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ルスが討伐ギルドの臨時職員となり、スキアと共に討伐ギルドの初心者講座にヒーラーとして同行するようになってしばらく経った、ある日の事。いつもの様にルスとスキアがギルドの裏手にある鍛錬スペースに向かうと、本日の受講者の中に一人、とんでもない奴が混じっていた。
「先程振りだな」
そう言って、口元だけでニッと笑うシュバルツの姿を見て、ルスが『あれ?何でシュバルツが?』と不思議に思い、スキアは振り返って帰路に着こうとした。既にルスの手を掴んでいて、彼女と共に帰る気満々といった感じだ。
「ストーップ!帰るなら、ルスちゃんを置いていって下さいねぇ」
討伐ギルドの受付嬢の一人であり、本日の講師でもあるアスティナが腕を大きく広げてスキアの前に立ちはだかった。兎にも角にも安全第一!ヒーラーを連れて行かれては本日の講義が進行不可能となるからだ。
「まずは参加の理由を聞きましょうっ!ね?」
既にシュバルツを含む本日の参加者三人は集合済みで、参加費ももらっている。なのでいきなり中止とする訳にもいかず、焦るアスティナが慌ててそう提案した。それもそうかと納得し、スキアが立ち止まる。彼は「…… はぁ」と溜め息をこぼすと、不機嫌顔丸出しの状態でシュバルツの方へ向き直った。
「…… 何でお前が、此処に居るんだ?」
今日《《も》》朝食時に突撃されて家族の時間の邪魔をされ、遊びの延長の様なノリでルスの貴重な仕事先にまで顔を出されては不機嫌にもなろう。眉間には深い皺が入り、このまま消えなくなるのでは?と思う程だ。
「婚約者候補達の仕事風景を気兼ねなく見られるんだ、参加するのは当然じゃないか?」
微塵の悪びれもなくシュバルツが参加理由を告げる。既に遠方への護衛任務などをこなしている彼にはもう、討伐ギルドの初心者講座で教える様な内容はほぼ全て経験済みのはずだ。『なのにまさか、そんな理由で参加するとは…… 』と思うと呆れてものが言えず、スキアは黙ったまま額にそっと手を当てて俯いた。
「…… 婚約者、候補、《《達》》?」
アスティナが不思議そうに首を傾げる。言葉は複数人を指しているが、誰々の事を言っているのだろうか?と疑問で頭が一杯だ。
「えっと…… ワタシと、スキアの事です」
片手を軽く挙げて、ルスは空笑いを浮かべた。
「既にハッキリと何度も断っているんですが、諦める気は無いようで…… ははっ」
「す、すごいですねぇ。シュバルツさんってぇ、大きな街の劇団から勧誘まで来るくらいにイケメンとして大人気な移住者なのに…… 」
「そうなんですか⁉︎」とルスが驚く。だがすぐに納得した。左目を眼帯で隠そうが、真っ黒なとんがり帽子を深く被っていようが、親しくない者達の前では不遜な態度をしている事があろうが、とても整った顔立ちはそう隠し切れるものではないからだ。
「『ボクは魔法使いであって、演者じゃないぞ』と言ってぇ、断っているらしいですけどねぇ」
「まぁ、確かにその通りですもんね」
「ね!」
「さてぇ、早速始めましょうか!」
気を取り直し、ぱんっとアスティナが軽く手を叩いて仕切り直す。
「まずは、参加者の確認からしますねー」
持っていたファイルを開き、参加者達の確認をアスティナがしていく。今日の参加者は“魔法使い”、“格闘家”、“召喚士”の三名だが、実地経験済みである魔法使いのシュバルツには改めて教えられる事などほぼ無いに等しいだろうから、実質二人だと思っておいても良さそうだ。
「——と言う訳でぇ、スキアさん!シュバルツさんの面倒、よろしくお願いしまーす!」
アスティナがてへっと笑って、スキアにシュバルツを押し付ける。ヒーラーであるルスは講義の方の補助に入るので、終わるまでの間は彼と二人で時間を潰す事になった。その事をスキアは心底嫌だったが断りはしない。我儘を言ったってこの状況は変わらないとわかっているからだ。
「…… チッ!」
舌打ちで返事をする姿がかなり子供っぽい。イケオジな外見である《《今のスキア》》では違和感しかない。
「よろしく頼むよ」
この状況の元凶であるシュバルツは何処吹く風といった感じだ。ルスは心配そうな顔をしながらも、「じゃ、じゃあ、そっちはお願いね」と気まずそうに言って仕事に取り掛かり始めた。
荷物を置いてある場所に背凭れ付きの折り畳み椅子を広げ、スキアが座る。するとシュバルツが「なぁ、スキア。ちょっといいかな」と声を掛けた。
「実は、ちゃんと他にも用件があって今日は参加を決めたんだ」
「…… 用件?『早く、嫁に来ないか』だとかふざけた発言をしたら、速攻で土の中に埋めるぞ」
長い脚を優雅に組み、膝の上に組んだ手を置くスキアの姿は威厳に溢れている。そんな彼の姿を前にして、『確かにそれは常々思っている事だが』とシュバルツは言い出しそうになったが、一度咳払いをしてその考えを隅に置く。頼りたい案件があるのにいつものやり取りに持っていっては流石にマズイと、彼はちゃんと理解していた。
「実はね——」と言いながら、スキアがルスの為に持ってきている折り畳みの椅子をシュバルツが勝手に広げ、それに座る。スキアは文句を言うでもなく、不機嫌そうに話の続きを待った。
「最近、自分の扱う魔法に違和感があるんだ」
「違和感?」
「あぁ、そうだ。この世界に来て魔法を使い始めた最初のうちはそれ程でもなかったんだが、魔力が増えていくにつれ、段々と如実になっていってね。看過するにはちょっと難しいレベルになってきた」
「へぇ」
「でだ、スキアだったらその理由がわかるんじゃないか?ってちょっと思ってね」
「…… そんなの、わざわざこの講座に参加しなくても訊けるじゃないか」
「食事時に訊いて、スキアは答えてくれたかい?」と口にしてシュバルツが笑う。そう言われ、『絶対に、面倒だと返して答えないな』とスキアも思った。
「二人の仕事風景を見てみたかったというのも本心だ」
「金を持っていると、無駄な使い方をしたくなるもんなんだな」
「まぁ、確かにそうかもしれないな」
シュバルツが素直に頷く。生まれた世界でも、移住先であるこの世界でも、お金に困った経験が無いせいか使い方がかなり雑な自覚が彼にもあるみたいだ。
「…… 見てみない事には、僕には何とも言えないな」と言いつつ、スキアが椅子から立ち上がる。
面倒だ何だと思いながらもちゃんと話を聞いてくれるスキアに対し、シュバルツが黙ったまま笑顔を向ける。
「…… なんだ?気持ち悪い」
「べーつに。何でもないさ」と言ってシュバルツが首を横に振る。『惚れ直してしまいそうだな、と思って』と考えはしていたが、それを口にはしなかった。