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スキアがすっと手を前に伸ばすと、少し離れた地点に、小石の影から木製のカカシがニョキッと生える様に現れた。いつもの様にスキアが影を経由して何処かから持ってきた物だ。アスティナ達が講義をしている地点とは正反対の場所であり、カカシの周囲には人も動物も居ないが、一応周辺に被害が及ばないように強固な箱で軽く囲って何が起きても対応可能な闇を用意しておく。
「あれを攻撃してみろ」
スキアが親指でカカシを指差す。シュバルツは無言のまま頷き、その場に立つと「属性は何でもいいのか?」と訊いた。
「構わない」
「…… 来れ、炎よ。来れ、火炎の力よ。我呼びかけに応じ、我敵を殲滅せよ!業火の焔で全てを焼き尽くせ!」
シュバルツが瞼を閉じ、軽く足を開き、綺麗な姿勢で高価で大層な杖を標的に向かって構える。
「——『|果てなき獄炎《インフィ二ット・ブレイス》!』」
実に痛々しい呪文をシュバルツが大声で叫ぶと、スキアの用意したカカシが火属性の攻撃により燃え始めた。一瞬にして全てが燃え尽き、灰のみが強固な箱の中に残るか否かといった印象の魔法だったのに、状況が落ち着くと、何故かカカシがまだそこに残っていた。ちゃんと燃えてはいたし、原型も随分と崩れてはいたが、威勢の割には結果が一致していない。
「成る程な」と言って、スキアが息を吐いた。
「もうわかったのか⁉︎」
シュバルツが驚きに声をあげる。毎日魔法を使っている自分でも全然見当もつかなかった事をいとも簡単に解明された事に驚きを隠せない。
「お前は『格好良く見せたい』という意識が強過ぎるんだ」
「…… 成る程?」とは言いつつも、シュバルツは正直ピンときていない。
「お前が生まれた世界では魔法は無かったんじゃないのか?」
「あぁ、無かったな。物語や演劇などではネタとして扱われる事があった程度の、空想上の能力だった」
彼の魔法はエフェクトが派手なばかりで見た目よりもずっと威力が落ちている。その原因はきっと、『魔法』が実在する能力であるという認識が不足しているからだとスキアは分析している。
「だろうな。そもそもお前は、格好や見た目ばかりを意識し過ぎだ」
そう言ってスキアがシュバルツの格好を再確認した。右手に巻かれた白い包帯、高価で大きな杖、いかにもな黒衣の装備と尖った帽子。健康的な左目を眼帯で覆っているのは端正な顔を少しでも隠そうという意図らしいが、痛々しさが倍増するアイテムにしかなっていない。
「健康なお前にその包帯は不要だし、無意味で長い呪文詠唱も出来る限り短くしろ」
「知らないのか⁉︎魔法使いの右手はこうやって隠しておかないと、魔力が暴走して暗黒龍が飛び出してくるんだぞ!」
「んなもんはこの世界には無い!ただの妄想だ!何処の世界から流入してきたかも知れない本に書かれている事を鵜呑みにするな!」
スキアがシュバルツを一喝した。書類上では十五歳でも、シュバルツの中身はまだ十二歳の少年であるのだと痛感する。
「いいか、よく聞け。『魔法を使う』という行為は命の取り合いだ。自分の選んだ職業はもっと、泥臭いモノなんだって事実をその頭に叩き込め」と言って、スキアがシュバルツの頭を小突いた。
「…… 命の、取り合いか」
ぽつりと呟き、シュバルツが大きな杖を両手でぎゅっと強く握る。
前の世界で読んだ本で『魔法使い』の存在を知り、此処でならその職業にも就けると聞いて、『カッコイイな!』と軽い気持ちで選んだ仕事だった。だけどこの世界には“魔物”と呼ばれる害悪が本当に存在し、実際に命を失っている者達が沢山いるのだと…… 自分はその事実をきちんと考えてはいなかったなと、シュバルツは自分の浅はかさにやっと、少しだけ向き合えた気がした。
「無駄なものはとことん削れ。無詠唱で魔法を使えるくらいに意識を集中しろ。今のお前の魔力量なら、純粋な攻撃のみで、充分派手な破壊が可能なはずだ」
「…… わかった、やってみる」と言い、シュバルツが深く頷く。そしているの間にか再復活していたカカシに向かって再び彼が火属性の魔法を放つと、今度は見事に目標物を破壊し尽くしていた。
「…… や、やった!やったよ、スキア!」
今までで一番破壊力のある魔法を放つ事が出来た。気付きの有無だけで此処まで違うのかという驚きよりも、純粋に喜びの方が大きい。
「今はまだまだ魔力不足だが、才能はあるんだ。格好なんか気にせず今みたいにやっていけば、そうだな…… 四、五十年後くらいには、本当に『二つ名』が貰えるんじゃないか?」と言ってスキアがぽんっと軽くシュバルツの背中を叩いた。スキアにとっては些細な行動だったが、シュバルツの心がほんのりと温かくなった。
