズへと変わる。苦しくない、良かった。
『よく似合っているよ』
その微笑みを見て“私”は、『ずっと、死ぬまでこの首輪を大事にしよう。この瞬間を忘れない』と、心に誓った——
あぁそうだ、この印を『私』は知っている。
自分は昔、『猫のイレイラ』だった。
——現実に意識が戻っていく中、“私”はそう確信した。
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