「そ、そんなに先なのかい⁉︎目算が厳し過ぎやしないか?」
感じた気持ちを誤魔化すみたいにわざと大きな声で言う。
「まだまだお前は若いんだ。どうせすぐにまた、格好ばかり気にし始めるだろ。それを計算に入れたんだ」
「うぐぐぐぐっ!ひ、否定出来ないのが悔しい所だな」
悩みが解決したからか、普段のやり取りに戻っていく。スキアは相変わらず迷惑そうな顔だが、シュバルツの方はすっきりとした表情をしている。『だけど僕は、改めて君に惚れ直したよ!』と言いそうになった口は、嫌な予感を抱いたスキアに塞がれて発言する事すら許しては貰えなかったのであった。
「——では、一度休憩にしましょうかぁ」
「「はい!」」と受講者である二人が答える。
「十五分後にまた、こちらに集まって下さいねー」
ルスがそう補足すると、受講者の二人は一目散にスキア達の元に走って行った。受講中にチラチラと彼らの状況を見ていて、一気に魔法の威力が改善されていく様子がどうしても気になっていったみたいだ。『あわよくば自分達も!』という思いもある様だ。『イケオジとイケショタの二人と仲良くなりたい!』という思惑も。
先程までスキアとシュバルツが座っていた折り畳みの椅子に、ルスとアスティナが腰掛けた。異世界から持ってきた品な為、この世界の光景とは随分とミスマッチな品だ。
「んー!ホント便利な椅子ですよねぇ。こんな発想、私達には到底思い付きませんもん」
体を伸ばし、アスティナが言う。簡単に折り畳め、持ち運び可能なこの椅子はルスの世界から持ち込まれた品だが、彼女も「そうですよね、すごいなぁって私も思います」と同意する。だが視線はずっとスキア達を見ていて、ちょっと不機嫌そうだ。
(…… ほほう?)
そんな様子を見てアスティナがニヤリと笑う。『これはもしかすると、もしかして?』なんて、段々にやけ顔にもなっていった。
「もしかして、スキアさんって学校の先生とかの経験もあったりしますぅ?」
「…… んー。彼からそういった話を聞いた事は無いですね」
「どうやらかなーり経験豊富みたいですし、あってもおかしくない!って感じはしますよねぇ」
「確かに」と頷き、ルスも激しく同意する。こうやって少し遠くから見ているだけでも、スキアの表情は渋いままだが、それでもきちんと相談に応じている様子が見て取れたからだ。
「お口、とんがっちゃってますよー」
ふふっと笑ってアスティナがルスの唇に指を押し当てた。
「一体どうしたんですかぁ?」
ルスの心境を見事に察しているのに、アスティナがわざと訊く。そのせいか顔はにやけたままだ。
「…… 何か、その…… 」
「んー?」
「シュバルツと話している時のスキアって、楽しそうだなぁと思って」
無遠慮に色々言い合う二人の様子を客観的に見て、自分の前でのスキアとは随分違うなとルスは思った。
「素で話している感じがする、というか…… 」
「そりゃそうですよぉ。好きな人には、優しくするもんですからねぇ」
「…… 好きな、人」と、ルスが小さくこぼす。言葉にしてみても悲しい事にピンとこない。
「嫉妬しちゃってぇ。可愛いなぁ、ホント」
嬉しそうにそう言って、アスティナがルスの頬をぷにっとつついた。
「し、嫉妬ですか?」
(…… コレが、『嫉妬』かぁ)
胸の奥がモヤッとして、妙に機嫌が悪くなる。コレがそうなのかと考えながらも、初めて抱く感情だからか、どうしてもしっくりくる言葉だとまでは言えない。だがルスが抱えている今の感情は確かに『嫉妬』であり、いつかそうであるとわかる日が来るのが楽しみだなぁとアスティナは思った。
「確かにスキアさんとシュバルツ君は気兼ねなくお話ししている感はありますがぁ、同性ですから、あんなもんですよぉ」
「そう、なんですか」
軽く俯き、短くそうこぼすルスの様子を見てふふっとアスティナが嬉しそうに笑う。どうしたのかと不思議に思いながらルスが顔を上げると、アスティナが『姉』を連想させる笑みを浮かべていた。
「すみません、つい嬉しくって」
「嬉しい、ですか?」
「ルスちゃんの成長を、こうやって間近で見られて嬉しいなぁと思ったんですよぉ」
「成長、出来ていますか?」
「もちろんですぅ!会ったばかりの時は何にも興味なしって感じがあったのに、恋をして、嫉妬もして、沢山経験も積んで。ルスちゃんはこうやって大人になっていくんだなぁと思うと、ホント感慨深いものがありますねぇ」
「そう言われると、何かちょっと、て、照れくさいものがありますね」と言ってルスが自分の頬を指でかく。
にこりと二人が笑い合い、揃ってスキア達の方へ視線をやった。スキアを見詰めるルスの瞳には、まだ微々たるものだが、確実に、小さな恋の花が芽吹き始めているみたいだった。